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トゥ・オブ・アス

桃園荘の二階で
ビートルズばかり聞いていた
晴れた日は格別だった

「キリストはいなかったって?
どうでもいいよ、そんなこと」
君はそう言って部屋を出ていった
窓から差し込む日ざしが
午後の方向に影を伸ばし始めていた

ほんとうに言いたかったことは
その先だったのに
君はもういなかった
私はまるで
抽斗ひきだしの中に置かれた
ギデオンバイブルのように
部屋にひとり取り残された

通天閣が見える商店街の路上で
私は君をずいぶん待っていた
やがてやってきた君は
私の顔を見るなり
電車に酔って吐きそうになった
と言って道端にしゃがみ込み
そのまま帰っていった
またいつでも会えるさ
と思っているうちに
永久に会えなくなった

宿命はあった
それが過去に抗うものならば
ほんとうに言いたかったことは
何だったのか
もう忘れてしまった

桃園荘の二階で
ビートルズばかり聞いていた
君とは毎日のように会っていた
グッデイ サンシャイン!
空が青くなければ
人生はいくぶん
つらいものになっていただろう

 (詩集『フンボルトペンギンの決意』第3章「記憶の保存場所」より)

(注1)
この詩のタイトル『トゥ・オブ・アス』は、
ビートルズの曲『Two Of Us』(アルバム:Let It Be)からとったもの。

(注2)
ヘッダー画像出典:
ビートルズの4人が揃って行った最後のライブ・パフォーマンスの画像。
1969年1月30日にアップル・コア社の屋上で行われたので、
「ルーフトップ・コンサート」と呼ばれている。


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