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【読書マップ】2023.06 千年後人類がまだ在るのなら誰か読むかなわたしのノート

久しぶりの読書マップです。
はじめての方に説明すると、読書マップとは一定の期間に読んだ本を、そのテーマや著者などから自由な連想で結びつけ、ひとつの文脈で語るというものです。

前回の記事はこちら。

実は記事にしていなくても読書マップは作っていたのですが、その紹介はまたいずれするとして、今回は2023年5-6月に読んだ本を中心にまとめています。

言語という沼にはまる

スタートは釘貫亨「日本語の発音はどう変わってきたか」(中公新書)。古代日本語の発音を文献や中国漢字の研究をもとに再現するという一冊。
慣れ親しんだ和歌や歴史上の人物の読み方が実はまるで違っていたかもしれない、という意外性を楽しめます。

ここから言語関係の本につなげます。
まずは堀元見・水野太貴「言語沼 言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ ゆる言語学ラジオ」(あさ出版)を。
ほとんどタイトルそのまま内容の紹介になっていますが、言語という奥深い世界を二人のゆるい対談形式で語る、YouTube発書籍だそう。
「えーっと」と「あのー」の使い分けなど、日本語を母語とする人ならこどもでも理解できる、それなのに実際の理屈を証明しようとすると大人でも難しい、まるでフェルマーの最終定理のような言語沼に引きずり込まれます。

続いて、 レスリー アドキンズ・ロイ アドキンズ「ロゼッタストーン解読」(新潮文庫)。同じ新潮文庫のシリーズから「フェルマーの最終定理」そのものでも良かったのですが、今回はこちらを。
かのナポレオンがエジプトから持ち帰った碑石。ロゼッタストーンと名付けられたそれは、誰も読めなかった古代文字・ヒエログリフを解読する鍵となり、古代エジプト文明の謎をも解く原動力となった…。
歴史の教科書や博物館の解説などで一度は耳にしたことのあるエピソードの裏には、革命とペストの混乱が渦巻くヨーロッパで、解読に挑んだ多くの人々の仁義なき争いがありました。
ついにヒエログリフ解読に成功したフランス人学者・シャンポリオンとそのライバルたちの文字にかけた情熱に打たれます。

日本語の世界に戻って岡井隆「今はじめる人のための短歌入門」(角川文庫)。有名な歌人であった岡井隆さんは、実際の歌集だけでなく入門書もわかりやすく魅力的。
五七五七七の31文字という詩形は、誰でも読めそうに見えて、実に奥深い。
初心者を脱却して短歌という森の奥に分け入っていくなら読んでおきたい一冊です。

円満字二郎「漢字が日本語になるまで」(ちくまQブックス)は若い読者に向けたシリーズの一冊。同じ著者による「漢字の使い分けときあかし辞典」(研究社)は、文章を書いていて、どの漢字を使えばいいか迷ったときに頼りにしています。
中国から日本に輸入されて独自の進化を遂げた漢字。
そこから日本語の世界はある意味で奇妙な、底なし沼のような言いしれぬ広がりが生み出されていきます。
冒頭の本ともつながりますが、日本語の発音が変わりゆく中、同音多義語の熟語が多数生まれる事態となり、それが駄洒落や地口、短歌の掛詞などの素地になったのかもしれません。

美しき科学の世界

ロゼッタストーンにしろフェルマーの最終定理にしろ、大きな謎は多くの人々の知的好奇心を刺激し、誰が一番乗りで謎を解くかの戦いを生み出します。
岩井圭也「永遠についての証明」(角川文庫)は、ある数学上の難問を解決したとする、ひとりの天才数学者が遺した一冊のノートから物語がはじまります。彼の大学時代の友人は、証明を解読するため、自身の苦い思い出とともにノートに向き合うことに。
早逝した天才の内面描写と、それにコンプレックスを持ちつつ現実的な数学の道を歩む友人という両方の視点が秀逸。
この世のあらゆる現象を(時に、この世に無い世界すら)表せる数学の美しさと、あまりに猥雑な現実、そのどちらからも逃げずに描ききった稀有な小説という印象です。
なお、この本の存在は2022年2月の読書マップで紹介した加藤文元「人と数学のあいだ」(トランスビュー)で知りました。


永田和宏「生命の内と外」(新潮選書)は分子生物学者でありつつ、宮廷歌会始の選者も務めた歌人でもある著者の、生物学者としての著書。
人体はトポロジー的にはドーナツと同じで、口から肛門まで一本の細長い穴が空いている。つまり、ヒトは体内にもうひとつの「外側」を宿している存在だといいます。
さらに生命を構成する細胞、タンパク質など、ミクロの世界をどこまで覗いていっても入れ小細工のように巧妙な「内」と「外」が顔を出す…。文理の両面を兼ね備えた永田先生らしい洞察力が光ります。
「若い理系の学生の短歌である」といいつつ、しれっと娘さんの短歌(一家で歌人)を紹介するところがチャーミング。

全卓樹「渡り鳥たちが語る科学夜話」(朝日出版社)も詩的な魅力のある科学読み物。
高度に発達した知性がやがてAIやシミュレーションをつくることが必然なら、いまわたしたちがいるこの世界自体も、別の世界のシミュレーションである蓋然性が高い…。
眠れない夜に、さらに眠れなくなるような千夜一夜物語。

ここちよい場所と土地の記憶

光嶋裕介「ここちよさの建築」(NHK出版)は、鴨長明の方丈庵からサグラダファミリアまで、古今東西の建築、住まいを「ここちよさ」という観点から捉え直します。
ところで、このNHK出版の「学びのきほん」シリーズ、好きでよく読んでいますが、「ちくまQブックス」も判型は違えど同じデザイナーの方で、コンセプトまでよく似たシリーズが別版元で展開されている出版界の不思議。
タイトルまで同じフォント(筑紫書体)を使わなくてもいいのではないかと思わなくもありません。

出版界といえば、まちの本屋がどんどん閉店している現実があります。
そんな中、あえて逆転の発想のように個人書店をオープンした店主たちの言葉を集めたのが本の雑誌編集部「本屋、ひらく」(本の雑誌社)
ネットショップが普及したからこそ、むしろ個人が本屋を開くために本を集めることが簡単になったというのは思いがけない視点です。
大型書店も電子書籍も良いけれど、そこではけっして出会えないものが個人書店にはある。このような表現も使い古されて口にするのに抵抗はありますが、画一性や効率性からは一線を画した、小商いとしての本屋の可能性はまだまだあるのかもしれません。

日本の郊外、ロードサイドといえばブックオフや家電量販店などチェーン店が立ち並ぶ…といった紋切り型の印象を覆してくれるのが柳瀬博一「国道16号線」(新潮文庫)
関東平野をぐるりと囲む国道16号線は、それが生まれる近代以前から脈々と受け継がれた土地の記憶を宿し、日本のかたちを創った偉大なる道だった、そんな壮大な仮説が語られます。
あとがきでさらりと語られた芦名野ひとし「ヨコハマ買い出し紀行」(講談社アフタヌーンKC)は面白い漫画(ちょっとSF)でおすすめです。

宮脇俊三「夢の山岳鉄道」(ヤマケイ文庫)は、「最長片道切符」などの鉄道紀行文学の名手として知られた宮脇俊三さんの著作。
上高地や奥日光など、渋滞と自然破壊に悩まされる観光道路からクルマを締め出し、山岳鉄道を敷設しようという夢想を、けして絵空事で終わらせず、実際に全国各地を足で取材しつつ紙上で実現してしまう宮脇さん。
1990年代の作品ながら、あえて技術的な困難には目をつぶり、徹底的に観光客目線で旅の導線をリアルに想像することで、今で言うMaaSを先取りしたような普遍性が生まれました。
国道で来た客のために、ここに駐車場をつくろう、駅名は「C駅」では味気ないので「高原牧場駅」…といった調子で、いつのまにか読者は宮脇MaaSの虜に。
夢だけど夢じゃない、いつかこんな山岳鉄道に乗れる日が来るでしょうか。

逆転の発想を楽しむ

逆転の発想で人生を楽しむなら田原総一郎・佐藤優「人生は天国か、それとも地獄か」(白秋社)。言わずと知れた日本を代表するジャーナリストの二人が、あえて政治的な話題からは一歩引いて「人生」というテーマを語り合う。
これを読めば、人生の中でどんな困難が待ち受けていても、老いても病んでも楽しみを見つけ出せそうです。

落合陽一「ズームバック・オチアイ 過去を『巨視』して未来を考える」(NHK出版)も昨今話題の著者による本。NHKの番組がもとになっているそうですが、残念ながら放映は見逃しました。
コロナ禍の最中、混乱と先が見えない不安が覆う日本で、あえて時を何百年もさかのぼってズームバックすることで、未来への処方箋が見えてくる。
けっして悲観的になりすぎず、過去に学びながら新しいツールを使いこなす落合さんの視点が新鮮です。




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