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【読書マップ】2023マンガ編 言葉と世界の見方を変える

2024(令和6)年、最初の記事です。
今回は昨年・一昨年から刊行された比較的新しい漫画3作品と、そこから連想をつなげた本で読書マップを作りました。


西尾維新・原作/岩崎優次・画「暗号学園のいろは」(集英社ジャンプコミックス)

まずは、週刊少年ジャンプ連載作品である「暗号学園のいろは」。2024年1月4日に最新5巻が刊行されたばかりです。

主人公・いろは坂いろはが入学したのは、未来の暗号兵を育成する、毎日が暗号漬けの暗号学園。
暗号によって世界の戦争を停めるため、きょうも謎を解き、クラスメイトの心を読み、学園の頂点を目指す。

西尾維新先生の小説は、単行本になっていない短編などを除き、ほぼ全部読んでいます。思い切ったキャラクター造形と言葉遊びが横溢する作品世界が大きな魅力です。
〈物語〉シリーズのアニメ化が成功したので気づかれることが少ないですが、言葉(文章)が重要な要素になっている西尾作品は、本来、そのまま映像化しにくい作風といえます。
それを漫画原作、しかも週刊連載という、作り手にとっても読み手にとってもスピード感が要請される媒体で、言葉によって成立する暗号解読という題材をやってのける…。
それが誰にもできない西尾維新の真骨頂でしょう。
加えて作画の岩崎優次先生の絵柄もかわいらしくダイナミックで、漫画作品として非常に完成度が高く、何度でも読み返したくなります。

さて、作中では多くの暗号バトルが繰り広げられますが、中でも「失言半減質疑応答」は、50音の中で使える文字(音)が制限されるというリポグラムを題材にしています。
いろはくんは「『幽☆遊☆白書』の南野ー海堂戦?」と言っていますが、令和のジャンプ読者に通じるのか心配です。
むしろ元ネタの筒井康隆「残像に口紅を」(中公文庫)のほうが、最近も話題になったのでご存じの人が多いかもしれません。章ごとに音が一文字ずつ消えていくという超絶技巧で書かれた小説です。

筒井さんは、このような実験小説からドタバタの短編、「時をかける少女」「パプリカ」などの長編をはじめ、数々の作品を世に送り出してきました。
2023年には90歳を目前に「カーテンコール」(新潮社)を出版されています。
過去の自作に登場したキャラクターが作者に語りかける「プレイバック」など、小説の面白さを凝縮した掌編揃い。筒井康隆が筒井康隆を演じるとこうなると言わんばかりの、まさに原点回帰の一冊です。

そんな筒井さんを〈天才〉と形容するのが、第1回講談社メフィスト賞作家の森博嗣。西尾さん(第23回メフィスト賞受賞者)も森博嗣先生へのリスペクトを表明していて、世代を超えて受け継がれるものを感じます。
森作品自体も近年、過去のシリーズのキャラクターがクロスオーバーしたり、後の時代を描くことが多く、昨年はXXシリーズ最新作「情景の殺人者 Schene Killer」(講談社ノベルス)が刊行されました。
このシリーズは英語タイトルを直訳したような日本語タイトルが特徴で、一作目「馬鹿と嘘の弓 Fool Lie Bow」は「ふーらいぼう→風来坊」、今作は「しーんきら→蜃気楼」と空耳することで作品のテーマが浮かび上がる、暗号のような仕掛けになっています。

西尾さんの小説作品も紹介しましょう。「怪盗フラヌールの巡回」(講談社)は最近スタートしたシリーズ第一作。死んだ父親が、世を騒がせた大怪盗フラヌールだったことを知った主人公は、父親の盗んだ品々を返却して回る〈返却怪盗〉として二代目フラヌールを襲名する。
西尾さんの近作は(「いろは」含め)親子関係を強調されることが多い印象です。偉大な(というよりも、現代の感覚とはズレてしまった)親世代をどう乗り越えるか、というテーマに挑戦しているようにも見受けられます。

そして、たまたま同時期に刊行された高原英理「詩歌探偵フラヌール」(河出書房新社)は、フラヌールという聞きなれない言葉が、怪盗と探偵という対立概念に使われているつながりがおもしろくて紹介したくなりました。
どちらもヴァルター・ベンヤミンの提唱した概念〈遊歩者〉が元ネタでしょう。江戸川乱歩と2歳違い、というのは本作で知りました。
萩原朔太郎など多くの詩歌を参照しつつまちを散歩する詩歌探偵・メリとジュンを主人公に、ふしぎな物語が展開されます。
乱歩から始まった日本の探偵小説(ミステリー)が、令和になって、ここまで多様な花を咲かせるということにも驚きです。

鯨庭「言葉の獣」(リイド社トーチコミックス)

続いては「言葉の獣」。2023年末時点で2巻まで刊行中です。

人の発する言葉を〈獣〉の姿で見ることができる少女・東雲と、そんな彼女に興味をもつ薬研。
ふたりは、この世でいちばん美しい獣を見つけるため、〈言葉の獣〉が暮らす森へと冒険に出る。

日常会話から、SNSのつぶやき、生成AI、詩歌まで、言葉にあふれる世界に生きていながら、わたしたちは、〈言葉〉とはなんなのか、という謎に答えが出せません。
言葉によって、ひととひとは理解し合うことができるとされているのに、お互いの〈言葉〉が同じことを意味する保証は、どこにもない。
同じ言葉からそれぞれがイメージする〈言葉の獣〉は少しずつ違う形をしていて、誤解や齟齬が生まれることもある。
それなのに、詩や短歌のような、ごく短い言葉で、自分の本心にふれるような、今まで気づかなかったものを見ることもできる。
本当に謎だらけです。

ふたりの対話を中心に物語は進みつつ、東雲が描いた絵をすぐ捨ててしまって、「自分の痕跡を残したくない」というのに対し、薬研は記録を残したい、「忘れられたくない」という違いが浮き上がります。
わたし自身、〈言葉〉への関心に共感しつつ読みすすめてきましたが、共感できないこと、違いを知ることも、言葉による対話で世界をひろげるためには大切なことでしょう。

東雲の小学生時代の回想で、教科書に載った谷川俊太郎さんの詩「生きる」を朗読するシーンも印象的で、なんども声に出して読み返したくなります。
谷川さんも90歳を超え数多くの作品を生み出し続けておられ、昨年は巡回展も開催されました。
読書マップには装丁が印象的な「あたしとあなた」(ナナロク社)を選びました。ブックデザイナーは短歌の装丁も多く手がける名久井直子さん。

短歌といえば昨年刊行された解説本では榊原紘「推し短歌入門」(左右社)は外せません。
この本を推した過ぎて単独の記事にもしています。
いずれ、今回の読書マップで取り上げた作品の推し短歌にも挑戦してみたいと思います。

歌人をのぞけば、詩人の中では若松英輔さんの文章が好きで、「藍色の福音」(講談社)は書店で表紙を見た瞬間に引き込まれました。
若松さん自身の半生が、河合隼雄、須賀敦子など出会った作家・作品と重ねられつつ、蛇行する川を行きつ戻りつするように語られます。
おそらくこの本は一回読んで終わりではなく、私自身の人生のなかで何度も読み返すことで、その言葉に散りばめられた真価を見つけていくことになるでしょう。

永井玲衣「水中の哲学者たち」(晶文社)も、一読、まるで短歌のようなエッセイだと感じました。歌人の穂村弘さん、詩人の最果タヒさんが帯文を寄せていることからも、その雰囲気は伝わってきます。
さまざまな年代層の人々と〈哲学対話〉を開催する永井さんの体験と思考がゆるやかにつづられる、手のひらサイズの哲学。

スマ見「散歩する女の子」(講談社ワイドKC)

最後は〈対話〉と〈散歩〉が融合した作品ということで、おおげさでなく、ここまでの世界すべてを飲み込むポテンシャルを感じる「散歩する女の子」です。こちらも2巻まで刊行。

街角の看板の文字から俳句やしりとりをしたり、公衆電話の跡地となった空間に何を置くかを妄想したり。
路上観察趣味でよく扱われるアイテム〈物件〉に、さらに独自の楽しみかたをくわえて拡張する、まさに〈散歩の再発明〉が毎回展開されます。

路上観察的な発想でつくられた漫画といえば、まるで夢の中でまちを遊歩するようなpanpanya先生の作品も思い浮かびます。「ユリイカ 2024年1月号」(青土社)では〈夢遊するマンガの10年〉と題してpanpanya特集が組まれています。
あまり詳しく知らなかった同人誌時代の情報や、各識者による論考など盛りだくさんで、読み応えがあります。

路上観察の本としては楠見清「無言板アート入門」(ちくま文庫)を入れていますが、こちらの詳細は前回の読書マップの記事をご覧ください。

蓜島庸二「町まちの文字 完全版」(グラフィック社)も同じ回の読書マップに入れていますが、記事の中で触れられませんでした。
まだ写植やデジタル印刷が普及していなかった昭和の時代。のれんや看板など、まちのなかに息づく文字を収集した大部の一冊です。
フォントはフォントで選ぶ・比べる楽しみがありますが、その時代の人の手によってしか生まれなかった手描き文字の魅力は、格別なものがあります。

最後になりますが、堀元見・水野太貴「言語沼 言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ ゆる言語学ラジオ」(あさ出版)も前々回の記事で紹介しました。

同じ本を取り上げる理由は、決して記事が長くなってきたので楽したいからではありません。
あるジャンルに詳しい人が、あまり詳しくない相手に熱く語りかけるという対話のスタイルが「散歩する女の子」に共通するものを感じたのです。
ぼんやりと知っていることも、他者に説明する=言語化することで明確に輪郭を描き、理解を深められます。
あるときは、その行き過ぎた情熱に相手がツッコミを返したりと、ジャンルを極めるとえてして陥りがちな先鋭化にうまく水を差す形で、世界を広げています。

以上、混迷の世界を〈言葉〉というトーチで照らして歩く本をご紹介しました。



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