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【読書マップ】2023.08 まちまちの文字と人とに魅せられて

2023年夏、7〜8月の読書マップです。

前回の記事と読書マップの説明はこちら。


文字と言葉の歴史

スタートはレスリー アドキンズ・ロイ アドキンズ「ロゼッタストーン解読」(新潮文庫)。ロゼッタストーンによって誰も読めなかったエジプト古代文字が解読される過程を追った本書から、平成初期の日本につなげてみます。
山根一眞「変体少女文字の研究」(講談社文庫)は、昭和末期から平成初期にかけて、10代の女子を中心に流行した独特な(見慣れない人には読めない)丸文字の謎を追っていくノンフィクションです。
ちなみに〈変体〉というのは、江戸時代まで使われていた現代とは異なるデザインのひらがなを〈変体かな〉と呼ぶのになぞらえたもので、特にネガティブな意味は込められていません。
ファンシー文具なども花盛り、意外なほど手書き文字を書いていた当時の若者世代のなかで、変体少女文字は自然発生したとされます。
携帯電話やスマホの普及した令和日本ではめっきり見かけなくなったものの、その精神は絵文字や一部のデジタルフォント・作字にも息づいているのかもしれません。

続けては「書体のよこがお 時代と発想でよみとく書体ガイド」(グラフィック社)
19世紀末の活字体から写植、デジタルフォントまで、印刷技術の進化と共に移り変わりつつ生み出されてきた多くの書体(フォント)を一つ一つ解説していきます。
ある時代に流行したフォントを調べたいと思ったら必携の一冊でしょう。
ちなみに読んだ順番としてはこちらが先です。「変体少女文字の研究」は本書の中で写研の丸文字に関連して紹介されていて気になっていたところ、僥倖にも古本屋さんで発掘できたものでした。

文字とは少し違いますが、言葉というくくりで金水敏「コレモ日本語アルカ?」(岩波現代文庫)へ。
タイトルから分かる通り、半ばステレオタイプにフィクションの中で描かれてきた中国人的な言葉遣いがどのように生まれ、受容されてきたのかを紐解きます。
同じ著者による、フィクションの中で使われる言葉遣いを分析した「ヴァーチャル日本語役割語の謎」という本を、むかし参加していた勉強会で教えていただき興味深く読んでいました。現在はどちらも岩波文庫に収められ、手に取りやすくなっています。

テーマのある旅

街中の看板、文字などを愛でるのは路上観察学にもつながる楽しさがありますが、楠見清「無言板アート入門」(ちくま文庫)はさらにテーマを先鋭化させます。
劣化やメンテナンスなどで文字が全く(もしくは一部)読めなくなった看板を〈無言板〉と名づけ、そこからアート的な意図を深読みしていきます。文字がないからこそ饒舌に語られる、いわば不在の存在感。
路上観察的なテーマの本が多い、ちくま文庫に収められたのも嬉しい。

中川寛子「路線価図でまち歩き」(学芸出版社)もユニークなまち歩き本です。
ふつうは不動産や都市計画の用途に使われる路線価図、道路ごとにおおよその土地の価格を記した地図を片手に、まち歩きを楽しんでしまおうというものです。
駅の近くは驚くほど地価が高いのに、一本道を入るだけで路線価が一桁違ったり、地図で見るだけでは同じような道に見えて、実は坂道や行き止まりによって値段が変わったり…。
感覚的に語られがちな土地の魅力を数値化することで新しい視点が得られます。

さらに変わったテーマ旅として、 清水浩史「海のプール」(草思社)もご紹介しましょう。
海辺にありながら、なぜか海浜とは人工的に区切られてつくられた〈海のプール〉を求めて全国津々浦々を旅する著者。
それが造られた歴史的経緯も、年々数を減らしていく実情も興味深いです。
もはや直射日光を浴びるのが危険な状態ですらある日本の夏、少しくノスタルジーを感じる海のプールの光景です。

テーマ旅の最後は森まゆみ「『五足の靴』をゆく 明治の修学旅行」(平凡社)。
与謝野晶子の夫としても知られる明治期の歌人、与謝野寛(鉄幹)は、北原白秋などの仲間とともに一か月の九州旅行に出かけます。
その旅程は彼ら自身の手で新聞連載され、のちには北原白秋の詩集「邪宗門」など、創作の源泉となります。
彼ら〈五足の靴〉の足跡を辿った森まゆみさんのエッセイは、明治という時代と、現代の各地の様子が二重写しになって読み応えがあります。
わたしも今夏、彼らの最終目的地である熊本県天草諸島に足を運んできました。
その様子はブログに書きましたので、あわせてどうぞ。

街へ出よう、人と話そう

短歌の話題が出たので、ここで田中元「歌人の行きつけ」(りとむ舎)を一杯、いや一冊。
多くの温泉を訪れた与謝野晶子など歴史上の歌人や、俵万智さんなど現代の歌人が愛した、さまざまな旅館、居酒屋などを紹介します。時代が多岐に渡るので、現存しない店が多いのは要注意。
紹介されているのは東京のお店が多い中、名古屋駅西にある中華料理店「平和園」は、自身も歌人として活躍する小坂井大輔さんが腕をふるう〈短歌の聖地〉。名古屋で歌会があれば自然と集い交流ができる場は貴重です。もちろん短歌を詠まなくてもどの料理も絶品なので、掛け値なしにおすすめできます。
個人的には青椒肉絲の味付けが好みです。名古屋にお越しの際はぜひどうぞ。

安達茉莉子「臆病者の自転車生活」(亜紀書房)は、ZINEの自主制作を行う作者が、思わぬきっかけで自転車の魅力に取りつかれ、いままで足を運べなかった街へ自転車で繰り出す道のりを描きます。
これは自分には向いていない、とてもできないと思うようなことも、長い人生、何が起こるかわかりません。あまり決めつけすぎずに、気負い過ぎずに挑戦してみるのが、自分の世界を広げることにつながるかもしれません。

ヨシタケシンスケ「もりあがれ! タイダーン」(白泉社)は、各界で活躍する人々との対談ごとに、ヨシタケさんの思ったことをエッセイ漫画形式で掲載されていて、コストパフォーマンスがすごい一冊です。
岸本佐知子さんとの対談で、世の中には〈ちゃんと大人になった人々〉と〈大人になれなかった人々〉、〈ちゃんとした大人のフリができる人々〉という3種類の人間がいる、という考察が印象的でした。
二番目を代表するヨシタケさんのようなクリエーターは一番目に憧れと憎しみを感じつつ、三番目の層に対して「世界に対する違和感の表明」をする。三番目の人々はそれに共感して本を買うという形の支援をする。
わたし自身も、ちゃんとフリができているかはともかく、三番目のタイプに近いので、ちゃんとした大人の社会を見事にひっくり返す作品に魅力を感じるのかもしれません。

本書でも対談相手として登場するかこさとし先生といえば、生前にまとめられた自伝「未来のだるまちゃんへ」(文春文庫)が理系らしい客観性と、子供(人間)に向き合う真摯な姿勢が表れていて感銘を受けます。

食の謎を解く

「歌人の行きつけ」から食をテーマにした本に移りましょう。

澁川祐子「オムライスの秘密メロンパンの謎 人気メニュー誕生ものがたり」 (新潮文庫)は、いまや定番メニューとなりつつ、そのルーツは意外にも深い謎につつまれている、オムライス、メロンパン、肉じゃがなどの歴史を追います。
一章ずつが短いのでやや消化不良気味ですが、探せばそれぞれをテーマにした単独の書籍がありそうで、読書マップ的にはおいしいと言えるかもしれません。
それにしても、洋食、中華料理を貪欲に取り込みつつ、キメラのように独自進化していく日本食の力にはつくづく感嘆します。

さいごは「コレモ日本語アルカ?」と並んで岩波現代文庫としてはいさかか異色のテーマ、川上和人「鳥肉以上、鳥学未満。」(岩波現代文庫)
鳥類学者の川上和人さん独特の文体で、胸肉、モモ肉、鶏皮など、なじみの深い鳥肉(チキン)の各部位を学術的に解説しながら料理することで鳥類の進化と生態に詳しくなれてしまいます。
胸肉の構造を知るにはモスチキンがおすすめ、砂肝は鳥に特有の消化器官であるなど、明日使えるのかどうかよくわからない知識が増えていきます。



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