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純粋な人ほどネット上での発言は考えた方が良いという話


お久しぶりです。長期の出張になったので仕事以外に精神的余裕がありませんでした。小説は書いています。
今回は真面目な話です。ただし個人的見解と私的な観点が多いです。ご注意ください。

最近の炎上を見て思った事


自分は仕事の為の通勤時間が長いです。割とその時間はyoutubeの特にvtuberと呼ばれる分野の動画をよく見ています。ただし所詮、通勤時間だけですので、一部の配信者のアーカイブを見ているだけですが。
自分はそもそも全く知らなかったのですが、Twitter上で最近vtuber関連の炎上がトレンドに載っていました。自分が好きな箱(vtuberが所属している事務所または運営の事)のvtuberもその中に含まれていました。その問題以外も様々なvtuber関連の大きな炎上がここ最近は多数ありました。正直言ってそのほとんどがそのvtuberのディープなファンとアンチによる言い争いが発端で大火事になっているなと思いました。


人は自分が信じたいものを信じたい傾向にあります。ディープなファンはそのvtuber側にとって都合の良い情報を信じようとして擁護する発言をしますし、アンチはそのvtuber側にとって都合の悪い情報を信じようとして批判する発言をします。ようは終わりが見えない不毛な言い争いが発端となって気づいたら大火事になっています。(もちろんvtuber側が大きな要因となった事もあるでしょうが)

善意は時に悪意よりも面倒だという話


昔はテレビや新聞など一部のメディア業界でしか情報を発信できなかったのが、SNSの普及により誰もが自分の好きな情報を発信できる事にようになりました。要は情報元が不確かな情報がいくつも錯綜しているのが現在のネットです。その中で純粋な人は自分が信じたい情報のみを、つまみ食いして、それを元にまた自分の意見を発信する事が多々あります。最も厄介なのは、炎上したvtuberを叩く事が正しいと思っているアンチや、応援しているvtuberを過剰にかばうディープなファンは純粋な悪意がない事です。彼らの情報元が故意的に嘘の情報を流している可能性があるかもしれないのにです。
彼らは純粋な人達で他人の善意を信じやすい人達だと自分は思っています。恐らく彼らは人生の中であまり他人に騙された事のなかったのかもしれません。あったとしてもそこに人を傷つけるようなものではなかったのかもしれません。これは悪い事ではなく、むしろ良い事だと思っています。他人を疑り深くなるのはあまり褒められた事ではないからです。 


しかし現実世界ではなく、ネット上の世界ではその純粋さが、時には純粋な悪意よりも性質の悪いものになると思っています。自分の信じたい情報のみを鵜呑みにして自らの発言が正しいと思っている人達の言い争いなどどう考えても終わりがありません。(基本的に炎上というのはそういった人達の言い争いからの炎上を野次馬根性で集まった大多数の人達が話題にして大火事になって、飽きたら沈静化する事が多いのですが、先に述べたアンチとディープなファンの言い争いに終わりがありません)


人の言う事を疑いなく信じやすい人は他所から仕入れた情報を元にしたネット上の発言を考え直した方が良いかもしれません。仮に悪意がなくともそれらは人にとっては時に牙を剥くからです。(そもそも発言内容が問題ないか吟味する必要がありますがそれはまた別の記事に書いていますので)

https://note.com/izisuce73/n/nc47644a177a5

ではどうしたら信頼性のある情報を見つければ良いのかというとこれがまた難しい。ありきたりな意見ですが、各々が情報元を吟味して判断するしかありません。

そもそも発信元を疑うべきという話


問題は、情報を無責任に発信する方にあるからです。特定の名前は出しませんが、世間でも有名な某週刊誌やゴシップネタを扱う某配信者は、お金になりそうな情報を無責任に流して後は知らんぷりです。彼らは人が信じたくなるような好奇心を刺激される情報を拡散します。(はっきり言って迷惑を受けた組織や人達は裁判を起こしてでも対決すべきだと自分は思っています)
時には真実もあるのでしょうが、情報元が自身の都合の良いように流している可能性もほとんど考慮していません。お金を稼ぐ為に仕事とはいえ、他人のプライベートをむやみに暴き立てて拡散するが正しいとは思えませんし、楽しみ方がさっぱり分かりません。需要がある事が理解していますが、少なくとも自分は好まないですね。

もし有名人が不祥事を起こしたならば、当事者間や所属している組織内で解決すれば良いだけの話ですし、第三者が自分の正義感で批判する事が正しいとは思えません。その組織内の処遇を決めるのはその組織にいる人達だけだからです。世論に対して多少の考慮をしても、基準にすべきではないと思っています。
その組織の対応がおかしければ、その組織の方に問題があるという事です。不快ならば関わるのをやめましょう。仮に起こした不祥事が犯罪の類でも、捕まえるのは警察で、裁く権利があるのは裁判所だけです。素人が自分勝手に判断してはいけないと思っています。我々はただその結果を眺めて受け入れる事しか出来ないと思っています。

これが今のネットが我々の暮らしに直結した現代で生きる術だと自分は思っています。

長くなりましたが、要は「情報元を疑え」という事と「情報を無責任に発信する人は好きでないよ」という事が言いたかっただけの記事でした。

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