見出し画像

北伊豆古道を歩く〜内浦ー沼津編〜

続けて読むと伊豆半島一周する。前回の道、西浦〜内浦編はこちら↓

内浦長浜(うちうらながはま)

2022年9月14日。10時半 内浦長浜の集落を歩く。長浜シーフードの前を通りかかると、準備中の札がかけてあるけどパトランプは点灯している。スナックのような佇まいだけど、安くて美味しい海鮮丼が食べられる穴場のお店だ。営業しているのか?

覗き込むと通常営業していたので、早めのランチをいただくことに。「今日は〝でんでん〟が入ったよ、底魚。しめ鯖とまぐろで作ってあげる。」

後で調べてわかったのだが、白ムツと言われるオオメハタ属をまとめて、〝でんでん〟と呼ぶそうだ。沼津は底曳き網漁の出る港、産地以外では鮮魚として見かける機会はほとんどない。

その日入荷した鮮魚で、この地でしか食べることができない海鮮丼ぶり。敢えて価格には触れないがコストパフォーマンスは破壊的に良い。

今日まで伊豆半島を歩いて来て、様々な人々と出会い、営みに触れて感じてること。それは南伊豆、西伊豆では、総じて商売っ気を感じない。伝統や旬を大切にして、身土不二のサステナブルなお店や宿が多い印象だ。

純粋に地域を愛し、飾りのない等身大で利他の心を実践している。旅人はそのお裾分けをいただくような。マスツーリズムが終焉を迎えた現代、人は人に会いに行く。そんな風土が観光の価値となるのだろう。

店を出て北上。程なくして県道の右側に入る道が古道だ。

250mほど歩くと、三の浦総合案内所へ。アニメ「ラブライブ! サンシャイン!!」のグッズが揃い、作品のファンの皆さん・通称ラブライバーが集う観光案内所だ。

「ラブライブ! サンシャイン!!」は沼津市内浦にある架空の高校を舞台に、主人公の高海千歌(たかみちか)を中心に9人がスクールアイドルを目指す物語。

ここまで人のいない集落を歩いてきたけど、三の浦総合案内所は平日にも関わらず賑わっている。

それもそのはず、三の浦総合案内所は第6話にも登場した場所。PV作りに挑戦してこの地域には「何もない」と思っていたけど、そうではなかった事に気づく大切な回となっている。

2016年に放送が開始された「ラブライブ! サンシャイン!!」は沼津市内浦にある架空の高校を舞台に、主人公の高海千歌(たかみちか)を中心に9人がスクールアイドルを目指す物語。シリーズ中最高人気、リアルな世界でもドーム公演を連発している。

スクールアイドル『Aqours』、クオリティ高い楽曲の魅力はもちろん、地域との繋がりがリアルに表現されているのがこの作品の魅力と感じた。そもそも地域に愛が溢れてるからこそ、作品と相思相愛になれたのだな。

三の浦総合案内所を境に古道歩きは、まるで聖地巡礼のようなコースとなる。

県道を横ぎりトンネルを避けて左の古道へ。

トンネルの上に登るよう、伊豆峯次第の228番目のチェックポイント・長浜神社へ。

アシカの鳴き声とショーを盛り上げるお姉さんのアナウンスが聞こえてきた。三津シーパラダイスの裏手を歩くのが古道。塀からイルカのプールが覗いて見える。

内浦三津(うちうらみと)

内浦三津の集落を歩く。安田屋旅館前を通るのが古道。作家・太宰治が「斜陽」を執筆したというゆかりの宿だ。創業は1887年(明治20)約130年前、数寄屋造りの純和風なその建物は国登録有形文化財に指定されている。

100mほど歩き、セブンイレブン向かいの細道が古道。

はじめて内浦地域のロケハンに来たとき、とても印象に残った氣多神社。脇には発端丈山のハイキングコース登り口がある。氣多神社はなぜ伊豆峯次第の拝所ではないのか。疑問を感じるくらいこの地は感じるものがある。

内浦三津は長い平坦な道が続き、伊豆峯次第の230番目のチェックポイント・駒形神社に到着。さりげなく観音と地蔵のある習合スタイル。

内浦子海(うちうらこうみ)

内浦子海の集落を歩く。県道の一本内陸の道が古道だ。しばらくぶりの登り道。

山を越えの道は、集落を見渡す良き眺め。

静かな道を歩く時は、自分と語り合う良き時間。登ったら下り次の集落へ。

内浦重寺(うちうらしげでら)

内浦重寺の集落を歩く。ようやく淡島が目前に迫ってきた。伊豆の無人島にある、あわしまマリンパーク。離島なので船で渡る水族館だ。

再び旧道へ入り、少し道がわかりづらいが山の上まで登ると、伊豆峯次第の235番目のチェックポイント・白山神社に到着。

白山神社の隣に伊豆峯次第の236番目のチェックポイント・重寺観音が併設されていた。

口野(くちの)

口野の集落を歩く。代官岩に釣り人を発見。韮山代官の江川太郎左衛門が口野の建切網漁を視察にきたと言い伝えられ、その名がついたという。

深く入り組んだ湾の特性を活かし、何種類もの網を順に張り回す。魚の群れを囲い込んだ範囲を、岸へ向かって次第に狭くして捕らえるという内浦伝統の漁法だ。

信じられないけど、潮流に乗ってマグロなどの大型回遊魚が岸までやってきたという。群れがやって来ると、漁師さんはふんどし一丁で囲い込んだ海に飛び込み、シビカギで腹を引っ掛けて丘に引き揚げたり、抱きついたり、頭を大きな木槌でポカンと叩いて捕らえたり。

当時の道具やジオラマなど、見応えのある展示を沼津市歴史民俗資料館で常設しているので、足を運んで見てはいかが。

夏の間だけランチ営業するエゾシーフードサマー。そのはす向かいに入っていくの道が古道だ。今日も大入りで賑わっている。ちなみに冬の間は北海道のニセコで営業しているそう。

伊豆峯次第の239番目のチェックポイント・三島神社に到着。防災のため斜面はコンクリートで固められている。

さて、ここから先は伊豆古道の最大の難関と言える口野放水路の攻略だ。

狩野川の氾濫をおさえるため、狩野川を海へバイパスした人工水路が昭和40年(1965)に完成。当然ながら、明治35年(1902)の大日本帝国陸軍の測量図に、放水路は存在しない。

放水路によって古道は消滅しているが、山を部分的に開削した切通しの道は生きているかもしれない。まず、口野切通しを目指すことにした。

全面通行止。この先、落石の恐れあり。しかし、良く見てみるとバリゲートの脇から踏み跡が奥へ続いてる。もしかして日常的に利用する人がいる?危険なので当然、自己責任。少し覗いてみることにした。

圧倒的空間。大きな岩が道のど真ん中でとうせんぼしている。おそらくこの岩が通行止めの主な原因となったのだろう。しかも、小さな落石も多く見られるので、いつ崩れてきてもおかしくない状況のようだ。

5mくらいの高さはあるだろうか。伊豆半島が海底火山だったころのワイルドな地層、発達した斜交層理が荒ぶる切通し。木漏れ日が息を飲むほどに、幻想的で美しく、なんとも言えない“廃”を演出している。

そんな時、幻想的な空間が相俟って、まるで異空間の出入口のような、はたまた三途の川の対岸のような。切通しの向こう側に小さなお姐さんの姿が見えた。

この廃道で人に出会えるとは。この道、かつては路線バスも通っていたそうだ。だからカーブミラーがあったのか。昭和42年(1967)口野トンネルが開通した事でその役目を終えたという。

さて、問題はいつ開通したのか。明治時代だった場合、伊豆峯次第の頃の古道ではない事になる。Web検索すると、どの記事も明治時代の開通を書かれているが、お姐さんの話によると江戸時代という説も。

後日、沼津の教育委員会に確認したところ、伊豆国を統治した韮山奉行所から江戸へ年貢米を津出するために作られたのではとの回答。明治時代というのは段階的な開通の話。確定できる学術的な資料は残念ながら沼津市にはないが、塩久津の港の状況から推察できるという。

さらに調査するなら伊豆の国の教育委員会、或いは韮山代官・江川家から引き継がれた江川文庫を訪ねることにしよう。ロマンの探求は続く。

狩野放水路を渡り、もう一つの榎木ヶ洞山切通しを目指す。Googleマップだと、途中から道の表示はない。

道の表示がなくなってからは、藪漕ぎとなった。深追いしたが、遺跡なような綺麗に切られた横穴が現れた。石丁場だったのだろう。完全に道を見失ったのと、スマホの充電がなくなる寸前だったので引き返すことにした。

こちらも後日、沼津の教育委員会に確認したところ、元々は石丁場として石を切り出していく内にトンネルとして開通したそうだ。わかりずらいが、実は切通しとトンネルが二重で作られているという。

トンネル内は水が溜まっている箇所があり、その深さは1m以上。泳ぐつもりで行かないと通れない。狩野川放水路工事の際の飯場として利用したため、わざわざ水を溜めていたそうだ。

15時 道を下りる途中にある高梨建築さんにスマホの充電を相談したところ、快く受けてくれ缶コーヒーまでいただいた。有り難き人の優しさ。

一応、道のことを聞いたが全く知らないとのこと。次、来る時には必ず立ち寄ろうと決めた。

16時 口野トンネルを抜けて、口野放水路前を歩く。この交差点は車の往来が多い。巨大すぎて恐怖を感じてしまう。覗き込んでいたら吸い込まれてしまいそう。

車のトンネルの隣にある多比第二トンネルを歩く。歩行者専用トンネルのようだ。地元の学校の卒業制作の壁画が並んでいて微笑ましい。

多比(たび)

多比の集落を歩く。現在の道だと、次の集落まではトンネルを通って行かなければならない。古地図によると山越えの道があるはずなのだけど、さっぱり検討がつかない。

何度も行ったり来たりしてる私を見て、地元の方が声をかけてくれたので、早速聞いてみた。

「この辺りに古い山越えの道があったと思うのですがご存知ですか?」

「ああ、“むかしトンネル”な。切通しだよ。向こうの部落へ行く時や、遊んだりしたよ。(国道の)トンネルできて誰も通らなくなったから、今はもうダメかもな。」

「切通し!確かに昔のトンネルだ。どこが入り口なんですか?」

思い出話を挟みながら、丁寧に道を教えていただいた。

登ろうとしたら畑の手入れをしているお姐さんから、どこへ行くのかと声を掛けられた。山越えしたい事を伝えると、

「ああ、むかしトンネル。でも、今はもう通れないよ。」

多比の集落の人はみんな知ってるようだ。しかし、途中で道を見失い、むかしトンネルは諦めることにした。また草が枯れた頃にリベンジだ。

江浦(えのうら)

江浦の集落へ。国道414号線に切り通された古道を蛇行するように歩く。岩山の斜面には横穴がいくつも並んでいる。

更に山の上に行くと江浦横穴群がある。加工しやすい凝灰岩を掘りこんだ古墳時代のお墓群だ。なかなかの急斜面だったのと、夕暮れを気にして今回は登らず先を急ぐ。

獅子浜(ししはま)

獅子浜の集落を歩く。陽も傾いてきた。ひたすら国道沿いを歩くのが古道。

伊豆峯次第の240番目のチェックポイント・白髭神社に到着。

17時 続いて、伊豆峯次第の243番目のチェックポイント・伊勢神明宮に到着。

獅子浜辺りから道祖神や庚申塔が目立つようになってきた。

志下(しげ)

志下の集落を歩く。伊豆峯次第の245番目のチェックポイント・八幡宮に到着。阿吽の狛犬がぶさ可愛い。

 沼津の町に近づき、流石に交通量が多くなってきた。

古道の面影を感じる国道だ。

18時 駿河湾の奥の院・沼津御用邸記念公園でゴール。29.4km。4万歩超え。

夕方になると太陽が遠くになり、私たちの目には波長の長いオレンジや赤が映るけど、今日は紫やピンクのキレイな空。今年も台風の季節がやってきたと実感する。

次の道はこちら↓続けて読むと伊豆半島を一周できます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?