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EP038. 私よりずっと料理が上手いね

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今日は彼女の家でお泊まりデート。
普段は彼女がご飯を作ってくれる。彼女は料理が上手で、いつも美味しい料理を用意してくれる。彼女の料理に不満はないけど、いつも時間を掛けて凝った料理を出してくれるので、作ってもらってばっかりだと申し訳ない。

「たまには僕が作ってあげるよ。」

いつもの美味しいご飯のお礼に、初めて僕が腕を振るうことにした。

「何この味付け?めちゃ美味しいよ。」

「そっかぁ?普通の晩ご飯だよ。」

「普通じゃないよ。」

「素人料理だし、大したことないって。」

「ううん、上手いよ。絶対。私のお母さんよりも上手いかも。」

「そんなこと、お母さんが聞いたら悲しむよ。大袈裟だなぁ。」

「私はそう思うんだけどなー。」

「実は僕ね…、料理褒められたの初めてなんだ。」

もう、十年以上前の話だけど、幼稚園へ上がる頃に父が事故で他界した。
それからは母が一人で昼と夜の仕事を掛け持ちしながら僕と妹を育ててくれたんだけど、そうはいっても、母が家にいるのは夜中から朝方までの僅かな時間だけ。
妹を一人にできないからと、僕は幼稚園には行かせてもらえずに日中は妹と二人で過ごした。実際には僕の幼稚園代と妹の保育園代が出せなかったからだけど。

幼児二人だけでも食事は必要。食事をするために誰かが用意しないといけない。
でも、母はいない。
僕と妹の二人でなんとかするしかなかった。

最初の料理はご飯にふりかけ。
料理と呼ぶには無理があるけど、幼い僕たちにはそれでも十分料理だった。

ご飯は炊飯器で保温しているのでホカホカのものを食べられるし、僕も妹もふりかけが大好物。普段の食事はふりかけNGだったので、母の不在時にだけ食べられるふりかけご飯は僕たちにはご馳走だった。

それでも、毎食ふりかけご飯だと飽きてくる。いつ頃からか玉子かけご飯がレパートリーに加わる。ふりかけご飯に生卵がプラスされただけだけど、それはもう普通のふりかけご飯には戻れないほどの絶品だ。次第に火を使うことも覚えていった。玉子焼きを焦がさずに焼けたときは嬉しかったな。あの頃が懐かしい。

そんな風に幼い頃から当たり前のようにお腹を満たすためにご飯を作ってきたから、褒められたことなんてない。ましてや、素人の料理なんて褒めてもらえるものだなんて思ってなかった。

「褒められたことないの?こんなに美味しいのに。見た目はイマイチだけどね。」

からかうような眼差しで彼女が言う。

「それって褒めてんのかよ。」

そんな言葉を返しながらも、「見た目がイマイチ」って言葉が言葉面とは相反して不思議と嬉しかった。同じ言葉でも誰が言うかで大きく意味が変わる。

「ほんとに美味しいよ。『彼は料理男子だ』って自慢できるよ。」

「そう?」

「間違いなく、私よりずっと料理が上手いね。」

「じゃぁ、また作るよ。」

「ほんとー?ね、いついつ?」

「じゃぁ、家飲みするときは僕が作るってのはどう?」

「やったー!嬉しすぎるしー。」

乗せられてる気がしないでもない。
ただ、もしそうだったとしても「美味しい」と言われて悪い気はしないんだから、ここは乗せられておこう。彼女は喜んでるんだし。

料理を褒められたことがなかったから「料理を褒めてくれない」とか「美味しいと言ってくれない」とか、よくあるお悩み相談で耳にするセリフは今ひとつ理解できていなかった。
でも、褒められてみると嬉しいもんだ。もっと褒められたくなる。褒められるってのは中毒性があるようだ。
こんなことで嬉しくなれるんだから、もっと彼女のことも褒めなきゃな。彼女が嬉しくなってくれると、僕も嬉しくなれるから。

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