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落ち着かない気持ちを抱えて海に行く【イワシとわたし 物語vol.13】

落ち着かない気持ちを前に、彼女は海に行くことを思いつく。
履く時期にはまだ少し早いショートパンツを身に纏い、誰もいない海を眺める。
焦燥と不安を抱える彼女に海は何を見せてくれるのか。

3月というのはどうも気持ちが落ち着かない。

漠然とした焦燥感と不安が頭を撫でるようにまとわりつき、胸はいっぱいなのに何かが足りないと思ってしまう。

けれど何が足りないのかは一向に分かるわけもなく、足りないという感覚だけが彼女の胸を騒がしくさせた。

どうにかこの感覚から打破したいと思っても、気分はなかなか変えられない。

落ち着かない視線の先に一つのショートパンツが映った。

クラフトコーラシロップのパーティータイムをイメージしたそれは、先輩とお揃いで買ったものだった。

これを履いて夏は海で一緒にはしゃぐぞと言っていたのに、自然の猛威に結局行けず仕舞いで春が来ようとしている。

そうだ。

彼女は先輩が言っていたことを思い出す。

悩みや不安があるときは、海がいい。

そう先輩は言っていた。

映画の観すぎじゃないですか?と返すと、本当だからと小突かれた。
本当に海はいいから。
そう笑う先輩の声が、彼女の頭の中で鮮明に響く。

海に行こう。

今だと彼女の直感が言った。

何か変わるかもしれないと、彼女はショートパンツに手を伸ばした。

この季節は「新しい」で溢れている。

あちこちで新たな一歩を謳い、社会全体がそれを応援しているように思える。

春先のこの独特の雰囲気は、現状維持をあまり歓迎していないような気がして、自分も何かしなければならないという衝動に駆られる。でも、何をするのが正解で自分のこの焦りが消えるのかは分からなかった。

何か変わらねばと、ずっと黒かった髪色を明るくした。
友人に頼んで、爪も可愛くしてもらった。

明らかに変わったことが見える形で表れれば、胸のざわめきも落ち着くんじゃないかと思ったが、期待は裏切られ相変わらず彼女の胸の辺りは落ち着かないでいる。

新しい・・・だらけの空気に染まってみても、自分一人がちぐはぐに思えて仕方がない。

先輩が言っていた。

海もパーティータイムも何って解決はしてくれない。でも、新しいものは見せてくれると。

海は何を見せてくれるのだろうか。

あのときはあんなことを言っておきながら、今は先輩の言葉に頼って海に足を向ける。

この時期の海は、さすがに誰もいなかった。

独特の空気感が彼女の全身に滲んでいくようで、ひらけた海の青さは心成しか彼女の鼓動を早くさせた。

この場所に来る前から纏わりついている焦燥感とも不安とも違う心地よい高鳴りが、胸の辺りで踊り始める。

視線を落とす。
パチパチ弾けるように散らばった色とりどりの絵が脚の上で駆け回っている。

音を奏でるように、踊るように、泳ぐように、跳ねるように。

そこが暗かろうが、楽しそうに軽やかに振舞って見えて、気づいたら彼女の口元は緩んでいた。

せっかくだから入ってみようか。

青く澄んだ海を瞳に映す。
脚の上で駆け回る雰囲気に便乗して、思いつきに任せて靴を脱いだ。

助走をつけて勢いよく海の方へと駆けていきたいところだが、脚を撫でていく風はまだ冷たい。

春先の穏やかさに免じて、遠慮がちに足先で水面に触れると、こっそりと隠れていた冬の存在がぶるりと全身を駆け巡った。

やっぱりまだ早いか。

分かっていたことだが、この一連の過程が妙におかしく思えて、彼女は一人くすくす笑った。
この瞬間、彼女の頭の中から焦燥も不安も消えていた。

新しくなくてよかった。
今あるものでもよかった。

そこに「やりたい」という思いがうまれて、それを叶える瞬間さえあればこの季節を包む空気を楽しめる。

その瞬間は、一番楽しくて、不安からも解放される。

彼女の脳裏にピン、と一つの直感が走る。

その直感はまだ言葉として形にはできていない。
けれど、先へ先へと走る胸の高鳴りが、今すぐ飛び込まねばもったいないと言っているのが分かる。

この瞬間を逃さないように、この瞬間に身を委ねるように。

先輩が言っていた通りだ。
彼女は大きく息を吸う。
瞳は音を奏でそうなほどに輝く。

彼女の心は跳ねるようで、身体は軽くなっていた。



model:冨部鈴夏 Instagram(@rinka_719)

撮影:こじょうかえで Instagram(@maple_014_official)

撮影地:大川島海水浴場

文章:橋口毬花 (下園薩男商店)


Another Story:彼女の先輩の話

vol.2 クラフトコーラと海辺の少女
悩みや不安、壁を抱えて生きている。
どうにかそこから抜け出したくて、気づいた先にあったのは西方の海だった。
彼女は海の青さに溶け込むようにそこにいた。


イワシとわたしの物語

鹿児島の海沿いにある漁師町、阿久根。
そんな場所でイワシビルというお店を開いている
下園薩男商店。
「イワシとわたし」では、このお店に関わる人と、
そこでうまれてくる商品を
かわいく、おかしく紹介します。

vol.12 早朝の港で名脇役に憧れる
いつも釣りをしている男たちに会おうと足を運んだものの、タイミング悪く一人港に立ち尽くす彼は、せっかく来たのだからと曇天の海を眺める。
手許には、男たちに頼まれていた醤油一本。
久々にぼーっと海を眺めた彼は、一つの何気ない疑問を調べ始める。

vol.11 旅好きの彼女がこの地に留まる理由
彼女の旅好きは有名だった。
常にどこかに出掛けていて、きっとこの街が退屈なのだと街の人々は
噂していた。
そんな旅好きの彼女が今日向かった先は、街の公園だった。

and more…

モデルインタビュー/オフショット

直感が現役大学生に見せてくれたモノと考えたコトとは。
パーティータイム ショートパンツとの物語のモデルとなった冨部鈴夏さん。
彼女が普段大切にしていることは直感だと言います。
「何かを始めるときに、いいな、やってみようっていう瞬間が一番楽しいし、不安とかストレスとかを何も感じてないときだなって凄く思って。
だからこそ、その瞬間を大事にしたいと思ってます」
そう語る冨部さんが直感を通して見えたものや向き合うコトとは何か、話を伺いました。

パーティータイム ショートパンツの魅力

クラフトコーラシロップ パーティータイムをイメージした夏にぴったりのショートパンツが誕生です。
海履き街履き兼用のユニセックスで楽しめるポップで、履くと身も心も軽くなるショートパンツの魅力をご紹介します。


イワシとわたしのInstagramでは、noteでは見れない写真を公開しています。


登場商品

イワシとわたしvol.14
2022年5月15日公開予定

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