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ポールポール商会のこと【超短編小説】

もうすでに夜も更けた。 四時ということだった。

ポールポール商会で働きはじめてはや幾星霜ということであった。四年半であった。もはや後輩も沢山できたが沢山辞めて行った先輩も辞めて行った。 ポールポール商会で働くうえで長柄モップを上手く使いこなすことが必要、と言っていたので、俺は長柄モップを上手く使いこなしたら、業績トップをとることができた。でもそのお陰で反面人間性に少し欠けるように、どんどんなっていった。 こんなことを夜中に書き連ねている俺と、猫。俺と、犬。友達は俺と猫と犬。

ポールポール商会を四年半と一日で退職、依願退職することとなった、らしい、俺と猫。俺と犬とむく犬。もう長柄モップは要らない。微弱電波がシナプスとシナプスをジャンプするあいだに、通りかかった疑いの気分がのたまっているいわく「偽物は本物の偽物」そして次の職場探しが、はじまる。俺と猫、猿。俺と去る犬とむく犬と猿。

動物たちはかわいい。日々人間であることに、かなりの努力と注意力をもって偽装している俺にとっては、近しいのはむしろデルタ地帯の浅瀬に生息してじっと息を潜めるさかなの群れなのかも知れず、つぎの職場は案外駅近であるということだった。「ミソミソ前郵便局」とのことであった。郵便配達夫にとって猫と犬とは大切な話し相手とゆうことであった。猿とゲジゲジは。猿とゲジゲジはその冬に去って行った。むく犬は未だ腹を空かしていた。俺とむく犬は猫と。俺は郵便配達夫になっていたのだが。

去っていった猿はポールポール商会に就職が決まった、とのことらしい。猿はポールポール商会に勤めた。猿はポールポール商会に勤務して幾星霜。四年半であった。もはや後輩も沢山できたが沢山辞めて行った、先輩も辞めて行った。ポールポール商会の会長はごひいきにも猿に家を買って与えた。もちろん偽物の家ということであった。猿は激怒した会長はその意味も分からず。その会長はその意味も分からずといった風情でその猿のその瞳を見つめ続けた。そのポールポール商会が倒産したのはその猿が激怒したその日のその翌日であるということであった。その猿は去ってその元会長と連れ立って去るのだった。その偽物の家は燃やしたのだった。

俺のことと言えば、猿のことに関心を持っていた当時のことである。郵便配達をいつもしていた。郵便局に毎日出向いていた。郵便配達が俺の職であったからなのだ。配達の途中で、よくたまたま美しい景色をみたはずだ。鯡のやや水滴を放つ銀色の腹のように研ぎすまされた銀色の光沢を放つ初夏の木々の葉。時雨。地球を濡らす暖かい雨。葉書はしたたか濡れまくり、紙の結合は弱まってぼろぼろと俺の手から剥落していった時雨の中。俺は猿のことを思った。またあるいは。晩秋の風がふとその存在を忘れ、顕われた凪のなかの海。凪の海には静寂の音がきこえまくる。猿は。と去った猿の記憶が蘇ったはずだ。「俺の猿は」と俺と猫と犬とむく犬。戻ってこない。

ポールポール商会の古びた看板が古道具屋で売られていたとのことだった。懐かしく思った俺と猫。犬とむく犬とアマガエル。用水路の土手はおだやかな勾配を描き、そのうえで早春の太陽がタンポポと一緒に暢気に踊っている。郵便配達夫になって四度目の春のはずであった。猿は。猿はまだ戻っては来ない。猿と去ることを選んだポールポール商会の人間たちは。どこに?

「どこでもいい」と、猫。

「どこでもいい」と、犬とむく犬とシロナガスクジラ。

手紙には必ず差出人がいて、受け取り人がいる。
あなたの送った手紙を受け取る誰かが、あなたにとっての猿なのかどうかは、郵便配達夫の俺がとやかくゆうことでは、ないのだ。

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