線でマンガを読む『コマツ シンヤ』
うだるような暑さのなか、『線でマンガを読む』を書こうと思って本棚を物色していると、いいものを見つけた。コマツ シンヤの『8月のソーダ水』である。ページをめくると、気温が3℃くらい下がったような気分になる。
『8月のソーダ水』
架空の街、翠曜岬を舞台とした連作短編である。主人公のまわりで起こる、ちょっと不思議な出来事を、海のにおいのする青色をふんだんに散りばめた爽やかな筆致でつづったマンガだ。季節は夏だが、今の日本のようなむっとする熱気ではない。パラソルの下で、うたたねしたくなるような、やわらかい日差しが注いでいる。
色づかいが涼しげだ。建物や道は基本的に白。そして空と海は青。そこに明るい色が、ところどころにちょんちょんと配置されている。この、明るい色の置き方は、計画されたものだろう。
『8月のソーダ水』
主人公の女の子がいつもへんてこな冗談を言うラムネ屋のおじさんと出会うシーン。明るい色、赤や黄が用いられているのは女の子の帽子と鞄、それとおじさんの頭のうえのパラソル、車の看板、果物、クーラーボックスの模様、おじさんのズボン。これらをつないでみると、奥から手前に広がってくる、色で形作られた構図が存在し、奥行きを演出しているのが分かる。
普通、構図といえば画面のなかの物体の形、マンガで言うならば線で構築されるものだという先入観があるが、色づかいで画面に奥行き感をもたらすこともできる。さらにいうなら、バスの車体の線と水平線が、この色の構図とリンクしていることもポイントだ。このコマにはいろいろなものが描かれているが、どれかが悪目立ちしてしまわないように、色と線を使って構図が整理されている。
また、右上に描かれた電灯が、ぐにゃりと曲がっているのも面白い。さきほど参照したコマでも、やはり電柱がおなじように曲がっている。
『8月のソーダ水』では、電柱や木などは直立しておらず、ちょっとだけ曲がって、頼りなさそうに立っている。これもまた、やわらかい印象を読者に与えている理由なのだと思う。こういうのは、さきほどの色づかいの話とはちがい、意図してやっているというよりは、作者の生理的感覚によるものだと思う、たぶん。線を、なんだかまっすぐ引かずに、こういう癖が出る。その作者の曲線的感覚が、ふしぎなものをコマの上に呼び込む。
『8月のソーダ水』
曲線の世界のふしぎな夏。私はそんな夏の一日のなかに入り込んで、つかの間、現実の容赦ない暑さを忘れることにします。
※本コラム中の図版は著作権法第三十二条第一項によって認められた範囲での引用である。
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