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小説 アンドロメダから僕は来た(第二校) 第3話


秩父行き特急電車の車内はガラガラで、僕達の車両に他の乗客は居なかった。

「窓側に座って、私は見慣れた景色だから」

真夏ちゃんは僕に窓側の座席を勧めると、コンビニ袋から缶ビールを二本取り出し、一本を僕に差し出した。

「今日は久しぶりのオフなの、乾杯しよ、前祝いね」

「アンドロメダに帰れます様に」

僕達はビールで乾杯した。

「はい、朝ごはん、食べて無いでしょ」

と言ってコンビニのおにぎりをくれる、真夏ちゃんは可愛くて優しい。そして気さくで気の利く子だ。こんな子が僕の彼女だったらなあ、おにぎりを見つめながら僕は思った。

しばらくすると、僕等と同じ歳位の若い車掌が切符の確認に来た。車掌は僕には全く目もくれず、真夏ちゃんばかりジロジロ見ている。

もしや真夏ちゃんだと気付かれたのでは、僕は不安になり真夏ちゃんと窓側の席を代わった。

電車は都心のビル群を抜け、同じ様な形の家が建ち並ぶ住宅地を走り抜ける。どこまでも続く住宅地に退屈し始めた頃、ようやく車窓は山に囲まれた長閑な田園風景に変わって来た。

「ほら、あそこにギザギザの山が見えるでしょ、あの山の向こうがおばあちゃんの家。おばあちゃんのシチューはとても美味しいんだよ」

真夏ちゃんは窓の外を指刺した。僕は通路側の席から真夏ちゃんに顔を近づける様に窓の外を見た。この前と同じ甘い柑橘系の匂いがする。本当は通路側の席からでもギザギザの山は十分見えていたのだが。

車掌はそれから何度もやって来て、横を通る度に真夏ちゃんの事をチラチラと覗く様に見ていた。これは完全に気付かれていると踏んだ僕は、車掌が来る度に真夏ちゃんが見え無い様に身体を乗り出してガードした。

「用もないのに何度も来るんじゃねえ、ジロジロ見るな」

真夏ちゃんは僕が守る、僕は目力を込めて車掌を睨み付けた。


秩父駅に着くと、おばあちゃんが軽トラで迎えに来ていた。

「待ってたよ、今日は泊まって行くんだろ、真夏の好きなシチュー作っといたからね」

おばあちゃんはニコニコととても嬉しそうだった。

「おばあちゃん久しぶり!明日もオフだから、もちろん泊まって行くよ」

真夏ちゃんはおばあちゃんの腕にしがみついた。

泊まるなんて、聞いてないぞ、でも真夏ちゃんと一泊出来るなんて凄く嬉しい、僕は胸が躍った。

「はじめまして」

僕がおばあちゃんに挨拶すると、

「ようこそ、こんな遠くまで良く来てくれたねえ、真夏、なかなかイケメンの彼氏だねえ」

おばあちゃんは真夏ちゃんを横目で見て揶揄う様に肘で突いた。

「そんなんじゃないよお」

真夏ちゃんは照れ臭そうに答えた。

そんなんじゃないんだ、僕はちょっとがっかりした。

真夏ちゃんは僕に助手席に乗る様勧めた。僕は軽トラの荷台はじいちゃん家で何度も乗ったことがあり慣れていた。僕は助手席を真夏ちゃんに譲り、荷台に乗り込むと側にあったシートで身を隠した。

「ごめんね、すぐ着くから、ちょっと辛抱してね」

おばあちゃんは軽トラのエンジンを掛けた。

数分程走るとカーブが増えガタガタと揺れが大きくなって来た。シートの中で景色は見えないが、軽トラは山道に入った様だった。

「もう出ても大丈夫だよ」

真夏ちゃんが言った。

僕は被っていたシートを取った。軽トラは森の中の細い砂利道を走っている。

深々と生い茂る木々から作られた新鮮な空気は久しぶりだった。僕は両手を広げ大きく深呼吸した。秩父の山の空気はじいちゃん家の空気と同じ匂いがした。

おばあちゃん家に着くと、真夏ちゃんは薄いピンク色の上下ツナギの作業着に着替えて出て来た。

「ここでは、コレが私の衣装よ、はいこれ貸してあげる」

真夏ちゃんは僕に白のツナギの作業着を貸してくれた。

僕が荷台に乗ると、真夏ちゃんも荷台に乗り込んで来た。そして隣に後ろ向きに並んで座った。

「おばあちゃんお願い、私のUFOの所に連れてって」

「はいよお、じゃ行くよ、しっかり掴まってな」

おばあちゃんは細い山道をスイスイと登って行く。四国のじいちゃんに匹敵する程軽トラの運転は上手だった。

「軽トラの荷台は私の指定席、ああ気持ちいい、やっぱり良いなあ秩父の空気は」

真夏ちゃんは目を閉じて、気持ち良さそうに風を感じている。

「着いたよ、この奥だがね」

おばあちゃんは軽トラを止めると、林の中を指差した。

「大分草が生えちゃったね、よいしょっと」

おばあちゃんは荷台から草刈り機を下ろして肩に掛けた。

「おばあちゃん、僕がやります」

僕はおばあちゃんから草刈り機を受け取ると、慣れた手付きでUFOに向かう道の草を刈り始めた。じいちゃん家でいつも草刈りしてたからお手のものだった。

山道から少し下った先に沢があり、その手前にブルーシートで覆われた真夏ちゃんのUFOを見つけた。

墜落の衝撃で羽根の部分は完全に壊れてしまっていた。真夏ちゃんのUFOは僕のと同じメーカーの型落ちタイプで見覚えのある物だった。

僕はUFOのコクピットの中から壊れた羽根の部分まで、その状態をくまなく調べた。昼休みも取らず、真夏ちゃんとおばあちゃんが握ってくれた梅のおにぎりを齧りながら、丁寧にチェックした。

山の日没は早く、次第に辺りが薄暗くなり始めた。僕最後にUFOの下の隙間に上半身を潜り込ませ、反重力装置の状態を調べて見た。真夏ちゃんは心配そうに僕の足元から中を覗き込んでいる。

僕はUFOの下からズルズルと這い出した。

「大丈夫!反重力装置は壊れていないと思う」

僕は泥に塗れた顔でOKサインを出した。

「やったあ!」

真夏ちゃんは飛び上がって喜んだ。そして、ツナギに泥が付く事も気にせず、僕に抱き付いて来た。

「アンドロメダに帰れるかもしれないよ、おばあちゃん」

真夏ちゃんはおばあちゃんにも抱きついた。

「おお、良かったねえ、良かったねえ、さあ二人共、お腹すいただろ、家に帰ってごはん食べよう」

おばあちゃんは真夏ちゃんと僕の頭を何度も撫でて言った。

おばあちゃんのシチューはとても美味しかった。牛乳がたっぷり入ったサラサラのクリームシチュー。

ホクホクのじゃがいも、柔らかい人参、クタクタの玉ねぎ、ホロホロになる迄煮込まれた鶏の骨付き肉から出た旨味に溢れ、少ししょっぱめの味は白いご飯と良く合った。

シチューの夕食後、おばあちゃんはコーヒーカップに麦焼酎を入れてお湯割りで飲み始めた。

「ああ、今日は良い日だ、みんなで食べるご飯は美味しいねえ」

おばあちゃんは麦焼酎をちびちびと飲みながら、幸せそうな表情だった。

「ねえ、おばあちゃん、私にもちょうだい」

真夏ちゃんが自分用のコーヒーカップを持って来た。おばあちゃんはニコニコしながら、真夏ちゃんのカップに並々と麦焼酎のお湯割りを注いだ。

「いっしょに飲む?」

真夏ちゃんが首を傾げて聞いて来た。湯気が立つカップを両手で持っている。何だか美味しそうに見えた。

僕も宴に加わりたい気持ちになり、飲めないくせに「少しだけ」とカッコつけて言ってしまった。

真夏ちゃんは慣れた手付きでお湯割りを作り僕にカップを手渡した。カップには衣装を着た真夏ちゃんがプリントされている。

「この前の全国ツアーの私のグッズ」

僕はカップの真夏ちゃんと目の前の真夏ちゃんを見比べていた。

「そんなに見ないでよ、恥ずかしいじゃん」

ごめん、と僕は頭を掻いた。

真夏ちゃんは結構飲む。おばあちゃんとあれこれ話しながら、お湯割りを自分で作り、美味しそうに何杯も飲んでいた。

ほとんど下戸の僕はと言うと、お湯割りを半分くらい飲んだ所で、顔は真っ赤になり、気持ち良くなって、ウトウトしていた。

「ああ楽しかった、もう眠くなったがね、じゃ先に寝るから、客間に布団敷いといたから、ごゆっくり」

おばあちゃんはそう言うと奥の寝室に行ってしまった。

「私達、アンドロメダに帰れるかもね」

隣にいる真夏ちゃんは、ほんのりと赤らんだ顔で言うと、僕の肩にスッと頭を乗せて来た。

ウトウトしていた僕はドキリとして、急に目が覚めた。

真夏ちゃんの髪の毛から香るいつもの甘い香り、僕はこの匂いが大好きだ。

僕は真夏ちゃんの髪に顔を寄せ、目を閉じてその香りで脳が満たされる程いっぱい吸い込んだ。

おばあちゃんの家の客間には布団が二つ並べて敷かれていた。

「じゃおやすみ」

真夏ちゃんはそう言うと、隣の布団に入りすぐに寝息を立て始めた。

僕はなかなか寝付く事が出来無かった。客間には仏壇が置いてあり、額縁に入った先祖の白黒写真が、鴨居に何枚も並べて飾られていて、何だか見られている様な気がする。天井のうねった木目も、何やら人の顔みたいに見えて来た。

もし一人で寝ろと言われたら勘弁して欲しい様な部屋だが、隣に真夏ちゃんが寝ているからまだ平気だった。僕は何度も寝返りを打ちながら寝ようとしたが、どうにも寝付けない。

隣から真夏ちゃんの寝息がスヤスヤと聞こえて来る。僕は顔を横に向けて真夏ちゃんを見た。常夜灯の豆電球でほのかに照らされた寝顔を見ていると、愛おしくて胸がキュンと締め付けらる様だった。

アンドロメダから遠く離れた見知らぬ星で、真夏ちゃんは二年間もの間アイドルとして自力で生きて来た。辛い事も沢山あっただろう。さぞ寂しかっただろう。僕は真夏ちゃんが不憫に思えて涙ぐんだ。

真夏ちゃんの小さな右手が布団からはみ出している。僕は真夏ちゃんの方に近づき、自分の布団から手を伸ばした。


つづく

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