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小説 アンドロメダから僕は来た(第二校) 第4話


あと少しで真夏ちゃんの手に触れそうにな所で僕は躊躇した。もし真夏ちゃん起きてしまったらどうしよう、悲鳴でも上げられたら。

でもいい!僕は意を決し、真夏ちゃんの手の甲に自分の手をそっと載せて少し握った。

するとそれまで立てていた真夏ちゃんの寝息が止まった。

真夏ちゃんが起きたかも知れない、でも僕は握った手を離さなかった。

真夏ちゃんは絶対起きている。僕の手に気付いている。僕の鼓動は真夏ちゃんに伝わるのでは無いかと思えるほど激しく脈打った。

すると真夏ちゃんは自分の手の平をそっと返し、僕の手を握り返して来た。

「真夏ちゃん、起きちゃった?」

僕が囁く様に言うと、真夏ちゃんは首を僕の方に向け、ゆっくりと目を開けた。

真夏ちゃんと僕をじっと見つめている。

「真夏ちゃん」

僕は身体を起こして真夏ちゃんに顔を寄せた。

僕の唇が真夏ちゃんの唇に触れるあと少しのところで、

「魚藍坂を卒業するまではダメ」

僕は真夏ちゃんに押し返された。

トントンと台所から聞こえる包丁の音で僕は目が覚めた。

隣の真夏ちゃんの布団を見ると既にもぬけの空だった。夜が明けてから僕は少しウトウトしてしまった様だった。

台所に行くと、真夏ちゃんとおばあちゃんが楽しそうに話しながら、朝食の準備をしていた。

「おはようございます」

「おはよう、良く眠れたかい?」

おばあちゃんが言う。

「あ、はい」

本当はほとんど寝れなかった僕は、ぎこちなく微笑んだ。

僕は何だか気まずくて真夏ちゃんと目を合わせられなかった。

「さあ、朝ご飯食べたらすぐ出発よ、今日は重労働になるからがんばってね」

真夏ちゃんは昨夜の出来事など無かったかの様にしれっと僕に言った。女の子の方が度胸があるんだ、僕は思った。

朝食を食べ終えると、僕達は真夏ちゃんのらUFOがある場所に行き作業を始めた。まもなく始まる魚藍坂46の全国ツアーの準備の為、真夏ちゃんは今夜東京に戻らなければならない。

僕は先ずUFOの下に潜り込み、反重力装置の取り外し作業に取り掛かった。お昼の弁当を食べ、午後の作業に入ると寝不足の僕は作業中何度も寝落ちしそうになった。

真夏ちゃんはそんな僕の様子に、がんばれ、とニッコリと微笑みながら声を掛けてくれた。スーパーアイドルのスマイル独り占めで眠気は何処かに吹っ飛んだ。

作業は一日で終わりそうに無く、すぐ日が暮れた。東京行きの特急に乗る真夏ちゃんを駅まで送り届け、僕はおばあちゃんと二人で夕食を食べた。

夕食後、おばあちゃんは今夜もちびちびと晩酌をしていたが、昨夜ほとんど寝てない僕は眠くて仕方ない。

「おばあちゃん、後は僕が片付けときますから」

「そうかい、ありがとう、じゃ私は先に休ませてもらうよ」

テレビでは真夏ちゃんのCMが流れている。今日僕はこのスマイルをすぐ側で見ていた、どうだみんな羨ましいだろ、僕は優越感に浸った。

「さてと、ではお先」

おばあちゃんはゆっくりと立ち上がり、襖を開けて出て行く間際にぽつりと呟いた。

「真夏はアンタの事好いとるよ」

「え」

「男はキメる時はビシッとキメなあかんで、じゃおやすみ」

おばあちゃんは不敵な笑みを浮かべて襖を閉じた。

おばあちゃん、あんた昨夜の事知ってたんかい!僕は思わずツッコミを入れたくなった。

僕は数日掛けてUFOの反重力装置の取り外した。次にコクピットの時空変換無線も取り外した。

朝から晩までUFOの分解作業をしている僕の為に、おばあちゃんは毎日美味しいおにぎりを作って持って来てくれた。泥だらけの作業着も、翌朝には真っ白に洗濯しておいてくれた。

まもなく魚藍坂46は全国ツアーで四国に入りする。その合間に真夏ちゃんは四国のじいちゃん家に来てくれる事になっている。

反重力装置は軽く強い素材で出来ているが、とても大きく車で運ぶ以外方法無さそうだった。僕がおばあちゃんに相談すると、

「任せとき!軽トラ運転して、四国まで行ってあげるがね」

おばあちゃんは力こぶを作って見せた。何とも頼もしいおばあちゃんだ。

僕は反重力装置と時空変換無線を古い毛布で丁寧にくるみ、軽トラの荷台に載せた。二度と手に入らない貴重な部品を、長い道中で壊れたりしない様、しっかりと固定しブルーシートでカバーした。

「じいちゃん、UFOの部品が見つかったんだよ!」

僕はテレパシーでじいちゃんを呼んだ。

「なんじゃと!おおそれは良かったのう、ほんま良かったのう」

「じいちゃんのお陰だよ、諦めないで良かった!これから部品を持って四国に向かうから」

「お前自身の力で手に入れたんじゃ、気を付けて帰って来い、カレー作って待っとるぞ」

僕とおばあちゃんはその夜、軽トラで四国に向けて出発した。

四速マニュアルの軽トラは、ウンウンとエンジンを唸らせながら高速道路を走っていた。

「スピード出ないねえ、ハハハ」

おばあちゃんは四国に向けて一番左の車線をひたすら走る。

僕達は全ての車に追い抜かれた。大きなトラックやトレーラーまでもが真横をビュンビュン抜き去って行く。その都度軽トラは風圧でフワリと浮き上がる様に横に流された。

「大切な部品だからね、ゆっくり事故の無い様に、とにかく無事に四国に着くことが一番だがね」

大きな車に煽られて本当は怖かったに違いない。でもおばあちゃんは気丈に振る舞っていた。

僕は、道中おばあちゃんと色々な事を話した。

「真夏は私の前ではいつも強がっていたんだよ、自分の星に帰りたいなんて一度も漏らした事が無かった。でも一人で夜空を見上げては泣いていた事を私は知ってるんよ」

軽トラは深夜の高速をエンジン全開で走り続けていた。

「私には娘がおったんよ。でも小さい時に亡くなってしもうた。だから真夏は娘みたいに可愛くてね、私の歳だと孫かね、ハハハ」

都市部を抜け山あいに入ると、車の数は極端に減った。

「あの子は頑張り屋で少し気が強い所があるけど、本当はとても寂しがり屋で優しい子なんよ。真夏の事よろしく頼むね」

唸りを上げるエンジン音にかき消され、僅かに聞こえるカーラジオから魚藍坂46の歌が流れ始めた。

僕とおばあちゃんは、パーキングエリアで何度も休憩を取りながら一晩中走り続けた。そして、夜が白み始める頃、ようやく四国に渡る大橋までたどり着いた。

大橋は瀬戸内海の小さな島々を中継しながら、幾つかの橋を経て四国へと繋がっている。

おばあちゃんは、数時間ほど仮眠を取ったものの、ほとんど徹夜で運転していた。「やっとここまで来たねえ」とおばあちゃんは車を降りて伸びをし、腰を叩いた。

UFOの免許は持っているが車の免許は無い。運転を代わってあげられない自分が不甲斐無かった。

「おばあちゃん大丈夫?あと一つ橋を渡れば四国だよ」

「大丈夫!ばあちゃん体力には自信あるんよ」

おばあちゃんはシワシワの細腕で、力こぶを作って見せた。

波の穏やかな海にポコリポコリと島々が浮かんでいる。朝日を反射した水面がキラキラと輝く。大橋を走り抜ける軽トラの車窓に瀬戸内の美しい景色が広がった。

「おお、これが瀬戸内海か、きれいだねえ。あんた達に出会えて無ければ一生見る事も無かったかもね」

おばあちゃんは眩しそうに目を細めた。

軽トラは大橋を渡り切り、いよいよ四国に入った。橋を渡ってすぐのインターを降り、小さな町を抜けると、じいちゃんの家がある山が見えてきた。ほんの数ヶ月振りなのに、僕はもう何年も帰って無い様な懐かしい気持ちになった。

軽トラ一台がやっと通れる程の細く曲がりくねった道を、おばあちゃんはスイスイと軽快に登り、難なくじいちゃん家に到着した。じいちゃんは家の前に出て僕達を待っていた。

「ただいま!じいちゃん」

「おう、おかえり!お疲れ様、おお、よくぞこんなに遠くまで、運転ありがとうございました。さぞお疲れじゃろう、どうぞゆっくりしてって下され」

じいちゃんはおばあちゃんに丁寧にお辞儀をし、家の中に招き入れた。

「さあさあ、今夜はおばあさんの歓迎会じゃ」

台所の方からカレーの良い香りがして来る。じいちゃんは何だかとても嬉しそうに見えた。僕が帰って来たから、久々の来客だから、いやそれ以外の何かがある様な、そんな気が僕はした。

久しぶりに食べたじいちゃんのカレーはやっぱり美味しかった。僕は一気に三杯平らげた。

僕は東京での出来事や、真夏ちゃんに出会い、無重力装置を手に入れた経緯を事細かくじいちゃんに話した。

「ほら、この子が魚藍坂46の真夏ちゃんだよ」

僕はテレビを指差す、ちょうど真夏ちゃんのCMが流れていた。

「魚卵?たらこか?」

「じいちゃん魚卵じゃなくて、魚藍坂、もうすぐ真夏ちゃんも来るから楽しみにしてて」

じいちゃんとおばあちゃんは焼酎を飲みながは会話が弾んでいる。寝不足の僕は強烈な眠気に襲われ先に寝てしまった。

二人はすっかり意気投合した様で、宴は夜が更けるまで続いた様だった。


つづく

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