小説 アンドロメダから僕は来た(第二校) 第2話
今日起きた出来事は夢だったのでは無いのだろうか、僕はネットカフェの畳に寝転がり天井を見つめていた。
僕は本物の真夏ちゃんと会って握手をした。この手にはまだその温もりが残っている。そして真夏ちゃんとテレパシーで会話した。
手元に真夏ちゃんのサイン入り写真集があるという事は、握手会で真夏ちゃんと握手したことは間違いない。でもテレパシーで話したのは、僕の勝手な思い込みなのかもしれない。
真夏ちゃんがテレパシーを使えるはずがない。地球人でテレパシーが使える人はじいちゃん以外会った事無い、でもまさか、
僕は繰り返し自問自答した。
その時突然「今どこにいるの?」と真夏ちゃんからテレパシーが来た。
「うわっ!」僕は驚いて飛び起きた。
真夏ちゃんは本当にテレパシーが使える。あの出来事は夢では無かったんだ。
「ま、真夏ちゃん、僕はネットカフェにいるよ」と返事すると、
「仕事終わったの、これから行くからそこにいて」と真夏ちゃんは言った。
一時間程して、コンコンと誰かが個室の扉をノックした。
僕は恐る恐る扉を開けた。そこにはピンク色のマスクをした真夏ちゃんが立っていた。握手会の時のフリフリの衣装では無いラフな格好だが普通の女の子には無い圧倒的なオーラがあった。
「ま、ま、真夏ちゃ」
思わず口走りそうになった僕の口を真夏ちゃんは押さえ、
「シーッ」
と人差し指を唇に当てた。
「入っていい?」
「ど、どうぞ」
僕は真夏ちゃんを個室に招き入れ、扉の鍵を掛けた。
個室に入ると真夏ちゃんはマスクを外した。紛れも無い本物の真夏ちゃんだ。狭いネットカフェの個室に、今僕は真夏ちゃんと二人きり、この信じ難いシチュエーションは夢としか思え無かった。
香水かシャンプーの香りか真夏ちゃんは仄かに良い匂いがする。その香りでこれが現実の出来事であると僕は認識出来た。
「これ食べて」と真夏ちゃんは紙袋を差し出した。紙袋から美味しそうな焼きたてパンの香りがする。金欠でしばらくまともな食事をしていなかった僕のお腹が条件反射的でグウと鳴った。
「ごめん」とお腹を押さえて言うと「お腹空いていたんだ、うふふ」と真夏ちゃんは笑った。
「私もお腹空いた、一緒に食べよ」
真夏ちゃんは紙袋からパンを二つ取り出し、一つを僕に差し出した。
「ここからはテレパシーで話そ、グループは恋愛禁止だから、もしバレちゃうと色々面倒なの」
一畳程しか無いネットカフェの狭い個室の中で、僕と真夏ちゃんはパンを齧りながらジッと見つめ合い、テレパシーで話し始めた。
「あなたがテレパシーを使ったから本当にびっくりした。アンドロメダから来たって本当?」
「本当だよ、僕は大学の卒業旅行の途中で地球に立ち寄ったんだ。でもUFOの反重力装置が故障して、四国の山の中に不時着してしまったんだ」
その後一人暮らしのじいちゃんに助けられた事。東京にUFOを直す為の手掛かりを探しに来た事。中々見つからず途方に暮れていた時、握手会で真夏ちゃんに出会った事。僕はこれまでの経緯を全て真夏ちゃんに話した。
真夏ちゃんは僕の目をじっと見て時折頷きながら聞いていた。僕が話し終えると、真夏ちゃんは俯いて、ぎゅっと目を閉じ黙ってしまった。
「真夏ちゃん、どうしたの、大丈夫」
「こんな事があるなんて、こんな事があるなんて、信じられない」
真夏ちゃんは突然ポロポロと涙をこぼし始めた。
「え、何で、真夏ちゃん泣かないで、僕何か悪い事言った?だったらごめんなさい」
大変だ、スーパーアイドルの真夏ちゃんを泣かせてしまった!こんなのファンに見つかったら殺される、僕は狼狽えた。とりあえず近くにあったティッシュのボックスを真夏ちゃんに差し出した。
真夏ちゃんは「ありがと」と言ってティッシュ三枚目ほどババッと抜き取り涙を拭うと、そのまま鼻に持って行きチーンとかんだ。テレビでは見せる事の無い、アイドルの庶民的な姿に、僕は可愛らしさと親近感を覚えた。
「ごめんね、泣いちゃって、私、同じ星の人に会えて、嬉しくって」
「同じ星って、、まさか、真夏ちゃんも」
「そうよ、私もアンドロメダから来たの」
真夏ちゃんは顔を上げて僕を見た。
「私もあなたと同じよ。アンドロメダから卒業旅行で地球にやって来た時、大きな台風に見舞われて、秩父の山の中にUFOが墜落したの」
真夏ちゃんはその後、一人暮らしのおばあちゃんに助けられ、僕と同じ様に東京にUFOの部品を探しに来た所を、芸能事務所にスカウトされアイドルとしてデビューした。地球に来てもう二年程経つとの事だった。
確か魚藍坂46のホームページには僕と同い年と書いてあった。であれば真夏ちゃんは僕より二つ年上になるはずだ。
「真夏ちゃん、僕と同い年のはずじゃ」
「ウフフ、アイドルなんてサバ読むのは当たり前よ、魚藍坂も結構サバ読んでる子多いんだから。気にしない気にしない」
真夏ちゃんはあっけらかんと言った。
「アイドルになるつもりなんて全然無かったんだけど、デビューしたらすぐにヒットしちゃって、あっという間に二年も経っちゃった、ハハハ」
真夏ちゃんは明るく振る舞って見せるが、その表情には寂しさが見え隠れしていた。
「でも、助けてくれたおばあちゃんや事務所のスタッフ、そしてファンの人達、みんな良い人達ばかりで」
「僕のじいちゃんも優くてとってもいい人なんだよ」
「そう、地球の人達はみんな良い人ばかり。真夏って言う芸名はね、助けてくれたおばあちゃんが付けてくれたの。私を見つけた日が真夏の暑い日だったから」
涙ぐむ真夏ちゃんの目はキラキラと輝いていた。
「じいちゃんが『東京に行って来い』と言ってお金を出してくれたんだ。でもUFOの部品どころか手掛かりすら見つからなくて、お金も尽きそうだしもう四国に帰ろうとかと思っているんだ」
「え、そんな、せっかく同じ星の人に出会えたのに」
「でも真夏ちゃんに会えて良かった!アンドロメダの人が日本に居る事がわかっただけでも嬉しいし、とても心強いよ」
「やっぱり無理なのかなあ、私達のUFOを修理するのは」
真夏ちゃんはがっかりした様子で黙り込んだ。
しばしの沈黙の後、突然真夏ちゃんが大きな声を出した。
「そうだ!あなたと私、二台UFOがあるじゃん」
ずっとテレパシーで話していた真夏ちゃんが大声を上げた。
「ま、真夏ちゃん、ダメだよ、そんな大きい声出しちゃ」
僕は真夏ちゃんを、慌てて静止した。
「ごめん、ごめん、テレパシーに戻すね、もしかしたら私のUFOの部品が使えるんじゃ無い?」
真夏ちゃんはクリクリした愛くるしい目を、尚更大きく見開いた。
「そうか!そうだよね、真夏ちゃんのUFOは台風で羽の部分が損傷しただけだから反重力装置は壊れて無いかも知れない。僕のUFOにそれを取り付ければ良いんだ!」
僕は興奮して真夏ちゃんの両手を取り強く握った。
「そうよ!もしかしたら私達アンドロメダに帰れるかも知れない」
真夏ちゃんも僕の手を強く握り返した。
「そうだ!帰れるかも!真夏ちゃん!」
「今週末、私オフだから、一緒に秩父のおばあちゃん家に行って私のUFOを見に行こう」
「やった、やったぞ、アンドロメダに帰れるぞ!真夏ちゃん」
僕は真夏ちゃんを抱き締めたい衝動に駆られたが、グッと堪えた。
じいちゃんの言う通りだった。まさに土俵際からの大逆転だ、諦めなくて本当に良かった、じいちゃんありがとう。僕は目を閉じ、じいちゃんに感謝した。
「そうそう、これ何かの足しにして」
真夏ちゃんはティッシュに包んだお札を僕の手に握らせて来た。
「ウフフ、なんか私、秩父のおばあちゃんみたい。いつもこうやってティッシュにくるんでお金くれたんだ」
「え、そんなダメだよ」
僕は断ったが
「いいから、いいから、写真集のお返しだと思って」
と真夏ちゃんはニッコリと微笑んだ。
「じゃ金曜日、駅で、またね」
真夏ちゃんは部屋の扉を開けた。僕が外まで送ろうとすると、
「だめだめ、文春砲に見つかったら大変、ウフフ」
真夏ちゃんは人差し指をチッチと横に振り、小悪魔の様な悪戯な笑みを浮かべ扉を閉めた。
真夏ちゃんが帰った後も、僕の部屋にはしばらく真夏ちゃんの匂いが残っていた。柑橘系だろうか、爽やかな優しい香りだった。
僕は真夏ちゃんに貰ったティッシュの包みを開けてみた。千円札とばかり思っていた紙幣は三つ折りにされ三枚の一万円札だった。
「真夏ちゃん、ありがとう」
僕はそれを両手に挟み合掌した。
◇
朝一番の特急に乗る為、僕達は駅で待ち合わせした。
ネットカフェの代金を精算したら、じいちゃんに貰ったお金は全て無くなってしまった。もし真夏ちゃんに貰ったお金が無ければ、僕はこの駅に来る電車賃すら無かっただろう。
真夏ちゃんは僕の懐事情を察してか、秩父行きの切符を二枚買って待っていた。
「はい、これ切符、失くさないでね」
と僕に渡し、
「秩父は良い所よ」
と言って微笑んだ。
今日の真夏ちゃんはジーンズ姿、セミロングの髪の毛は後ろで引っ詰めてお団子にしている。テレビではお姫様みたいなフリフリスカートだけど、ちょっとボーイッシュな真夏ちゃんもとても魅力的だった。
ピンク色のマスクから覗く顔はほとんどノーメイクの様だ、でも真夏ちゃんの肌は白く透き通るほど美しい、僕は見惚れてしまった。
つづく
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