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小説 アンドロメダから僕は来た(第二校) 第1話


地球人はロケットと言う激しく炎を噴出する危険な乗物に乗って、命懸けで大気圏から少し飛び出ただけで、宇宙に行ったと喜んでる。

でも、そこは宇宙とは言わないよ。ただの空。空高く上がって降りて来たに過ぎない。僕が知ってる宇宙とはそんなちっぽけな物では無いんだ。

宇宙は広い、広いなんて言葉では言い表せない程広大で果てし無い。地球は天の川銀河の端っこの太陽系にあり、僕の星があるアンドロメダ銀河からは約230万光年離れている。

光の速度で230万年の僕の星にはロケットでは一生かけても行く事は出来ない。僕らが宇宙旅行に使っているUFOは反重力エネルギーと時空ワープと言う仕組みを使う。

反重力物質とは引力と逆の力を持つ物質。その物質が地球上にあったとしても瞬時に宇宙に飛んで行ってしまうから、地球人はまだその存在すら知らないし、作る事も出来ないんだ。

僕らのUFOは反重力物質のエネルギーを自在にコンロールして地上からフワリと離陸出来る。ロケットみたいに火も出ないし、音も振動も無い、そして燃料もいらない。

離陸しUFOの反重力装置の出力を上げると瞬時に光の速度を超え、そこに生じた時空の歪みに入り時空をワープする。過去から未来そしてどんな遠くの星にも超高速で移動が出来るんだ。

僕の星は地球より少し大きい。自転と公転の速度が地球より遅いから一日は30時間で、一年は405日。僕達は二十歳で大学を卒業する。卒業旅行は皆自分のUFOで一人で宇宙旅行に行くんだ。

色んな星を見て回ったよ。タコの星、猿の惑星、恐竜の星、そしてやって来たのがこの地球。僕等のアンドロメダ銀河のお隣、天の川銀河の小さな星に僕らとよく似た生物がいるなんて、ちょっと驚きだったよ。

積んである食料も後り僅かになり、そろそろ星に帰ろうとした時、長旅でUFOの反重力装置が故障した。僕は日本の四国の山奥に不時着してしまったんだ。

食料を食べ尽くし、空腹で山の中をフラフラ歩いていたら、山奥にポツンとある一軒家に住んでる一人暮らしのじいちゃんが僕を見付け、家に連れて行ってくれた。

真っ白なピチピチの宇宙スーツを着てた僕に、お前の着ている変な服はなんじゃ、これを着ろ、とじいちゃんは服を貸してくれた。長い間タンスにしまってあった赤いポロシャツは樟脳とじいちゃんの匂いがしてなんだか懐かしく感じたよ。

僕は日本語が喋れないからずっと黙っていたんだ。じいちゃんは腹ペコの僕の為に野菜がたっぷり入った茶色いスープを作ってくれた。

この美味しい茶色いスープが味噌汁という飲み物だとは後で知ったよ。あと炊き立てのご飯、腹ペコの僕は何杯もおかわりしたんだ。

言葉が話せない僕はテレパシーでじいちゃんに感謝の気持ちを伝えた。そしたら、おう遠慮するな、腹一杯食え、とじいちゃんが返事したから、気持ちは伝わったのかな。


一日が24時間なのは短か過ぎて、しばらく時差ボケが大変だった。でも日本語は簡単なもんで、じいちゃんの家で朝から晩まで三日ほどテレビを見続けたらすぐに覚えて話せる様になった。NHKばかり観てたから、なんかアナウンサーみたいな堅苦しい感じの話し方なんだけどね、ハハハ。

じいちゃんは耳が遠いから話し掛けると何度も聞き返す。だからテレパシーの方が手っ取り早いんだ。テレパシーでいつも話し掛けてたら、最近じいちゃんはテレパシーで返事をする様になったんだ。じいちゃんワイルドだろ。

僕はお世話になっているお礼に何でもお手伝したよ。畑を耕して種を蒔いたり、野菜を収穫したり、山で薪を拾ったり。几帳面なじいちゃんは男一人暮らしだけど、家はこざっぱりと整頓されているんだ。僕は洗濯や掃除も良く手伝ったんだ。

じいちゃんは軽トラという乗り物に乗っている。それでフットワーク軽くどこでも行っちゃう。曲がりくねった急な山道や舗装されてない凸凹道だってへっちゃら。スイスイ運転するんだ、上手いもんだよ。じいちゃんと軽トラで良く町のスーパーまで買い物にも行ったなあ。

初めてスーパーに行った時は見る物全てが珍しくて興奮した。生の肉や魚が売ってるのは本当に驚いた。これは動物の餌かと思ったよ。

僕の星では肉や魚なんて不潔な物は動物しか食べない。僕らが食べるのはゼリー状の加工食。小さなゼリーのパック一つで必要な栄養が全て賄えるんだ。

初めて刺身を食べた時は衝撃的だった。だって生の魚だよ、食べるのはとても勇気が要った。でもえいやと口に放り込んだら正に目から鱗だった。なんて美味しい食べ物なんだ、と感動したよ、今では僕の大好物の一つさ。

料理好きのじいちゃんが作る料理はどれも美味しいけど、畑で採れた野菜たっぷりの味噌汁とじいちゃんが育てたお米で炊いた炊き立てご飯。やっぱり僕はこれが一番好きだなあ。

じいちゃんにお世話になって三か月程経ったある日、僕はじいちゃんに告白する事にしたんだ。

その日の晩御飯はカレーライスだった。じいちゃんのカレーはこれまたおいしい。ゴロゴロのジャガイモとニンジンに豚肉、ちょっと甘口で美味いんだ。

じいちゃんがいつも鍋一杯カレーを作る。一晩寝かせたカレーはグッとコクが増して美味しくなる。残りが少なくなったら出汁で割ってカレーうどん、数日間毎日カレーだけど全然平気だよ。

カレー美味しいね、と僕が言うと、じいちゃんはうんうんと頷き、そうだろ、隠し味が沢山はいってるからな、と口一杯カレー頬張りながら言った。

そこで僕は意を決して告白したんだ、

「あのね、じいちゃん、僕は遠い星からやって来たんだ」

おう、そうかい、とじいちゃんは特に驚く事も無く答えた。

「僕はアンドロメダ星雲にある星から来たんだ、宇宙船が故障しちゃって、山の中に墜落した所をじいちゃんに助けられたんだよ」

「それは大変だったな、親御さんに連絡したのか、心配しとるじゃろ」

「それが、連絡出来ないんだ」

「お前がよく使う心の電話で連絡したら良かろう」

じいちゃんはテレパシーの事を心の電話と言う。

「テレパシーは使えないんだ、230万光年離れていて地球の時空と違うから。宇宙船の時空変換無線も壊れて使えないし」

「お前の飛行船は直せないのか?」

「多分無理だと思う。地球じゃ部品が手に入らない」

「うーん、ならば空港から飛行機に乗れば帰れるか」

「じいちゃん、飛行機じゃ無理なんだよ。僕は宇宙から来たんだ」

「宇宙かあ、じゃロケットはどうじゃ!種子島から飛んでるぞ、今度連れてってやる、ロケットの船長にお前が乗れる様頼んでやろう」

「じいちゃん、ありがとう、でも僕の星は遠すぎてロケットじゃ無理なんだ」

そうか、と言った切りじいちゃんは黙り込んでしまった。

しばらくの間黙ってニュースを見ていたじいちゃんは急に顔を向け、

「よし、それなら明日お前の故障した飛行船を見に行こう、ワシが直しちゃる」

と言った。

次の朝早くから、じいちゃんは軽トラの荷台に家にあるありとあらゆる道具を片っ端から積んでいた。

よし、飛行船を直しに行くぞ!とじいちゃんは僕を乗せ意気揚々と出発した。

これでもオレは工業高校の電気科だったんだ、ラジオだろうとテレビだろうと何でも直せる。この軽トラだって何度も自分で直した事があるんだ、じいちゃんは山道を軽快に飛ばし自慢げに話した。

おそらくこの辺りじゃ、とじいちゃんは軽トラを止めた。僕を見つけた場所を覚えていてくれたんだ。

森の中をじいちゃんと二人でしばらく捜索すると、僕の乗って来たUFOが見つかった。周りには雑草が生い茂り、上には落ち葉や枯れ木が積み重なっていた。

じいちゃんは、おおコレがお前の船か、と言いながら落ち葉や枯れ木を手で払った。UFO全体が姿を現すと、こんな小さい船で来たのか、とじいちゃんは目を丸くして驚いていた。

一人乗りの僕のUFOは操縦席が一つと休憩用の小さなベットが一つ有るだけのコンパクトな作りだ。

じいちゃんはコクピットをキョロキョロと見渡し、おいハンドルはどうした、と言う。ハンドルは無い、と答えると、スピードメーターは、と聞くので、スピードメーターも無い、と僕は言った。

うむむ、それでは運転出来んじゃろ、と首を傾げているじいちゃんに、全部自動運転だから何もしなくて大丈夫、と教えてあげた。

エンジンかけてみろ、とじいちゃんが言うので、エンジンは無い、と答えると、エンジンが無ければ動かんだろ、と言うので、反重力エネルギーだからエンジンはいらないと僕は答えた。

時空変換無線が使えるかどうか試してみたがやはり使えなかった。ダメだ無線が使えない、と僕が呟くと、よし!オレに任せろ、とじいちゃんは軽トラに戻り荷台をゴソゴソと何やら探している。

おーあったあった!とじいちゃんは古いバッテリーを脇に抱え嬉しそうに戻って来て、これはバッテリー切れに違い無い、と時空変換無線のあちこちにバッテリーに繋いだプラグを当て始めた。

じいちゃん、この宇宙船は電気は使わないよ、全て反重力エネルギーで動くんだ、と言うと、そうか、とじいちゃんは肩を落とした。

待ってろ必ず直してやるから、と言いながらじいちゃんはUFOにブルーシートを丁寧に掛け、上に落ち葉や木の枝を乗せてカモフラージュした。

それからもじいちゃんは僕に黙って古いラジオや車の部品を持って行ってはUFOを色々いじっていた様子だった。ダメだあコンデンサーかなあ、などと首を傾げながら帰って来る事がしばしばあった。

早寝のじいちゃんは晩御飯の後、芋焼酎のお湯割りをコーヒーカップで一杯飲むと、八時には、あと頼む、おやすみ、と言い布団に行ってしまう。

僕は夕飯の食器を洗い、明日の米を研いで炊飯器のタイマーをセットした。そして、じいちゃんが起きてる間は常にNHKのテレビのチャンネルを民放に変えた。

え、誰だこの可愛い子は、

アイドルグループが歌っていた。20人位の女の子がお揃いのフリフリのロングスカートをヒラヒラさせ歌っている。

僕はセンターで歌っている子に釘付けになった。何て可愛い子だ、何て言う名前なんだろう、僕はテレビに身体を乗り出しその子を凝視した。


テレビで見た可愛い子。その子は魚藍坂(ぎょらんざか)46と言うアイドルグループのメンバーで、真夏ちゃんと言う名前だと知った。

真夏ちゃんは人気投票で常にトップ争いをする人気者で、魚藍坂46のリーダーの的存在だった。

僕はじいちゃんが寝入ると、毎晩こっそり真夏ちゃんの出る番組を探してはテレビに齧り付いた。

真夏ちゃんは少し気が強そうだけど、明るくて可愛くて、性格も良さそうな子だ。いつも笑顔だが時折ふと寂しそうな表情を見せる。

憂いを含んだその表情を見る度に、真夏ちゃんを守ってあげたい、と僕は胸がキュンとなった。

ああ真夏ちゃんに会ってみたい、話しをしてみたい、真夏ちゃんへの想いは日々募って行った。

その夜夕食を食べ終えたじいちゃんはいつもの様にコーヒーカップの芋焼酎を啜っていた。いつもは一杯で終わるところ、今日に限って二杯目のおかわりをした。

じいちゃんは気分が良いのか、赤ら顔でたわいもない話をして来るが、僕は真夏ちゃんが出る番組が始まるので気もそぞろに返事をしていた。するとじいちゃんは、

「お主、東京に行ってみんか」

と突然切り出した。僕は驚き、

「何で東京に」

と聞き返すと、

「東京ならお主の船の部品が見つかるかもしれん。ほらお主がいつも言ってる何とかエネルギー、なんじゃっけな」

「反重力エネルギー」

「そうそう、東京ならその重箱エネルギーとやらを研究してる偉い学者さんもおるはずじゃ。色々やってみたが、あの船はワシの手には負えん、東京で船を直す手掛かりを探してみい」

じいちゃんはすくと立ち上がり、仏壇の下の小さな引き出しから白い封筒を取り出した。

「コレを持ってけ」

と僕に差し出した。

「明日の朝、駅まで送ってやるから、じゃ後は頼むな」

と言い、じいちゃんは寝床のある隣の部屋に行き襖を閉めた。

線香の匂いが染み付いた白い封筒を開けると、中にはクシャクシャになった古い一万円札が五枚入っていた。

テレビでは魚藍坂46が新曲を歌っていた。カメラが寄り真夏ちゃんの顔がアップになると、真夏ちゃんは顔をクシャリとさせて首を振る。

じいちゃん、ありがとう、僕は封筒を抱きしめて泣いた。涙で真夏ちゃんの顔が滲んで見えた。


苦手だった納豆も、最近は美味いと思える様になった。じいちゃんと卓袱台に向き合って食べる朝食も、しばらく出来ないと思うと、何だか寂しくなって涙が出て来る。

じいちゃんはマジソンスクエアガーデンと英語で書かれた、白いテカテカしたバッグを貸してくれた。僕はそれに有りったけの着替えを詰め込んで、軽トラの荷台に乗せた。

「じゃあ行くぞ」じいちゃんは軽トラのエンジンを掛けた。

じいちゃんは近くの小さな無人駅では無く、少し離れた町の駅まで送ってくれた。

「東京に着いたら連絡くれよ」と言ってじいちゃんは駅弁と温かいお茶を買ってくれた。

発車の音楽が鳴り一両編成のワンマン列車がゴトンと動き出した。車両には僕の他に数人の学生が乗っているだけだった。僕は窓をいっぱいに開け身を乗り出し、じいちゃんに向かって両手を大きく振った。

頼り甲斐あって男気溢れるじいちゃんがホームで一人ポツンと立っている。腰の曲がったその姿は何だか小さく見えた。僕はじいちゃんの姿が見えなくなる迄、ずっと手を振り続けた。

東京に着いた僕はネットカフェを転々としながら、UFOの反重力装置を直す為の部品を探して歩いた。

まずは秋葉原の電機街。小さい電機部品を取扱う店を、一軒一軒くまなく周って探したが、店に置いてある部品は僕の星では、とうの昔に使われなくなった化石の様な古めかしい物ばかりだった。

商品取扱数日本一とうたうスーパーホームセンターにも行った。東京ドーム数個分の面積を誇る店舗の巨大さに僕は圧倒された。

「あのお、反重力装置の」

と店員に聞くと「お客様こちらにどうぞ」と僕を案内する。これ程の品揃えだからと僕は大いに期待した。

大きな店舗内に果てしなく並んだ陳列棚を右に左に曲がり、五分程歩いて店員に連れて来られたのは重箱のコーナーだった。

「あのお、重箱では無くて重力」

僕が言おうとする間もなく、

「どうぞごゆっくりご覧下さい」

と店員は忙しなく立ち去って行った。

それでも何か使えそうな物があるかも知れないと、僕はスーパーホームセンターの端から端まで数日掛けて隈なく見て回ったが、これと言った物は見つからなかった。

マジックグッズを扱う店も訪ねて見た。空中浮遊ショーに使う道具があったが、ただの子供騙しに過ぎない代物だった。

僕は東京近郊のあらゆる大学の研究者に電話してみた。だが反重力装置の話を切り出した途端、誰もが「アホか」と電話を切る。

日本の最高学府ならば、とテレビに良く出ている東大の著名な宇宙工学博士にしつこくアポを取って、何とか会ってもらえる事になった。

僕は博士に地球に来た経緯を包み隠さず打ち明けた。教授は僕の告白を、腕組しながら黙って聞いていた。

僕の話を聞き終えた教授は、目を閉じ眉間に皺を寄せ、うーん、と言いながらしばらく考えていた。ようやく信じてくれる人に出会えたかも知らない、と僕は淡い期待を抱いた。

しかし、教授は「付属の大学病院の精神科を紹介しよう、大丈夫良い先生だから安心しなさい」と優しく僕に言った。

僕は最後の手段とばかりに、自称UFO研究家を名乗る評論家を訪ねた。その人のアパートの部屋は、昼間だと言うのに、真っ赤な遮光カーテンで閉ざされ、日光は一切入ら無い薄暗い部屋だった。長年換気されて無いのだろう、今まで嗅いだ事の無い廃えた不快な臭いに満ちていた。

その人は僕の顔を見るや否や、目をギョロリと剥き出し、大袈裟な身振り手振りであり得ない内容のデタラメなUFO論を一方的に捲し立てて来た。

完全に目がイッてしまっているこのおじさんにはあまり関わらないほうが良い、と直感した僕は、白い浮遊物が漂うお茶には手を付けず、ありがとうございました、と言い残し早々にアパートを退散した。

気持ち悪い空気に満ちた部屋から、逃げる様に飛び出た僕は、鼻腔の奥にこびり付いた不快な臭いを消す為、外に出て何度も深呼吸した。

僕は細長いビルがびっしりと聳え立つ東京の空から、僅かに見える箱庭の様な青空を見上げた。快晴の空に小さな雲が一つだけぷかぷかと流れている。それは大都会で一人彷徨う今の僕の姿と重なって見えた。

地球に来てじいちゃん以外の人に会う事がほとんど無い生活だった。でも東京は人だらけ、無数に行き交う人々の顔をついキョロキョロと追い、毎日夕方になると人酔いでヘトヘトになった。

大都会の空気は、車の排気ガスや雑踏とエアコンの室外機から巻き上げられる埃の臭いが混じり、息が詰まりそうだった。

蒼青とした木々に囲まれ、澄み切った美味しい空気を吸い、毎朝小鳥の囀りで目が覚める。家の側の清流には飲める程に綺麗な水が流れている。僕はじいちゃんの家を思い出した。

僕は東京で暮らして行く事は無理だ。もしこのままUFOの部品が見つからなくて、アンドロメダに帰る事が出来なかったら、四国のじいちゃんの家で二人で暮らそう。

「じいちゃん、もう四国に帰りたいよ」

僕は目を閉じ心の中で呟いた、

すると「もしもし」とじいちゃんの声がする。

どうやら僕はテレパシーでじいちゃんを呼び出してしまった様だった。

じいちゃんはテレパシーを電話の一種だと思っていて「心の電話」と呼ぶ。だからテレパシーで僕が話し掛けた時の第一声は「もしもし」だ。

「全然見つからない、もうダメだ」

僕は弱音を吐いた。するとじいちゃんは、

「オレは今までの人生で、土壇場に追い詰められてからの大逆転を何度も経験した事がある。諦めるな、諦めたらそこで終わりじゃ、もう少しだけがんばってみい」

と力強く励ましてくれた。

「わかった、あと少し、あともう少しだけ頑張って探してみる」

僕は優しいじいちゃんの声に少し元気を取り戻した。そして折れかけていた心をもう一度奮い立たせた。

東京に来て既に一か月以上が過ぎた。でもUFOの反重力装置に関する手掛かりは何一つ掴めていない。

さて何をしたら良いのだろうか、その日も僕は思案しながら雑踏の中を一人フラフラと当てもなく歩いていると、いつの間にか東京で一番大きな書店にたどり着いた。

ここなら何か手掛かりになる書籍があるかも知れない、僕はふと足を止めた。

煉瓦色の書店の外壁を見上げると、大きなポスターが貼ってある。魚藍坂(ぎょらんざか)46の真夏ちゃんがニッコリと微笑んだ巨大なポスターだった。

「真夏ちゃん」僕はポスターに向かって呟いた。ポスターには、「本日開催!ファースト写真集出版記念握手会」と書いてある。

握手会という事は、真夏ちゃんに会えるのか、僕は導かれる様に書店に入った。中は既にファンの長い行列が出来ている。

店員に聞くと、直筆サイン入りの三千円の写真集を買えば真夏ちゃんと握手出来る、との事だった。

真夏ちゃんに会える、こんなチャンスもう無いかも知れない、東京に来た記念に真夏ちゃんに会う事ができたら、それだけで一生の思い出になる。

僕は、じいちゃんに貰った白い封筒の中の残り僅かなお金から三千円を取り出した。そして真夏ちゃんの写真集を買い握手の列に並んだ。

握手を待つ列が少しずつ進んで行く。あの仕切り板の向こうに本物の真夏ちゃんがいる。あと五人、あと四人、鼓動が激しくなって来る。あと三人、二人、僕の心臓は破裂するのでは無いかと思うほど高鳴った。

次がいよいよ僕の番だ。仕切り板が目隠しになって真夏ちゃんの姿は見え無いが「いつも応援ありがとう」と言う真夏ちゃんの声が聞こえる。

「次の方どうぞ」と店員が僕を促した。とうとう僕の番だ!本物の真夏ちゃんに会える!

仕切り板を覗く様に過ぎると、長テーブルの向こう側に真夏ちゃんが立っていた。真夏ちゃんは僕に向かって笑顔で「こんにちは」と言い両手を差し出した。

「か、かわいい!」

間近で見る真夏ちゃんは、テレビで観るより全然小柄かった、小さな顔は僕の手の平程しか無い。僕は震える両手で真夏ちゃんのかわいい手を握ると、真夏ちゃんは「いつも応援ありがとう」と僕の手をギュっと握り返して来た。

テレビでしか見た事が無い憧れの真夏ちゃんが今目の前にいる。しかも僕の手を握ってくれている。真夏ちゃんの手の温もりが僕の手に伝わって来る。

すっかり舞い上がってしまった僕は、言おうと思っていた事を完全に忘れてしまった。

真夏ちゃんと話せる時間は一人十秒程度だ。列に並んでいる長い待ち時間の間、
真夏ちゃんと何を話そうかずっと考えていた。

十秒で収まる様に何度も口に出して練習した。後ろで並んでいる奴が何やらブツブツ言っている僕を怪訝そうに見ていたが、そんなのお構い無しだった。

それなのに、絶対忘れない様に、しっかり頭に叩き込んだのに、何もかも全て飛んでしまった。

「ま、ま、ま」

僕は言葉が出てこない。

ヤバい、このままでは真夏ちゃんとの貴重な十秒が何も話せ無いまま終わってしまう。じいちゃんにもらった貴重な三千円も無駄になってしまう。

考えれば考える程パニックになり、僕は尚更言葉が出ない。

真夏ちゃんは心配そうに「大丈夫?」と優しく言ってくれるが、もうダメだ。

僕は焦った。

「ま、ま、ま」

「では次の方どうぞ」

無情にも係の人が僕のタイムオーバーを告げた。

僕は真夏ちゃんに「ま」しか言えないまま、貴重な十秒が過ぎてしまった。

「ま、ま、真夏ちゃん!」

僕は最後の力を振り絞り、思い切り叫んだ。いや叫んだつもりだった。

でもそれは言葉にはなっていなかった。僕はテレパシーで真夏ちゃんに叫んでいたのだ。

すると「え!」と真夏ちゃんは声を上げ目を丸くしている。

「あ、あなた、何でテレパシーが使えるの?」

真夏ちゃんは何とテレパシーで僕に返事をして来たのだった。

「真夏ちゃんこそ何でテレパシーを」

僕はテレパシーなら冷静になれた。

「あなた地球人じゃないわね」

「そうだよ、僕はアンドロメダから来たんだ」

「アンドロメダって、まさか」

僕と真夏ちゃんはジッと見つめ合いテレパシーで会話していた。持ち時間の十秒はとうに過ぎていた。

「すみません、お客様、もうお時間ですので」

店員は僕の顔を覗き込んだ。

「おい!何やってんだよ、お前長すぎるぞ」

後ろに並んでいるファンの列から怒声が飛び始めた。

「おい、真夏、どうした?大丈夫か」

真夏ちゃんの隣のスーツ姿のマネージャーらしき男が、真夏ちゃんの目の前に手を翳し上下に動かした。

ハッと我に帰った真夏ちゃんは「あ、ハイ」と僕の手を慌てて離し「ありがとう」と言ってニコリ微笑んだ。

係の人は僕の背中を押し、無理矢理仕切板の向こう側に連れて行こうとする。僕は名残惜しくて首を後ろに向けてずっと真夏ちゃんを見ていた。

「あとで連絡するからね」

真夏ちゃんは横目で僕を見ながらテレパシーで言った。


つづく

→第2話











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