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忘れられない、とても大きな仕事

2009年だったと記憶しているけれど、西澤さんご夫妻は滋賀県の大きなホテルで盛大な結婚式を挙げられた。

この式にご招待いただいたのも光栄だったけれど、ぼくは同時に大役を仰せつかることになった。
余興をやれ、といった話ではない。
披露宴の料理と一緒に出すパンのご依頼で、それもこの日のためにメニューを考え、特別に料理長をされるのは三國さんだった。
ぼくは自分の店でパンを焼き、会場まで運ぶことになるので同じ厨房に立つわけではないけれど、こんな機会をいただいた西澤さんご夫妻にぼくは深く感謝をした。

大きな結婚式なので当然、焼くパンの数も多くなる。また西澤姐さんの結婚式となれば、食に携わる方々が参列されることも予想された。
そして三國さんの料理に添えるパンであり、西澤さんご夫妻にとっては結婚式という人生においての大イベントである。絶対に失敗は許されない緊張感に忙しさと、なんとも言いようのない気忙しさだった。
それでも間接的ではあれ、あの三國さんとの仕事に携われた嬉しさから喜々としてパンを焼き、西澤さんご夫妻のご期待に応えたいぼくは当然、少しでも良いものになるよう努めた。

パンは、ゲストお1人につき各3種類。「パン・オ・セーグル(ライ麦入りパン)」「パン・オ・ノワ・レザン(くるみとレーズン)」「パン・オ・レ(ミルクパン)」。いずれもカットして提供するのでなく、1人用にそれぞれ小型に成形したものになる。

パンを搬入後、現場で着替え参列する段取りになっていたぼくは、無事に焼き終えたパンと衣装を車に載せ、滋賀県のホテルへと向かう。
スタッフさんへパンを渡し披露宴の開始を待っていると、ホテルのスタッフさんがノートとペンを持ってぼくのところへやって来られた。

「三國シェフからご質問です。本日のパン3種類の名前と特徴を教えてください」

さすがだなと思うと同時に、三國さんの料理に自分のパンが並んだところを想像し、改めて嬉しくなった。

この日の料理は、世界中のフェアで披露されてきた三國さんのいわばスペシャリテを集めたようなコースだと聞く。自分の役目を終えたぼくは、あとは料理を堪能する幸せな時間のみである。

ゲストの入場時間になりテーブルに着くと、隣の席は旧知の仲である紅茶専門店ラ・メランジェの松宮さんだった。結婚式場特有のあの幸せな空気に包まれ、こちらまで幸せな気分になっていたぼくらは「楽しみですねー」なんて談笑して盛り上がった。
ところが他のゲストがテーブルに着かれた刹那、ぼくは本気で愕然として途端に背筋はこわばりかたまってしまう。

つづく


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