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読書記録2022 『小説家になって億を稼ごう』 松岡圭祐

 小説家という職業は稼げる職業なのか否か。
 出版不況と言われて久しく、大学生の1ヶ月間の読書量は長く右肩下がりが続いている中で「億を稼ごう」と言われてもにわかには信じがたいという人が大多数だと思う。
 僕が風変わりなのか、タイトルを見ただけで「まあやりようによっては1億ぐらいなら届くかもしれないよな」と、特に違和感もなく納得していた。

 まず重要なのが、本書が億越え作家になるための小説作法ではないということだ。大きく3つに分かれる内容の1つのブロックを使って小説の書き方について書かれてはいるが、これは世間に数多ある創作ハウツーの一つでしかない。
 なるほど!と新鮮に感じる創作ハウツーもあったけれど、これを読んだから書けるというものではない。
 そもそも本に書かれていることを全部なぞっていけば、面白い小説が完成するなんて考える方が大間違いで、Amazonのレビューを拾い読みしても、最近は本当に答えを知りたがる、書かれていることに追従すれば、書かれている通りに結果に至ると考える人が多いのだなあと呆気にとられる。自分は何も考えずとも面白い小説が書けて、億越えの人気作家になれるに違いないという盛大な勘違いをしたのだとしたら、この本はスーパーヘビー級の期待外れに終わるだろう。

 本書の肝は前段の「どうやって小説を作るか」よりも中段の「どうやってデビューするか」と、後段の「どうやって億越えの作家になるか」の方にある。
 どこまでも通底しているのは「小説家の最重要事項は面白い小説を作ることで、1億を超えるのは結果でしかない」というスタンスだ。
 言ってることが当たり前すぎて、読んでいる最中に「当たり前じゃん」と何度となく呟いてしまったのだが、考えてみれば相手企業との契約や交渉なんてことを誰もがやっているわけではない。双方が合意して契約書の締結に至るプロセスなど知らない人がほとんどかもしれない。
 幸運にも僕はそうしたことを業務として長いこと携わってきたので、契約交渉で相手がこういうことを言った時には、言葉の裏にどんな意味が含められているかというようなニュアンスを嗅ぎ取ることにはなれている。
 それをお互いわかっていながら見ないふりをするのが双方にいい場面と、きちんと詰めることが必要な場面も区別がつく。

 もちろんこちらの要望を契約に盛り込むためのコツみたいなことも体に染み込んでいるし、本書に書かれていることの多くは「改めて聞かされるようなことでもないけどなあ」と感じるものばかりだった。
 だが僕がそう感じるということは、実際の現場ではそういうことが間違いなく起きるのだとも言える。
 そういう意味でも本書は良心的で実践的な「デビュー後ハウツー」になっているのは間違いない。
 タイトル通り「億を稼ぐ」ことにフォーカスしていて、ブレがない分、読んでいても面白かった(「これが本当なら、オレ、億越えしちゃうじゃん」と思ったのは内緒)。

 面白い小説を書くための小説作法を別にすれば、小説家という職業について内的にも外的にも理解するには、本書を含め、森博嗣さんの『小説家という職業』と、村上春樹さんの『職業としての小説家』の3冊を読めば事足りるのではないかと感じている。

 肝心の小説家が「億を稼ぐ」職業であるかどうかについては、先に述べた通り、僕は割と肯定的だ。
 作家が手にするパーセンテージは決まってるわけだし、初版の冊数、販売単価を計算すれば、あとは1年にどれだけの小説を書けばいいか、それだけである。
 全員が全員「億越え」になれるわけではないが、一部の小説家が億越えの所得を得ることは十分に可能という答えに行き着く。
 本書で松岡さんも書かれているけれど、小説家にとっていちばん重要なのは「面白い小説を書くこと」というわけだ。



(計35冊中の32冊目)

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