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パリの伝説の本屋、いつだって良い本屋が必要なんだ | 日日雑録 / Aug.18

NHKで放送していた世界の書店を巡る番組を観た。
今となってはひたすら懐かしい、パリの「シェイクスピア&カンパニー」が番組の主体だった。

学生の頃、数ヶ月ほどパリにいたことがある。
留学などではなく、旅のついでに居着いてしまっただけのことだったが、当初の目的はシェイクスピア&カンパニーでヘミングウェイの「移動祝祭日」を買うことにあった。

シェイクスピア&カンパニーには「タンブル・ウィード」と呼ばれるシステムがある。書店の手伝いをする代わりに、宿泊は無料。食事も供される。
作家を目指す若者が世界中から集まってくると知り、あわよくば自分もその一人になろうかとパリに乗り込んだのだが、残念ながら空きがない上に、ゼロに等しい僕の語学力ではどうにもならない。
仕方なくヘミングウェイの「移動祝祭日」を買って、すごすごと引き返したのだった。
今となっては懐かしい思い出だ。

本好きだから書店好きなのか、本は本、本屋は本屋なのか、自分でもはっきりしないが、趣のある本屋が好きだ。
初めてロンドンに行った時にも、他の観光名所には目もくれず(アビイロードスタジオだけは予定にしっかり書き込んでいたけれど)、真っ先にかつてマークス&カンパニーがあったチャリング・クロス84番地に行った。
ニューヨークでも最大の目的は自由の女神でもなければ、エンパイアステートビルでもなく、ニューヨークの象徴的な古書店「ストランド」に行くことと、かつてブックス&カンパニーがあったところに行くのが目的だった。

日本では取次による配本システムが強固すぎて、独立系書店が個性を発揮する余地は小さい(というかほとんどない)。
どこへ行っても似たり寄ったりの、町のおじさんが不機嫌そうにやってる本屋ばかりで、今となってはそれすらも姿を消しつつある。
日本全体の知の凋落ぶりと相関関係があるのかどうかはわからないが、読書離れが進んだ原因の一つは、本屋そのものに魅力を感じさせることが出来なかったからなのではないか、僕はわずかにそう思っている。

かつて池袋には大型の書店がいくつもあって、本好きの僕にとっては恵まれた環境だった。
東口には西武のブックセンター(後のリブロ)と、パルコには三省堂、経済書などの専門書がメインの新栄堂が、西口には東武に旭屋書店、人文系に強い芳林堂書店があった。

リブロ内の演劇や音楽、芸術書の専門店「アールヴィヴァン」は、入るには敷居が高く、売られている本の値段も高い。
池袋育ちの間では芳林堂書店のブックカバーをかけた本を持っていると、それだけで醸し出す知的雰囲気が数ポイント高まるような圧力があって、「あいつ、やるな」と一目置かれるところがあった。

いい本屋とはどんな店なのか。
それは、ドアを開いて、一歩中に入るだけで、自分がこの場所にふさわしい人間なのだと錯覚させてくれるような本屋なのではないかと思う。
芳林堂もアールヴィヴァンも、やや一般書店とは違いがあるものの、やはり書店の域を出るものではなかった。

シェイクスピア&カンパニーのような、サロン的な雰囲気はどうしたら生まれるのか。それはおそらく本の品揃えだけではなく、店の雰囲気に至るまで、経営者の好みが正しく現れる必要があるんだろう。

京都の三月書房は、ずっと大好きな書店の一つだったが、残念ながら6月から週休7日になってしまった(廃業ではなく、全日定休。いまは新刊は扱わず、新本の通販のみ)。
店構えは昔ながらの町の本屋さんなのだが、並んでいる本の偏り方が自分にとても合っていて、京都に行ったら用がなくても必ず立ち寄る場所だった。

寺町二条の一保堂で薄茶を飲み、三月書房で本を買い、押小路通りの玉の湯でひと風呂浴びて、火照った体を冷やしながらサンボアまで歩いたら、バーボン・ソーダを二杯。
三月書房がなくなるということがどういうことなのか、お分りいただけるだろう。

蔦屋書店は代官山も中目黒も銀座も、どこも人気があるそうだが、どうにも表層的なところをマーブリングのように写し取ったような感じがして仕方がない。
表面的にはお洒落で、格好の良い書店になっているけれど、どこまでも経営上の作戦臭がキツすぎる。
方向性を決める人たちの中に、お洒落好きはいても、本好きはいないように思えてしまう。

5年ほど前、ギャラリーバーを作った時には、写真を愛する人たちのサロンのようになれば良いなと考えていたけれど、今となってみれば本好きが集うサロンのような店をやりたかったのかもしれない。
日本のシステムに抗いつつ、個人で書店を経営していくのは、相撲取りが片手で逆立ちして100メートルを走るくらい難しいことでもあるのだけれど、それでもシェイクスピア&カンパニーのような雰囲気には、何物にも変えがたいものがある。


(余禄)
ああいう佇まいの書店はきっと万引きも少ないはずだ。
そもそも店に入る敷居が高いから、自分がいかに浮きまくっているか、思い知ることになる。
他の客の「なんだ、こいつ?」という目線が全身を貫きまくれば、盗むどころではない。
書店から窃盗を減らすには、取次をさっさとやめて、独立系書店を増やした方が手っ取り早そうだ。そうなったら良いなあ。

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