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【クリエイティブとLIFE Vol.2】自由に描き続けるために“現状維持”を選ぶ。漫画家・大橋裕之の歩み方

【イントロダクション】
※100円に設定されていますが、全文無料で公開しています。
noteの使い道を諸々考えていたのですが、新たなシリーズをはじめます。個人的に興味のある人やサービスについて取材・紹介する【クリエイティブとLIFE】。ジャンルを問わず、じっくりと話を聞いてみたかった人に会って、その人(やサービス)と暮らしについて原稿をまとめていきたいと思います。2回目に登場していただいたのは、漫画家の大橋裕之さん。大橋さんは、7年に及ぶ制作を経てついに公開されるアニメーション映画『音楽』(2020年1月公開予定)の原作者であり、『シティライツ』や『太郎は水になりたかった』などの漫画連載で知られています。大橋さんとは「岡村ナイト」で出会い、そのときにいただいた自費出版本『週刊オオハシ』に大きな衝撃を受けました。以降、商業誌や広告などに活動の場を移されてからも、キャラクターの個性や物語の優れた発想力といった部分は不変であり無二の魅力として世間からも認知されています。昨今、SNSへの投稿から人気漫画家へと上り詰めていく方は多くいらっしゃいますが、大橋さんは自費出版を通じ、じっくりとファン層を広げていきました。そのスタンスから見る、長く漫画と向き合う秘訣とは。では、本編をどうぞ。

【INTERVIEW:大橋裕之(漫画家)】
ANAの広報誌やクリムト展のコンセプトブックにも起用され、1コママンガからストーリー漫画まで幅広く執筆中の漫画家・大橋裕之さん。特徴的な「目」を持つキャラクター、そしてオフビートな雰囲気と行間を楽しめる映画的な物語で多くのファンから支持されています。そんな大橋さんが漫画家として注目を浴びたのは、漫画誌への連載ではなく、完全にひとりで制作した自費出版本でした。自費出版本の発売から上京、そしてmixi(!)、上京して出会った友人たち……それぞれが繋いだ縁からメジャー誌での連載も行うようになった大橋さん。漫画家と編集者の関係も変化しつつある中で、彼が漫画家と生き抜くために選んだ道について伺いました。

(取材・構成=公森直樹/撮影=飯本貴子)

●Profile
大橋裕之/おおはしひろゆき 1980年生まれ、愛知県出身。2005年、自費出版で制作した漫画集が話題となり、『Quick Japan』(太田出版)で商業誌デビュー。代表作は『音楽と漫画』(太田出版)、『シティライツ』(全3巻/講談社、現在はカンゼンから完全版(上)(下)が発売中)。紙芝居や似顔絵などでイベントやフェスに多数参加しているほか、俳優や作詞家としても活躍中。「クリムト展」のコンセプトマガジン「KLIMT RELOADED」に、漫画「19世紀末ウィーン」が掲載されている。
大橋裕之告知用ブログ=http://blog.livedoor.jp/ohashihiroyuki/
Twitter=@osirioisosiru


賞に受からないなら自費で出版しよう
高円寺のあるショップでの「発見」

コウモリ  大橋さんは自費出版の形で自作漫画を発表してこられましたが、元々は商業誌志望だったんですよね?

大橋  そうですね。以前は漫画雑誌の賞に応募していて、一度は賞をもらったんです。その後は担当編集者がついてやり取りしていたんですけど、ダメ出しがきつくて。

コウモリ  編集者からのダメ出しってやっぱり厳しいんですね。

大橋  僕にとっては厳しかったですね。それでやり取りも辞めてしまったし、それから何年かは賞ももらえなくて。一方で誰かに読んでもらいたいって気持ちが徐々に強くなって、これは自分で作るしかないなと。

コウモリ  それは何年くらいの話ですか?

大橋  自費出版で本を作ったのは2005年です。25歳のときで。

コウモリ  不特定多数に読んでもらいたい、ということであれば、WEBへのアップなどもあったと思うのですが、自費出版として本にまとめるに至るきっかけはあったのでしょうか? 

大橋  本を作った年だったかな、当時住んでいた愛知から東京へ遊びに行ったとき、高円寺の「円盤」(※1)というショップを訪ねたんです。そこはインディーズのCDや本をたくさん取り扱っているところなんですけど、その中で、『月刊タルワキ』という、漫画も掲載されていたミニコミがあって、“あ、こういうのだったら作れるかな”と。元々、商業誌での連載を目指していたので、同人誌とかミニコミとか、その頃はまったく知らなかったんですが、このやり方でやってみようと。
※1円盤……音楽レーベル「OZディスク」も運営する田口史人主宰の店舗。ミニコミやCD-Rといった自主制作物を数多く扱っている。

コウモリ  「とらのあな」とかの同人専門店ではなく、インディペンデントショップで自費出版というやり方を“発見”したわけですね。

大橋  最初に作ったのが『謎漫画作品集』というタイトルの短編集で。印刷所も自分で探して、とりあえず50部だったか100部だったか刷ったと思います。それを円盤と、中野にある「タコシェ」(※2)の2店舗に置いてもらいました。
※タコシェ……中野ブロードウェイ内(3F)にある、ミニコミやCDなど、自主制作物を幅広く取り扱う店舗。

【書籍紹介】謎漫画作品集は徐々に火がつき、取扱店舗も増加。自費出版ながら異例の4刷を達成した。冒頭の「山」から才気が炸裂している。

コウモリ  最初は2店舗だけだったんですね。それからすぐにリアクションはあったんですか?

大橋  それが思ったよりあったんです。本のあとがきに“感想をください”みたいな文言をメールアドレスと共に載せていたんですけど、当時全盛期だったmixiのメッセージボックスに、何件かリアクションがきたんですよ。

コウモリ  mixiの全盛期! 気軽に連絡できる場所としては最適だったんでしょうね。

大橋  そうですね。当時はまったくの無名だし、1冊も売れないことを覚悟していたので嬉しかったです。

コウモリ  東京に上京したのは、自費出版の本に手応えを感じたからですか?

大橋  それもありますが、仕事を辞めたかったのが大きいかもしれないです。競艇場の設備管理みたいな仕事をしていて、3年くらい働いていたんですけど、なかなか辛かったので。地元は愛知県の蒲郡(がまごおり)というところで、友人もいますし、別に地元が嫌いということでもないのですが、当時は鬱屈としていて、その状況から逃げ出したい気持ちがすごく強かったんです。

コウモリ  逃げ出す手段として、漫画家になるのが一番現実的な選択肢だったと。

大橋  辞めるにしても、“漫画家になるために上京します”くらい思い切った内容じゃないと、ちょっと辞められない雰囲気もあって。それで、2006年の春に上京しました。

→漫画家としての生活は、午後から夜に描けて自宅で作業をすることが多い。忙しくなれば一日中描いている。


面白い話を考えついたときが頂点
ラフで余白のある絵が生み出す大橋漫画の特性


コウモリ  上京と前後して、中編の『音楽』、ひとりで複数のペンネームを使い分け、週刊連載形式で発刊していた『週刊オオハシ』なども、同じく自費出版で発売されています。これからは自費出版でやっていこう、みたいな気持ちもあったんですか?

大橋  もちろんそんなことはなくて(笑)。上京したタイミングで結果が出る漫画賞に2つ応募していて、それは内容にも自信があったんです。「これで賞をもらって上京して、週刊連載決定だ」、くらいまでの未来予想図を描いていたのですが、何も引っかからず(笑)。

コウモリ  現実は厳しかったと。それで仕方なく自費出版を続けていた?

大橋   並行して持ち込みもやろうとしていたんです、最初は。でもあんまり勇気がなくて、実際に持ち込んだのは青林工藝舎だけですね。そこからしばらくはまた、自費出版を続けていこうと。

コウモリ  自費出版で一般の人からリアクションを得られるようになって、自信はつきましたか?

大橋  どうですかね……いまだにそうですけど、「これで大丈夫かな」という気持ちはありますね。もちろん、面白いと思って描いていたし、これでいけると考えていましたけど、当時は明らかに今よりも雑だったので。

コウモリ  確かに、はじめて『謎漫画作品集』や『週刊オオハシ』で大橋さんの絵を見たとき、ラフな描き方で、文字の書き間違いもスミでさっと消したくらいだったのが印象的でした。それは、残した方が良いというジャッジがあったわけですよね。

大橋  いや、ほぼ面倒くさいというのが大きいです(笑)。というか、作画が本当に面倒くさい。なのでなるべく時間をかけたくないのですが、なんだかんだ時間はかかるし、締切までできる限りのことはやっている感じですね。

→淡々と、作画が面倒くさいと語る大橋さん。頭に浮かんだ話を、どのようにコマに落としていくのかはいつも苦労するところだという。

【書籍紹介】『週刊オオハシ』第6号の表紙。複数の作家が週刊連載をしている体裁を取っているが、もちろん作者は大橋さんひとり。「太郎は水になりたかった」など、大橋キャラの原点がここに。

コウモリ  「作画が面倒くさい」。なるほど、漫画家からはあまり聞かない発言ですよね(笑)。

大橋  考えてネームにするとき、もしくはそれを思いついたときが頂点なんです。そこからコマ割りしてこのページにはめなきゃいけないとか、作画していくのはもうずっと頂上から下ってる感じです。

コウモリ  下っていく作業はしんどそうです。それでも描き切れるお話は、逆に言えば自信があるお話ということでしょうか。例えば、アニメ映像化が進んでいる『音楽』はいかがですか?

大橋   『音楽』は、はじめて出版した『謎漫画作品集』を知り合いに読んでもらったとき、「つまらない」とか「意味がわからない」とか言う感想をもらったんです。だったら、もうちょっとわかりやすい話にしようということで、「楽器ができないヤンキーがバンドをはじめる」みたいなシンプルなストーリーにして。それでも結局「意味がわからない」と言われたんですけど(笑)、それからは、あんまり人の意見は気にしなくなりましたね。

コウモリ  なるほど。『音楽』もそうですけど、映画的な部分が大橋漫画の特徴ではあると思います。実際に、山下敦弘監督や松江哲明監督など、映画関係者にも支持者が多いじゃないですか。映画からの影響は大きかったりしますか?

大橋    基本的には詳しくないし、あまり観る方でもないと思うんですけど、映画の一シーンにすごく印象に残るシーンがあった場合は、そこだけを抜き出して漫画に描きたいと思うことはありますね。

コウモリ  それはメモしたりして?

大橋    内容というより、シーンのイメージをメモすることもありますね。もちろんそのままだとパクリになっちゃうので、漫画として描くときは見せ方を変えながら。

コウモリ  映画関係者以外にも、前野健太さんや岡村靖幸さん、坂本慎太郎さんなど、ミュージシャンにもファンが多いじゃないですか。大橋さん自身も音楽好きとして知られますが、どのような理由があると分析されていますか?

大橋    それはよく言われるので、何度か考えたことはありました。でも、結局はわからないです(笑)。……ちょっと余白が多い分、いろんな風に感じ取ってもらいやすいのかなと思うんですけど。説明がしづらいような内容だったり、シーンだったりを描くところがあるので。ミュージシャンの人には、「どんだけアホな目に遭っても、登場人物がかっこいい」とか、「それぞれが真剣に、必死で生きている感じがする」と言われたことがありました。

コウモリ  なるほど。余白の多い物語の中に、キャラクターがしっかりと生き方が滲み出ていることが大きいかもしれないと。ちなみに大橋さんとしてはキャラクターと物語、どちらに比重を置いているのでしょうか。

大橋    内容によって変わるときも、作画していく段階で変わるときもありますけど……やっぱりシーンが多いかな。頭に浮かんだシーンを描いていくことが一番ですかね。

【書籍紹介】『音楽』は、マンガ詠みや音楽ファンの間で大きな注目を浴びた作品。楽器のできないヤンキー3人が、異色の編成でバンドを組む。音をはじめて出したときの快楽からドライブしていく展開は、瑞々しい青春物語として帰結する。自費出版時代は中編の『音楽』だけで発売され、のちに複数の短編を追加収録した『音楽と漫画』(太田出版)という形で商業出版された。


ついに商業漫画の世界へ――
そこで感じた苦しさと編集者の意義

コウモリ  商業誌での初連載は、2007年8月、ユースカルチャー誌『Quick Japan』に掲載された『世界最古の電子楽器 静子』です。3号連続の短期集中連載でしたが、実際に連載を経験してみていかがでしたか?

大橋   とにかく『静子』は大変でした。『QJ』は昔から読んでいた雑誌でしたし、プレッシャーが強すぎて、もう悩みすぎて全然描けなかったです。今でもあの連載が一番、漫画家になってしんどかったような気がしますね。

コウモリ  自費出版と商業の違いみたいなものはありましたか?

大橋   大きな違いがあるとしたら、締切が設定されているかどうかで。内容的には、わりと自由にやらせてもらいましたけどね。もちろん細かい直しや指摘はあるんですけど、すでに自費出版で僕の作風を知ってもらってから依頼していただいているんで、スムーズに行くことが多かった気がします。

コウモリ  なるほど。作風を知ってもらえている、というのは大きいかもしれませんね。その後は単行本の描き下ろしで『ザ・サッカー』(2014年/カンゼン)がありましたが、あれはどのように進められたんですか?

大橋    あれは編集者からの提案で。僕はサッカーをまったく見ないので(笑)。なので、有名選手の存在だけ教えてもらって、想像も含めて描いていく感じでした。

コウモリ   Twitterやpixivからデビューする人も増えましたが、商業誌に描くことになって、編集者と仕事をすることになったと思います。編集者との共同作業に意味を見出すことはできましたか?

大橋   ものすごく頑張る人でなおかつセンスがある人だったら、編集者もつけずにひとりでできる人もいると思います。僕自身、話を編集者と詰めながら綿密に作っていくタイプではないですし、WEBも含めてフットワーク軽くやれる媒体もいろいろありますから。それでも、僕は編集の人にいてもらった方が心強いですね。自分ですべてを把握して作品をプロデュースできる人って、一握りだと思うんです。普通はいろんなミスをおかしますからね(笑)。コマの流れが唐突すぎて他人から見たら「?」だったりすることも一度や二度じゃないです。

コウモリ ひとりだと気づかない部分を指摘してもらえる役割としての編集者。

大橋   僕は必要だと思いました。細かい誤字脱字とか、気づかないですから。あと、自分のブランディングというかパッケージングというか、打ち出し方に自信がないので、僕にとってはそれをサポートしてくれる編集者は必要ですね。

→クオリティを含め、作品をコントロールする難しさは、自費出版時代に感じたことのひとつ。編集者とのやり取りは、自身の作品を俯瞰して見るのに重要と語る。


無理は絶対にしない
SNSとの向き合い方

コウモリ  mixiを通じて評判を獲得したこともあった大橋さんですけど、TwitterをはじめとするSNSは告知に使っている程度ですね。

大橋    自費出版をやっておきながらアレなんですけど、ネットやSNSをうまく活用できないんですよ。なんか“リツイートされなかったら悲しいな”とか、“こいつ、宣伝ばかりで商売っ気出してきやがって”と思われるのがどうしても気になる。そんな自意識のせいで(笑)。

コウモリ なるほど(笑)。

大橋   気にせずやれるならやりたいんですけどね……。ダイレクトにリアクションが来ますから。

コウモリ   Twitterで4コマ漫画を描いたりもしないですもんね。

大橋    やらないです。自費出版をやっていた頃とか、ブログをもっと頻繁にやっていたときはアップしていたんですけどね。……だって、今からはじめたら、“今さらなんだ、こいつは?”と思われるじゃないですか(笑)。

コウモリ そういう意味では、アナログな自費出版で名声を得た最後の世代かもしれないですよね。

大橋    ああー、でも、同世代や上の世代の人でも、SNSをしっかりと使っている人はいますよね。実際にやるべきだと思いますよ、客観的に観れば。でも、他人の評価を考えすぎてしまって、良い評判があってもリツイートできない。“良い評判ばっかりリツイートしてるやつ”だと思われるのも嫌なんで(笑)。

コウモリ  そこで無理をして、傷つくのも癪ですからね。

大橋    そういえば、mixi時代は良いこともあったんですよ。

コウモリ  どんなことですか?

大橋    チャットモンチーに描いた漫画(シングル「風吹けば恋」の特典)は、バンドのA&Rをされている方からいきなり連絡が来たんですよ。mixiで。

コウモリ  それはびっくりしますよね。

大橋    というか、失礼な話ですけど、“絶対嘘ついてるな、この人”と思いました(笑)。むしろ怖かったくらいで。mixiのメッセージにソニーから連絡がくるのは怖いですよ(笑)。でもやり取りしていたらどうも本当っぽいなと。だから、決してSNSが嫌いなわけでもないのですが、怖くはあります。

【書籍紹介】2013年に出版された、『遠浅の部屋』(カンゼン)は、大橋さんが漫画家になるまでを描いた自伝的漫画。漫画家への道を何度も挫折しながら、それでも描き続けた大橋さんの日々が、ユーモアとともに柔らかに描かれる。

 
連載と単発の仕事は半々
漫画家としての収入のバランス

コウモリ  大橋さんはWEBや雑誌での連載に加えて、単発のポスターイラストや漫画、さらにイベントでの似顔絵出店などもされています。収入的なバランスとしては、連載と単発系、どっちが多いのでしょうか?

大橋    月によっても変わりますが、平均すると半々くらいじゃないですかね。でも、単発の仕事がないと、食えてはいけない感じですね。

コウモリ  連載やレギュラー部分だけだと厳しいと。

大橋    そうですね。雑誌だと『CDジャーナル』(音楽出版社)だったり、WEBだと『トーチ』(リイド社)だったりもあるし、もっと頑張れば収入も上がるかなと思うんです。でも、もともと働くのは苦手なので(笑)。

【連載紹介】MEETIAでの連載、『あの曲、ぼくが作ったことになればいいのに』。2015年からスタートした『テープレコーダー』に続く連載作品。友人・知人のミュージシャンに「自分がこういう曲を作れたら嬉しい」というものを教えてもらい、漫画化する企画。


コウモリ  (笑)。バイトをしなくて良くなったのは上京して何年目でした?

大橋   30歳くらいだったと思うので、上京4年目くらいですかね。講談社の『モーニング・ツー』で『シティライツ』の連載がはじまってからようやく。つまり、商業誌で連載できたのが大きかったです。一応、バイト先に籍だけは置いているので、復帰しようと思えば今でも復帰できるかもしれない。まぁ、なるべくやりたくないですけど(笑)。

コウモリ 近年の仕事で言えば、ポスターやイラストでの起用が多くなっていますよね。Twitterでも話題となった「愛知県人権週間啓発ポスター」(2016年)だったり。

大橋    そうですね。あれはポスターのデザインを担当していたデザイナーが元々知り合いだったんです。デザイナーが広告代理店の人と話し合って、僕がそのデザイナーから指示を受ける形で描き進めていきました。

コウモリ  差別問題や人権問題に踏み込んだセンシティブな内容だったと思いますが、大変な部分は多かったのではないでしょうか?

大橋    大枠はそんなに変わらなかったですけど、直しが細かかったのを覚えていますね。教室の机が3個あるのを、2個にしてとか(笑)。ただ、このポスターで僕のことを知ってくれた方も多いみたいですね。

コウモリ  近年では、ANAの広報誌や、クリムト展のコンセプトブック、さらにはTHE YELLOW MONKEYのツアードキュメント漫画など、メジャーな仕事も増えていますよね。

大橋    レポ漫画が集中したのは、たまたまだと思いますけどね。

コウモリ
 そういう大きな仕事をやる上で、ここだけは守りたい、貫きたい部分、というのはありますか?

大橋    描く上では、なるべくスベりたくない(笑)。できる限り、自分のやりたいことを盛り込みたいので、この題材だったら、どこまでやって大丈夫なのかとか、どんな感じでやらせてもらえるかは確認します。あと、THE YELLOW MONKEYや岡村靖幸さんの漫画の場合だったら、ファンの人に喜んでもらえるものは意識しますね。その人の特徴的な動きや話し方を盛り込めば反応してもらえるかな、というところです。

→どのような依頼にも真摯に対応するが、その中で自分らしさややりたいことを提示し、「スベらない」ようにできるかは常に考えている。


漫画を描き続けるために
人に会い、縁を大切にする


コウモリ  漫画家としての活動と並行して、俳優としても出演される機会が増えていますよね。映画『あなたを待っています』では主演を、ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』では、キスシーンも披露されたり。

大橋    主演した映画『あなたを待っています』も、最初は断っていたんですよ。でも、原作のいましろたかしさんから「やらないか」と直接言っていただいて。演技なんてやったことないし、何言われるかわからないんで怖いんですけど、頼まれたら頑張ろうという気持ちになるんです。なんで俺に頼んでくれたんだろうという気持ちのどこかに、嬉しさもあるというか。

コウモリ  お願いされると応えたくなるという。

大橋    そうですね。実際にこうして漫画家としてやれているのは、運が良かったというのもあるのですが、いろんな人が縁を繋いでくれた部分があるので。mixiをはじめネットのすごさも感じていますけど、仕事の広がりを作ってくれたのは、実際に会った人たちの熱意だったりするので。

コウモリ  あまり人と会って話をすること自体も苦手じゃないタイプですか?

大橋     そんなガンガン喋るタイプじゃないんですけど、上京直後は、誰かに飲みに誘われるととりあえず行ってましたね。漫画家志望であることすら話せず、ずっと人の話を聞いていることも多かったですけど。もちろん、飲みの場が苦手な人もいると思うので、それを勧めるわけでもないですし、そういうのがなくても成功している人はたくさんいますからね。僕にとっては良いことが多かったですね、振り返ってみると。

コウモリ  自分の場をそうやって作っていったと。

大橋    自分がしんどくなることは嫌なんです。仕事でも、大変すぎると思ったら断ることも大事じゃないですか。どこまで自分でやれるかの線引きは、そうした人との出会いの中で作っていったような気がします。

コウモリ   大橋さんの漫画が原作となったアニメーション映画『音楽』についても話を伺おうかと思いますが、アニメ制作はもう何年目ですか?

大橋   制作を開始してから7年目ですね。岩井澤健治監督がメインで作画から何からやっていて。集中的にスタッフを集めては解散して、の繰り返しでなんとか進めている感じですね。それこそ、最初は1、2年で完成すると思っていたみたいですけど。

コウモリ 全然そんなことはなかった。

大橋   なかったですね(笑)。フェスのシーンもわざわざこの映画用に開催したりしましたから。そこからようやく完成が見えてきて、早ければ秋には映画祭に出品できるかも、という状態まできたみたいです。僕はその状況を見ているだけですけど、映画は大変だなと思いますね。

→制作が進むアニメーション映画『音楽』。監督を務めるのは岩井澤健治。彼が作画から着彩まで、すべての作業をコントロールしている。4月には、高円寺のギャラリーで制作を公開していた。写真は制作公開時の様子。


コウモリ 上京して14年目になるわけですが、ここまでやってこれた理由はありますか?

大橋   いろいろあると思うんですけど……さっきも言ったように人に恵まれた部分は大きいと思います。26歳であてもなく上京した話をすると、“勇気がある”とか、“よく頑張ったね”と言われることがあるんですけど、そんな一旗揚げようという気はなかったんです。むしろ鈍感というか、何も考えなかったのが功を奏したかもしれない。逆に、26歳にもなって上京したからには、すごすごと諦めて帰るもアレなんで。上京する前の、鬱屈した状態から逃げたい、あの頃に戻りたくない。そんなパワーが、今まで続いている感じはします。

コウモリ 辛い生活を変えていくひとつの方法として上京があり、漫画家としての生活があると。

大橋   だから、あまり目標とか夢みたいなものはないんです。現状維持というか、新しいこともやりながらですけど、絵を描いて食べていける状態を続けていきたい。半年先、1年先はいつも不安なので、それをどれだけ続けられるか心配なところはありますけど。

コウモリ モチベーションが続く限りは、漫画家として。

大橋   そうですね。僕自体は、何か特別な才能を持っているとか思わないですから。だって、Twitterとかの日常のつぶやきや、ネタ投稿を見ても、みんな面白いじゃないですか。そんな人たちに比べたら、特別なものはないですけど、描こうと思えるうちは描いていきたいですね。

→「インタビューって毎回、ちゃんと喋れているかどうか心配なんですよ」と語る大橋さん。が、その安易に言語化しない誠実な話しぶりは、その作品とも共通する世界がありました。
【アニメ映画『音楽』、2020年1月、ついに公開!】
2013年から制作がスタートした岩井澤健治監督、大橋裕之原作のアニメーション映画作品『音楽』が、7年の歳月を経て2020年1月より公開が決定。実写映像をベースに作画していくロトスコープを用いており、総作画枚数はなんと4万枚(しかもすべて手描きで構成)。映画のために開催した「大橋裕之ロックフェス in 深谷」の模様もアニメ化されたようだ。アフレコに参加した声優陣には豪華なメンツが集っているという噂も。

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【執筆者Profile】
公森直樹(コウモリ) 編集者、ライター。
アニメ系、カルチャー系を中心に執筆中。
お仕事も随時募集中。noteへの投げ銭・サポート歓迎です!
ちなみにこのProfileイラストも大橋先生画! 
batbeats.k@gmail.com

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