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本の海に潜った日〜吉祥寺『百年』〜

本屋さんには、深く深く潜っていける【海】のようなお店と、奥へ奥へと迷い込んでいける【森】のようなお店がある。

吉祥寺にある古本・新刊書店『百年』は、圧倒的に深くあおい海だ。

先日、ママ業をお休みさせてもらって(息子と夫が1日過ごしてくれていた)、久方ぶりに吉祥寺に足を運んだ。

今回、吉祥寺に行ったら絶対に行きたい店があった。
それは、古本・新刊書を扱う書店『百年』だ。

妊娠する前には読書会に参加するのが趣味で、読書会の情報を得たり読了記録をつけるために、読書用のアカウントを持っている。
(残念ながら現在、そのアカウントはほとんど更新されていないのだけれど)

『百年』さんのアカウントはもう随分前からフォローしていたが、妊娠出産子育てと、足を運べない状況が続いていた。

ところが、Spotifyで気に入って聴いている『ホントのコイズミさん』というポッドキャスト番組で、ついに『百年』さんが登場したのだ。

『ホントのコイズミさん』は小泉今日子さんがいろいろな“本に関わる人”を訪ね、対談を重ねていくという内容。
わたしの崇拝する唯一無二の作家・江國香織さんと御対談されていたこともある。
小泉さんの自由で、それでいて真摯なものの考え方が大好きで、時間の許す限り拝聴している。

『百年』さんの登場回を聴いて「これはぜひとも、行かなければ…!」と思った私は、その日会う約束をしていた友人に頼み込み、駅近くのビル2階まで足を運んだのだった。

***

わたしたちが到着した頃にはすでに結構な数の先客がいて、耳に心地いい音楽がやわらかに『百年』の世界を満たしていた。

小さな店内だが閉塞感はなく、それでいてちょうどいい具合の薄暗さ。
「これは、“海”だ!」と直感し、友人を置いてすたこらと店内奥へ奥へと潜り込んだのだった。

(ちなみに友人は、店内入ってすぐの美術書に見とれていた)



深い深い本の海に潜り込み、わたしは2冊のお宝と出会った。

1冊目は、森下典子さん『日日是好日』。

帯にもある通り以前映画化しており、樹木希林さんの遺作ということで視聴したことがある。

普段、赤子の世話をしていると、本当によく手を使う。
だがそれはとても慌ただしく、美しい“所作”というものとは程遠い気がする。

この作品に描かれている、“手を使う”ことの尊さ、そして“決まりごと”の多いお茶の道を究めた時に見える“自由”…。
たいへんにすばらしい映画だったので、ぜひ原作も読んでみたいと思っていたのだ。

そしてもう1冊は、三浦しをん『あやつられ文学鑑賞』。

上方古典芸能を代表する人形浄瑠璃(文楽、というのは大阪など上方地方独特の呼び方。以下、文楽とする)。
わたしは高校生のときから文楽が大好きだ。

舞台の上には、3人の人形遣いが操る大きな人形。
そこに義太夫と呼ばれる、ナレーションとセリフを一挙にやってのける“語り”と、効果音から心理描写まであらゆるBGMを網羅する“三味線”が加わり、他の芸能には類を見ないほど独特な世界観が出来上がるのである。

人形劇、と馬鹿にしてはいけない。
物語が進んでいくとどんどん感情移入していき、しまいには無表情なはずの人形に魂が宿っているように思えてしまうのだ。

…と、かなり筆を走らせてしまったが、三浦しをんさんは義太夫を目指す若者を主人公にした『仏果を得ず』という作品を出版されている。
(とても面白いのでぜひ読んでいただきたい)

本作は三浦しをんさんが文楽に恋する様子が描かれているという。

普段、生活していてなかなか「文楽鑑賞が好きで…」という方にお目通りする機会はない。いや、皆無とも言っていいくらいだ。
そんな身からすれば、三浦しをんさんという直木賞作家の書いた【文楽愛】を読めるなんて、これほどラッキーなことはないのである。

『あやつられ文楽鑑賞』の存在を知らなかったわたしにとって『百年』での出会いは本当に幸運だった…。



***

気づけば30分~40分ほど漂っていただろうか、会計を済ませて友人を呼びに行くと、彼女は「1日中ここに居られるわ」と言っていた。全く同感である。

さすがに1日中潜り続けていたらお店の方にご迷惑だろうが、『百年』の本の海は、いつまでも潜り続け、そのうち自分の身体感覚もなくなるくらいに溶けこみたい、と思えるくらいの美しい深海だった。

なかなか足を運べないが、また吉祥に行くことがあれば再訪したいと思っている。


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最後までお読みいただき、ありがとうございました!









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