アニメ PSYCHO-PASS サイコパス を見て ~槙島の狡嚙への壮絶な片思い~

本稿では、アニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」のネタバレを含みます。

職場の後輩に勧められてPSYCHO-PASSの1期を見た。その中でも、槙島聖護と狡嚙慎也の関係が面白かったので、書き留めたい。

この作品の世界では、「シビュラシステム」というコンピュータシステムが日本国内のあらゆる国民の心理状態を数値で管理している。そして、主人公たちが所属する「公安局」は、犯罪に関する数値である「犯罪係数」が一定値を超えた国民を裁くという役割を担っている。しかし、本作の悪役、「槙島聖護」は、一般的な者であれば犯罪係数が上昇するような局面においても犯罪係数が上昇しない、特殊な「免罪体質者」であった。

免罪体質は槙島にふたつの影響を与えたと考える。
ひとつは、彼が免罪体質者ゆえ、様々な本を読み、思想を身につけることができたという点である。少しでも思想書や文学を読む人なら分かると思うが、こういった本の中には、読後かなり精神的にやられるようなものも少なくない。本作的にいえば、サイコパスが曇るのである(笑)。このため、おそらく、この世界の一般人はあまり思想書を読まない(読めない)。

槙島の思想は、現代の我々からすると至極当然のところに至る。「僕はね、人は自らの意思に基づいて行動したときみ、価値を持つと思っている。」 槙島からすると、シビュラシステムの「神託」のもと、自分の頭で判断することをしなくなった人間は哀れで、滑稽で、軽蔑すべき、無価値な人間なのである。ニーチェの言う「末人」のようなものである。

もうひとつ、自身が社会の根幹をなすシステムに認識されないという不協和・寂しさは、彼を「構ってちゃん」にした。すべての人を監視するシステムが支配している社会において、何をしても咎められないというのは人格否定に等しい。悪いことをしても親から叱られない子供がグレるのと同様、槙島もグレてしまったのである。

「哲学的な思想」と「親から叱られなかった」という2つの要素が結びついたとき、彼は単なる猟奇殺人(教唆)犯を超え、革命テロリストへと進化する。社会が自らの人格を否定する以上、社会が槙島を殺すか、槙島が社会を殺すか、どちらかしかありえない。槙島は「プレイヤー」である。おとなしく殺されるような男ではない。槙島は自分の存在と思想をかけてシビュラシステムに戦いを挑む。

ところで、哲学の思想書を好き好んで読む人はおそらく少数派で、社会一般の人からすれば少し変わった存在だと思う。読んだ本の順番などで自身の考え方の変遷も変わってくるし、同じ順番で読んだとしても、その人の問題意識によって受け止めるものは異なる。「それぞれの人が独自に穴を掘っているが、深く、曲がりくねっており、人によって形がそれぞれ異なっている」、というような状況だろうか。

おそらく、ほとんどの他人は、その人の掘っている穴の構造について、微塵も興味がない。ところが、中には、他人に自分の穴の構造に興味を持ってもらいたいという面倒くさいやつがいる(私です)。読者諸君はどうだろうか。誰も興味ないのはわかっていても、自分がどんなものを読んで、どんな経験をして、どうしてそういう考えに至ったのか、他人に理解してほしいと思う欲求を持つ人は、案外多いのではないか。

槙島にもそういう欲求がある。いやむしろ、槙島の生い立ちだからこそ、「自分を理解してほしい」という欲求は誰よりも強い。そんな彼の前に現れたのが、本作の主人公の一人、公安局執行官の「狡嚙慎也」である。

狡嚙は、元監視官の執行官である。刑事の仕事は内容的にサイコパスが曇らざるを得ないため、この世界の公安局は、捜査の最前線は犯罪係数が一定値を超えてしまったものの、高い能力を持つ者を「執行官」として任命し、犯罪係数が正常値の監視官が彼らを「飼う」という形で職務を遂行している。狡嚙は、捜査においては鋭い刑事の勘で事件を解決に導く男である。ここが重要だが、狡嚙の得意な捜査法は犯人の思考をトレースし、犯人になりきって仮説を立て、実証していくというものである(なんとも犯罪係数が高まりそうな手法である)。

「犯人の思考をトレースするスタイルで犯罪捜査に当たる刑事」と、「誰よりも自分のことを理解してほしいテロリスト」が出会った。槙島は、自分のことを本気で理解しようとするやつが現れたので、うれしくてうれしくて仕方がないのである。シビュラが裁けなくとも、自らの意思で自分を糾弾し、テロを邪魔しに来る。狡嚙の執拗な追及は、彼からすればもはや愛である。

しかし、残念なことに、狡嚙はこれを「お仕事として」やっているのである。水商売の女が男に愛をささやくのと同じである。もちろん槙島も、狡嚙がお仕事で自分に興味を持ってくれているのは分かっているはずである。しかし、槙島にとって狡嚙との時間は本当に心から楽しいものであった。

最後、槙島は狡嚙に追い詰められ、こう話す。
槙島「なぁ どうなんだ?狡噛。君はこの後 僕の代わりを見つけられるのか?」
狡嚙「いいや…もう二度とごめんだね」
これはもはや、槙島の、狡嚙への愛の告白に他ならない。槙島は、「風俗嬢ガチ恋勢」のようなものだ。そして、壮絶にフラれ、彼の片思いと人生は終了する。

PSYCHO-PASSは、「孤独な哲学者テロリストが、お仕事として自分に興味を持ってくれている刑事にガチ恋をし、そしてフラれる」という壮絶な愛の物語である。私は、槙島を愛さずにはいられない。

(以上)

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