落月心中

夜の海はまるで吸い込まれそうで

海岸沿いを二人で歩いていました

怖がりな貴女が

私の服の裾をグッと握ります

そうはいっても私などは慣れたもので

サンダルで波打ち際まで遊歩するのです

ただ暗い海と深い夜ばかりが辺りに広がっていて

月が見えないので闇がより濃度を増していました

ふと貴女の握緊める力が緩んだので振り向きましたが

あまりにも暗く

よく顔が見えないのです

振り向いた瞬間に身体を寄せてきましたので

一層心細いのだと承知し

私の決意が鈍りかけましたが

貴女の手を取り二言三言

言葉を交わして

私たちは海へと足取りを確かにしました

ゆっくりと足元から

ヒヤリとした感触が上がってきますと

貴女はもう迷っていないようで

隣に寄り添ってくれています

貴女の顔を覗いてみます

今度は丁度月が出て

少しばかり明るくなりましたので

その美しい顔が朧気ながら見えました

月と水面に乱反射して蠱惑的な瞳が爛々と輝き

もう海に吸い込まれているのか

その瞳に吸い込まれているのか

海と貴女

両方に深く沈んでいったのです

目が覚めると

月も海も遠く

貴女は帰りませんでした

私に残ったものは

ただ厳しく照りつける太陽と

左手に残った

貴女の手の感触だけに思われました

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