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ここは屋根裏部屋のような独特な空間が広がっている

〇月〇日

 お正月に読むから、というわけでもないが、年末に古本屋に足を運ぶことが多い。
 荻窪にある古書ワルツ。この店は広い。当然、様々なジャンルを網羅しているが、私にとっては詩集の書棚がとても魅力的。何冊でも欲しい詩集が見つかる。
 部厚い本と薄い本をいっぱいに買って、その重みにひいひい言いながら、妻くんと邪宗門(珈琲専門店)に入った。一階でオーダーを聞いて、二階で待つ。
 ここは屋根裏部屋のような独特な空間が広がっている。
 「邪宗門」という店名は、北原白秋の詩集の題名からの引用だと思うが、壁に白秋の年賀状が飾られていた。
 壁には、ミステリ作家で、奇術師の泡坂妻夫さんの記事の切抜きが。この店で、かつて奇術師の集まりがあったそうだ。店の入口に「日本創作奇術協会石田天海賞委員会I.G.P邪宗門クラブ」の表札がある。
 初代邪宗門の店主も、奇術師で、石田天海の弟子のようだ。
 コーヒーを静かに飲みながら、買ってきた本のページを開く。
 妻くんは家から持ってきた、殊能将之「ハサミ男」を読んでいた。

 購入した詩集の中の一篇。
 会田綱雄さんの詩集「遺言」から「お秋さん」
 この詩集は、全編、上詰めではなく、下詰めで書かれている(意味がわかるだろうか?)

 お秋さん

                   会田綱雄


     幽霊に呑ませてくれるという神妙なバーが新宿にある
              お秋さんがやっている小さな店だ
                          ただし
                 呑ませてくれるといっても
               幽霊にアルコールは禁物らしい
              炭酸を一本コップにあけてもらい
                   ちびちびと舐めていて
        お秋さんとは目をあわせないようにしているが
         なんとなく困ったときの幽霊の目のやりばは
                    きまっているらしい
        うすよごれた壁にかけてあるピカソのデッサン
                        無論複製だ
                男が女のなかにはいっている
                     というべきなのか
                あるいは女が男をいれている
                     というべきなのか
                         男も女も
                  あっけらかんとしたまま
              すがすがしい天使の目をしている
                          しかし
                  肉体の線を辿っていけば
                  明確に野獣は生きていて
               ピカソは描いていないけれども
                   おかしくはないだろう
                いつも幽霊が考えているのは
                  そんなことかもしれない
               お秋さんは<ワレ関セズエン>
          じぶんの指をぴいんと伸ばして眺めている
                          白魚の
                   といってやりりたいが
                いささかはヒビも切れている
                          働いて
                          働いて
              とにかく生きてきた指なのだから
                   お秋さんにしてみれば
       いまでも十本そろっているだけでもうれしいのだ
                  ところで幽霊は勘がいい
        たとえばアイダツナオのごときボクネンジンが
                  ドアをおしあけるまえに
                     それこそ音もなく
                    すうっと消えさって
        カウンターには炭酸のコップだけが残っている
                   「幽さん来ていた?」
                         「ウン」
ボクネンジンは手を伸ばしてお秋さんの十本の指を握ってみるが
 それが氷のように冷たいので放したくても放せなくなっている
   「あなたに握ってもらっているのに血の気がさしてこない
                       「なぜだ?」
                       「わたしもネ
                 幽霊になってきたらしいの
                           さあ
                        手をお放し
               お眼鏡をかけたニンジンさん」

 * 最後の写真は、今回購入した古書です。




 

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