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腹鳴恐怖症だった私と吃音症の娘NO.147 皆さんの周りにいる吃音症の方を笑わないでほしい。

昨日は、娘の小学生最後の授業参観だった。
吃音さえなければ、娘はもっと、活き活きとしているだろう。

さえなければとはあまり言いたくないのだけど、吃音がなければ、ものすごく心は軽いのだと思う。

他の子と比べてはいけないということは重々分かった上で比べさせてもらうと、明らかに何かが違うのだなと、自分の過去も含め、とても、深いものがあるのだということがわかるようになった自分がいる。

これは、恐らく、ふじわら先生のカウンセリングを定期的に受け、自分のことも受け容れている今、昔の自分にはわからなかったことがわかるようになってしまったということだと思う。

自分が、生きづらさを抱えていたということも理解しないまま、40年もの月日を、心のどこかで悩んできたのだから、娘の気持ちも痛いようにわかる。
普通というラインはないのだけど、あえて普通と使わせてもらうと、自分は普通になろうという報われない努力をして、トータル40年間苦しんだのだろうなと今なら思える。

もちろん、そのおかげで、普通になれた部分は沢山あると思っている。

『腹鳴恐怖症』のことを、これさえなければと、私も随分長い年月思ってきた。

娘は、低学年の頃は、吃音がありながらも、授業参観での学習発表会の時には、頑張って発言もしていた。

そんな娘は今、思春期真っ只中。
家では、オンラインゲームや、YouTubeを、本人が納得する時間までさせていた、これを、約1年間続けた結果、私にも、女同士の相談でさえしてくれなかったが、今では、何でも?とまではいかないのかもしれないが、ほとんどのことを自分から話してくれるようになり、母娘の信頼関係はできているつもりだ。

色々口うるさく、上二人の息子の時は育ててしまったのだろうけど、娘はまた違う。

あれだけ、中学に対して、良いことばかりを夢見ていた娘だけど、だんだんと、不安の部分も出てきたようだ。

私も、最近の娘を見ていて、沢山考えさせられている。

少し前までは、授業参観で、発言がない娘を、やっぱりどこかで、発言してほしいと思っていた母親だったかもしれない。
でも、昨日は違った。
学校に行けてるだけでも、それだけで良いと思えた。
ちゃんと役割である、クイズの時の持つ係はやっていたし、みんなでの『旅立ちの日に』の合唱も、まだ、未完成だけど、卒業式までにもう少し上手になると思いますと言いながら、最後に、担任の先生が、授業参観に、組み込んでくださり、ちゃんと歌っていた。

歌うことは、吃音にはとても良いらしく、全くもって、娘は吃らないし、むしろ上手い。

縄跳びの技の披露や、クイズであったり、太鼓だったりをグループごとに披露していた子供たちを見て、笑いながら、感心しながら見ていたのだけど、最後の最後で、卒業するんだなーって、胸にジーンとくるものがあり、ウルウルとした、とても良い最後の参観日だった。

私は今年、副理事ということもあるが、と言うより、担任の先生と、その後、少し長めに、娘のことで個人的に話をしてきた。

娘のことでは、毎回のように、個人的に話をしている。
考えてみると、1年生から6年生まで、それぞれの担任の先生に色々な配慮や相談もしてきたなとつくづく思い、感謝の気持ちと共に、色々な思いがある。

『腹鳴恐怖症』にしろ、『吃音症』にしろ、抱えている人が、力がないわけではないのだ、本当は、できる力も持っている、しかしながら、『腹鳴恐怖症』や、『吃音症』の症状があるが故に、力を発揮できる場が狭まっていく。
気持ちが小さくなっていく。
本当はできるのに、できないと思ってしまう。

その上、人に馬鹿にされたり、笑われたりすると、本当に、どん底まで落ち込むのだ。

今年は、とても珍しいことだと思うのだけど、卒業式の日に、1年から6年までの担任だった先生が、3年の時の先生以外は、みんな残っている。とても心強いし、ありがたい。
そして、嬉しい。

昨日の『旅立ちの日に』のピアノを1年の時の担任の先生が担当してくださっていた。

その流れで、家に帰り、今後のことを娘と2人でソファーに座って話していたのだけど、1年生の初めの時に、数人から笑われて、素直に、『笑われた』と、先生に言いに行ったらしく、その時、大丈夫だよと、背中をさすってくれて、みんなに、〇〇ちゃんは、話す時に、こうなんだよ、ってことを話そうかと言ってくれたと言う話を聞きました。
そのお陰様なのか、割と理解のあるクラスのみんなだと言っていた。

私は最初に保護者の前で、うちの娘は吃音があって、思うように言葉が出ないことがあるから温かい目で見てあげて下さい的な話をしたと、1年前くらいに、その、1年生の時の担任の先生から聞いて、そうでしたかね、と、私も記憶が曖昧なところがあった。

やはり、『吃音を笑われた』ということが、過去への囚われとなっている。

私はまだ、娘が低学年の頃、吃音の事をよく理解してなくて、人前で喋られるのが恥ずかしいと思っていた、私の方が恥ずかしい親だったと深く反省して学んだ。

私はもう、後には引けない。

自分の『腹鳴恐怖症』、娘の『吃音症』、このことについて、真正面から認め、受け容れ今後の行動もよく考えて、一番、娘にとって良い方法を悔いのないように、配慮という面でも、病院や、学校の先生方とも良く良く、話をして決めたいと思っている。

私は、Twitterもしています!
と、胸を張って言えるほど、やってないのだけど、『腹鳴恐怖症』も、『吃音症』も、たくさんの方が悩んでおられます。

そして、『吃音症』の方は特に多く、笑われたと、とても落ち込んでおられます。

私は笑ってほしくないし、とても胸が痛いです。

まずは吃音症の症状を知ってもらうことからですが、

『みなさんの周りにいる吃音症の方を笑わないでほしい』

私は強く思っています。

このことで、生きづらさを抱えている人が本当に気持ちが楽になることは、とても簡単なことではないと思います。

少しでも自分にできること、やっていこうと考えています。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました^ ^




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