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【雨に濡れるメープルの落ち葉のような人】

しっとりと雨に濡れた鮮やかなメープルの落ち葉を踏みしめながら、霧がかった景色に目をやった。

こんなに雨が似合う街が存在するなんて知らなかった。

         ∇∇∇

[バンクーバー・ノンフィクション──中学時代の海外研修より]

雨は嫌いだ。

大人になっても嫌いだ。

なんなら傘が嫌いだ。

荷物になるのが嫌いだ。

濡れるし暗いし寒いし、雨は嫌いだ。

でも、バンクーバーの雨と、ニューヨークの雨は特別だった。
あと、ホーチミンのスコールも。

雨が似合う人がいるのと同じで、雨が似合う街があると初めて知ったのが、14の時だった。

バンクーバーの雨は、メープルの落ち葉と、色濃い木々とセットで美しい。
薄くかかる霧とセットで美しい。

まるで、眠れぬ夜の片想いに注ぐ雨音のように。

それはセットで美しいのだ。

         ∇∇∇

この日は、観光名所を巡る日で、長い長い吊り橋を渡ったのを覚えている。

鬱蒼と茂る木々の緑に飲み込まれていきそうな吊り橋の上で、揺られながらコインを1枚落とした。

『願いを込めるのよ、叶うかもしれないから!』と張り切る添乗員をよそに、
『もー、ちょっと揺らさないでよー!』と怒鳴る友人をよそに、
私は静寂の中で、渓谷に1枚コインを落とした。

         ∇∇∇

願いが叶う吊り橋。
メープルの落ち葉に雨。

どうやら、選ばれし2つの性質は、くっついて溶け合ってひとつになって広がるらしい。

どうやら世の中には、納得するしかない組み合わせというものが、存在するらしい。

例えば、

例えば、小春日和と梅の花とか、

例えば、夏の日の夕暮れとか、

例えば、あの子とミント色の服とか、

例えば、お母さんと味噌おにぎりとか、

例えば、私と誰かとか…。

そんなことを考えているうちに、コインは真っ直ぐ谷の底へと吸い込まれてしまった。

『はい、じゃあバスにもどりますよー!』と急かされて、あぁもっとちゃんと願った方が良かったのかな、と思いながら私は吊り橋を後にした。

歩きながら、また足元の濡れたメープルの落ち葉に目が止まる。

いつか、こんな相手が私にも現れるだろうか。

私はきっと雨の方だろうから、
落ち葉みたいな人が現れてくれるんだろうか。
鮮やかな、メープルの落ち葉のような人。

バスはゆっくりと走り出す。



ぇえ…! 最後まで読んでくれたんですか! あれまぁ! ありがとうございます!