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1991年生まれの僕と同い年のアルバムの話⑤Girlfriend/Matthew Sweet

以前この記事で書いたことがあったけれど、大学生の時にコンサートスタッフのアルバイトをしていた。


授業の無い日は都内近郊のコンサート会場に派遣されて朝から晩まで働いた。大抵は会場内に大量の柵を並べたり、同じ場所に(警備という名目で)何時間も立ち尽くしたりしているうちに1日が終わった。
元々音楽が好きなのでお気に入りのアーティストの現場に入れたときは嬉しかったが、必ずしも開演中に場内に居られるとは限らないし、運よく場内の配置に着けたとしても演奏しているステージには背を向けて客席を見ていなければならないので、逆にフラストレーションが溜まったりした(ある人はステージを見て身体を揺らしてノっているのがバレて即日クビになった)。
もっとも、気楽なアルバイトでお金を貰えているだけでありがたいことではあったので、「僕は自分の時間を時給900円で売っているのだ」と思うことにした。向上心を持たなかったのがかえって良かったのだろうか。飽きやすい僕にしては珍しく、そのバイトは大学4年間続けることになった。



大学2年生の秋、僕の生活といえば散々なものだった。高校生活の大半を受験勉強に費やしてようやく入ったはずの大学で、授業はほとんど昼寝のための時間と化していた。
学内で組んだバンドはライブハウスにチケットノルマを搾り取られてあっけなく解散し、所属している軽音サークルで洋楽のコピーバンドをやるのが関の山だった。

このままではいけないと焦っていた頃、学部のゼミの募集が始まった。僕は唯一興味のあるゼミになんとかして入ろうと思い、自分から教授にアポを取って研究室を訪ねたり、そのゼミに所属していた先輩に口利きしてもらって授業の見学をしたりした。珍しく真面目に頑張ってみたのである。

ところが、だ。
せっかくゼミの試験に向けてアドバンテージを稼いでいたのに、なんと僕はWEBの履修登録の日付を勘違いしていた。あろうことかゼミの試験に申し込むことができなかったのだ。

まさに痛恨のミスである。


大学事務室に頭を下げ、なんとか応募させてもらえないか懇願した。(苦し紛れに、WEBサイトの不具合だったんじゃないですかね?と言ってみた。)
すると若い男性の大学職員が気だるそうに「一応上司に確認するので待っていてください。」と言って奥へ行き、すぐに戻ってきた。

「例外を認めることはできない、とのことです。」

そこをなんとかお願いします、どうしても入りたかったゼミなんです。と必死に粘ってみた。
男性職員はまた上司の席に行き、伝令を預かって足早に戻ってきた。そして上司に言われた言葉をそのまま繰り返すように、棒読み口調で僕に言った。

「就活が始まったら色んな申し込みがあると思いますけど、頭を下げても許されないことがたくさんありますよ?」


この件で、僕の学生としてのやる気はほとんど消え失せてしまった。
僕の学部ではゼミに3、4年生の2年間所属することになっていた。2年間毎週ゼミの授業を受け、フィールドワークなどをやって、ゼミ合宿なんかもあって、最後は集大成として卒業論文を書く。これぞ大学生、という日々が待っているはずだった。
しかし、2年生の秋の一つのミスで、僕はゼミという大学生の学業の本分に取り組む機会を逸してしまった。

ゼミへの所属は必須ではなく、他の授業で単位を賄えば卒業することはできる。とはいえ、あの退屈な授業を3年生以降もてんこ盛りに履修し、卒論を書くことすらなく学生生活が終わっていくのだと思うと、強烈な悲壮感が襲ってきた。




そんな頃にも、僕は小遣い稼ぎにコンサートスタッフのアルバイトを続けていた。
その日は矢沢永吉のコンサートだった。入場時に配るチラシを折り込んで、巨大なホールの場内に柵を並べた。
お客さんが入場すると僕はステージに背を向けて最前列にしゃがみ込んで柵を押さえた。一応、お客さんに押されて柵が倒れてこないように支えているのが演奏中の僕の仕事だ。

ライブが始まった。僕は片膝立ちで柵を押さえたまま目の前をぼーっと見つめていた。
客席のあちこちから発せられる永ちゃ〜ん!というコール、『止まらないHa〜Ha』で天高く舞い上がる無数のタオル。
ステージで何が起きているのかは見えないが、お客さんの楽しそうな姿だけが目に映る。


柵を押さえるだけの僕の頭の中で、先日の痛い思い出が蘇ってきた。僕は入りたいゼミに申し込みそびれたろくでなしだ。
暇な時間には、得てしてネガティブなことを考えてしまう。
もしホールの天井から僕が自分自身を見下ろすことが出来たら、丸まった自分の背中を見て、涙が溢れてきてしまっただろう。


ライブの終盤に差しかかった頃だった。演奏がひと段落して、矢沢永吉はMCで自分が上京したときの思い出を語り始めた。

「18歳で広島を出てさ、ギター抱えて夜行列車に乗って東京に向かったんだよ。お金なんてほとんど持っていなかったけど。」

僕はその言葉を背中で聞いていた。

「何も持ってなくて、東京にツテがあるわけでもないし、これから先どうなるか何もわからなかった。だけど、不思議と不安は無かったんだよね。」

「若い頃ってさ、自分を物語の主人公に置き換えて考えられるじゃない?俺が主人公の物語はここから始まるんだ、今日がその1ページ目なんだって、ワクワクが止まらなかったよ。」

そのMCの後に、またバンドの演奏が始まった。曲名はわからないが、それはスローテンポの優しいバラードだった。


さっきまで自己嫌悪と後悔が巡っていた頭の中が急に晴れていった。
僕も一応は物語の主人公なのだ。物語のスタートは情けない失敗から始まったほうが面白いかもしれない。



その日のアルバイトを終えて最寄駅へ向かう。
僕のこの退屈な生活は、映画のオープニングシーンなのだと思ってみた。
僕の後ろを追いかけるカメラと、スクリーンに流れるスタッフロールを想像する。夜道を背筋を伸ばして歩いた。
それからイヤホンを着けて、iPodで曲を流した。地下鉄の吊り革につかまって指先でリズムを取りながら目を閉じた。その日の帰り道は楽しかった。





僕は日常のいろんな場面で、特に大変な時ほど「これは僕が主人公の映画のワンシーンなんだ」と考えるようになった。それは現実逃避に近い行為なのかもしれないが、あの日、矢沢永吉は辛い現実を乗り越えるための大切なマインドを教えてくれたと思う。(もっとも、僕はほとんど盗み聞きしていたようなものだけど。)

日常が映画の中の物語だとすれば、当然そこには挿入歌が必要だ。


Girlfriend/Matthew Sweet


自分の人生のサウンドトラックを選ぶとしたら、僕は自分が生まれた1991年発売のこのアルバムを選ぶ。
これはアメリカのシンガーソングライター、マシュー・スウィートのアルバムだ。ジャケットのイカした女性は1950年代に撮影された女優、チューズデイ・ウェルドである。

1曲目『Divine Intervention』のフィードバックノイズに合わせてカチンコが鳴り、カメラが回り始める。楽しい。この曲を聴くと、軽快なギターに合わせて散歩したくなる。

表題曲『Girlfriend』『Does She Talk?』など王道のロックギターに乗せてキャッチーなメロディを歌う曲も多いが、一方でスチールギターの音色とコーラスワークスが泣かせるバラード『Winona』、フォーキーなアコースティックギターのリフが印象的な『Thought I Knew You』など音楽性の幅が広く、いわゆるパワーポップのアルバムとは一線を画している。楽しさと侘しさが共存した豊かなサウンドは発売から30年以上が経った今でも古さを感じさせない。



中でも僕がこのアルバムで一番好きな曲『Evangelin』はまさに日常生活の挿入歌で、特に毎日の通勤には欠かせない曲だ。この曲を通勤電車の中で流すと「今日もかったるいけど適当にやりましょうか〜」という気楽な気持ちになれるのだ。この曲のおかげで憂鬱な月曜日を何度乗り切ったことだろう。

ところで、この曲の歌詞はアメリカの『Evangelin』というコミックに登場するジョニー・シックスというキャラクターの視点で書かれたものらしい。
実はこのマシュー・スウィートという人は筋金入りのコミックやアニメのオタクで、特に日本のアニメが大好きだという。


たとえば『I've Been Waiting』のMVにはアニメ『うる星やつら』のシーンが使われており、マシュー・スウィート本人の腕にもラムちゃんのタトゥーが彫られていることで日本のファンにも話題となった。



さらに『Girlfriend』のMVにはアニメ『コブラ』の映像が使われている。

ここ数年「日本のアニメ×チルい音楽」をマッシュアップした動画をやたら海外のSNSで見かけるようになったが、この人のMVはその先がけになっているのかもしれない。


それと『Winona』の元ネタを調べたら当時『シザー・ハンズ』に出演して女優として絶頂期を迎えていたウィノナ・ライダーへの一方的な愛を歌った曲だという。この辺もなんというか、さすがだなあと思う。

パワーポップの名盤とよばれる本作だけど、曲の歌詞に注目すると人生の楽しい部分よりもむしろ人生の悲哀に焦点を当て、それを自嘲して受け入れるようなマシューのオタク道の深さを感じる。これが本作に親近感の湧く理由かもしれない。



さて、僕はまだ30代。僕の物語はようやく序章を過ぎたあたりだろうか。
まだまだ先は長い。息切れしないように、まったりとサウンドトラックを流して歩いていこうと思う。

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