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【SF小説】 母なる秘密 1-3

【あらすじ】
高校三年生の林英治は、幼い頃に父が他界し、母の美絵子と二人で暮らしていた。ある日、母の言動に立て続けに異変を感じた英治は、何者かが母になりすましているのではないか、と疑念を抱く。その正体を追った先で、英治は驚愕の真実に辿り着く。

 リビングに入ると、すでに美絵子が帰宅していた。不意を突かれ、英治は肩をびくつかせる。

 美絵子が不思議そうな顔でこちらを見た。

「どうしたの?」

「……帰ってると思わなかったから。ずいぶん早いんだね」

 英治は何とか平静を装った。

「今日は仕事が早く終わったのよ」

 美絵子は嬉しそうに言った後、スマホをテーブルに伏せ、ソファから立ち上がった。

 誰かに連絡していたのだろうか、と英治は勘ぐる。過敏になっていることを自覚しながらも、緊張を拭いきれずにいた。

 昨夜、美絵子の行動に疑問を持った英治が、再び一階に下りると、彼女が心配した様子で話しかけてきた。彼女はあくまで母として振る舞うだけで、それが余計に英治の不安を煽った。

 だからといって、本当に母なのか、などと訊けるはずもなかった。

 結局、英治はいつも通り振る舞うことに決め、今に至る。

「今日さ、三宅から聞いたんだけど」

 英治はスクールバッグを肩から下ろし、話を切り出した。美絵子はシンクで如雨露に水を注いでいる。

「昨日、母さんと会ったって」

「……そうそう。帰宅中にたまたまね。いつもお世話になってますって、言っといたわよ」

 美絵子が気に留めぬ様子で、窓際の観葉植物に水をやり始めた。

 だが、話を振られたとき、美絵子が一瞬たじろいだのを英治は見逃さなかった。はやる気持ちを抑え、いつものように洗面所へ向かう。

 彼女の背後を通りながら、英治はさらに揺さぶりをかけた。

「駅の方向って帰り道じゃないでしょ。珍しいね」

「昨日は電車で帰ったのよ。ほら、駅前のビルの新しい本屋。この前、英治が行ったって話してたでしょ。私も気になって行ってみたのよ」

「駅から歩いて帰ったの?」

「たまには散歩がてらいいかな、なんてね。結局は堪えかねて、学校前からバスに乗ったんだけど」

「そうなんだ」

 英治は、自分が感じている異変は思い過ごしではない、と確信した。

 先週、駅前の商業ビルにオープンしたばかりの本屋に行ったのは事実だった。だが、靴を買いに街へ出たのであって、本屋はついでに寄っただけだ。わざわざ美絵子に報告することはなかった。

 英治は洗面所に入り、蛇口のハンドルを捻った。漏れ出てしまいそうな心臓の音を、水の音で誤魔化す。妄想ではないという確信が持てた安心感と、非現実的な考えが現実味を帯びた恐怖で、彼の心は混沌とした。

 キッチンを振り返ると、戸の隙間から美絵子の後ろ姿が見えた。

 あれ、、は一体、何者なのだろうか。


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