あの人が似合うといった色を、いつまでも忘れられないでいる。|エッセー
大学生のころだった。あの人は私にミドリ色が似合うといった。それはとても意外で、私の人生には関わりのない服の色でもあり、ほとんど選ぶことのない色だった。それよりもポップで明るいきもちになる赤やオレンジ、ピンクや水色が好きだった。でもどうしてか、ミドリ色が似合うといわれてからは、ミドリ色はいつも頭の片隅にあった。「自分の知らない顔」をする自分に、出会えたような気がしたのを覚えている。そして好きな色はミドリ色って言うと、おしゃれだねと言われた。とてもおしゃれな人にいわれたものだから、ますますミドリ色が好きになった。部屋にある姿見のフレームは、シルバーからミドリ色に塗られた(ホームセンターで買ったペンキによる)。プレゼントにもらったモスグリーンのコートは私にとても似合っていた。会社で社員写真を撮るとき、トップスは深緑色を選んだ。インスタのアイコンは背景がミドリのイラストだ。
ミドリって、中立っぽい気がする。赤でも青でも黄色でもなく混ぜた色。なんとかレンジャーのミドリはいつも地味、だけど役立し。マティス夫人の鼻筋は緑で、それはちょっとグロテスクな印象。こう考えると他の色よりも使われ方がすこし幅広い気もする。
正直なところ、気持ちとは裏腹に私とミドリは相容れない気もしている。だけどそれが肝なのかも。「ミドリ」を身につけると確かに自信がわきあがり、新しい世界と出会える気がして、それは本当にほんとうで、だから大好きでもある、のである。そんな中でもポップなカラーが好きだった私の一部は消えることなく、赤色が好きという気持ちに集約された。つまりいまは赤とミドリが好きということ。真っ赤な情熱を感じる赤と、赤と正反対の色であり私にとっての新しさを表すミドリ色。それが示すのは愛と未知であり、永遠にあの人を忘れられないということか。(それ以上にクリスマスカラーでもある。)
エッセー:あの人が似合うといった色を、いつまでも忘れられないでいる。
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