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部活動顧問の断り方①~「教職調整額」で顧問強要を論理づけることはできない《2020.9.5加筆修正》

①「教職調整額」が付いているから、部活動顧問を断ることはできない? な~んて真っ赤なウソ!

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◯以前、私は同僚の教員に、「部活動の顧問は断れないらしいよ」と言われたことがあります。

◯その理由を問うと、「教員には教職調整額っていう残業手当が基本給に上乗せされているから、勤務時間外の部活動顧問も断れないって聞いたよ」とのこと。

◯なるほど、そういう理屈で顧問を強要されて断れない教員もいるかもしれませんね。

◯しかし、この教職調整額という手当は、勤務時間外に及ぶ部活動の顧問業務を強要する根拠には確実になりません

「教職調整額をもらっているのだから、放課後の部活動指導もしなければいけない」などと管理職に言われたときに反論するための理論武装をしておきましょう。情報弱者でいることは搾取される側に回ることを意味します。

②「教職調整額」って何?

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◯教員としてのキャリアが短い間は、意外と「教職調整額」の存在を知らなかったりします。
*毎月の「給与明細」にきちんと記載されているのでご確認ください。

職調整額」というのは、今から50年も前(半世紀前!)の1971(昭和46)年に制定された「給特法」に定められた、教員に一律で支払われる「教員が《自発的な勤務超過を行うことを想定して支払われる手当」のことです。

◯正式には「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」といいます。

◯一般企業でいうところの「見込み残業手当」とは異質のものですのでご注意ください。残業というのは、あくまで会社や上司からの命令によってしか成り立たないので、「残業手当」と呼んではいけません。

◯以下のサイトにとてもわかりやすく解説されていますので、教員以外の方でも興味のある方はぜひご覧ください。

給特法は「残業がない」という状態を前提とした法律ですから、万が一、時間外労働をおこなっても、残業ではなく単なる自主的な労働として処理していたのです。

◯この「給特法」は悪法として大変評判が悪く、これまでも細かい改正が繰り返されてきたそうですが、抜本的な改正はなされてきませんでした。

◯特に問題視されてきたのが、「教職調整額」です。

教員の仕事は労働時間を計算しづらい部分があり、たとえば学校外にいるときや土日祝日、夜間などの労働時間外であっても、生徒にトラブルなどが起こったときは対応せざるを得なくなることがあります。
そのため、残業時間をカウントするのではなく、時間外労働がいくらかあったということを想定して、基本給の4%に相当する「教職調整額」として支給することで対応していました。

◯教員の仕事というのは、やろうと思えばどこまででもできる仕事です。

◯教材研究・準備に当てる時間、教室表示、通信作成、部活動指導にかける時間、学校行事の計画立案、こだわってやろうと思えばいくらでも時間をかけることができ、ゴールがないのです。

◯だから残業代といってもどこまで認めていいものか線引きが難しい。

◯そこで、残業代を支給しない(=残業命令を行わない)代わりに基本給の4%に相当する金額を一律に支給することで対応しようということになったわけです。

◯文部科学省の以下の資料に「教職調整額」の趣旨が述べられています。

実際の教育の実施に当たっては、専門的な職業としての教師一人一人の自発性、創造性が大いに期待されるところ。すなわち、教育に関する専門的な知識や技術を有する教師については、すべての業務にわたって専ら管理職からの命令に従って勤務するのではなく、むしろ勤務命令が抑制的な中で、日々変化する子供に向き合っている教師自身の自発性、創造性によって教育の現場が運営されることが望ましい。
このため、教師は通常の(超過)勤務命令に基づく勤務や時間管理にはなじまないものであり、教師の勤務は、勤務時間の内外を問わず包括的に評価すべきであって、また、一般の行政事務に従事する職員等と同様な(超過)勤務命令を前提とした勤務時間管理を行うことは適当でない。

◯教師の仕事というのは、教師の自発性、創造性に依拠する部分が大きい。たとえば、どれだけ教材研究や授業準備に時間をかけるか、あるいはかかるかというのは、その教師自身の創意工夫にかける熱意や能力などによってかなりの個人差が出るし、教室掲示などにしても同じで、やろうと思えばどこまででもできる仕事です。

◯だから「一般の行政事務に従事する職員等と同様な(超過)勤務命令を前提とした勤務時間管理を行うのは難しい。そこで「教職調整額」制度に結びついたわけです。

◯つまり、「教職調整額」というのは教師の《自発性》《創造性》によって超過勤務することや学校外での勤務を想定した特殊な手当なのです。

◯ここをしっかり理解しておけば、冒頭に示した「教員には教職調整額っていう残業手当が基本給に上乗せされているから、勤務時間外の部活動顧問も断れないって聞いたよ」などというふうに騙されることもなくなります。

◯「教職調整額」はあくまで教員が《自発的》に時間外勤務することを想定した手当なので、あなたが《自発的》に部活動顧問を引き受けたいと言わない限り、これが部活動顧問を強要する論理になるなどということは法的にあり得ないわけです。

③なぜ「4%」なのか?

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◯ところで、なぜ4%なのでしょうか。

◯それについては、以下のサイトにとてもわかりやすく解説されていますのでぜひご覧ください。

④昭和41年度の労働調査に基づいた金額

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◯文部科学省の『教職調整額の経緯等について』(文科省の以下のサイト)によると、教員の勤務状況の実態を把握するため、昭和41年(1966)度(54年前!!)に、1年間をかけて全国的な勤務状況調査を実施したそうです。

◯そして、その結果を踏まえて金額を算定したとされています。

◯では、実際に昭和41年(1966)度の勤務状況調査の結果はどうだったのかというと、1週間平均の超過勤務時間(残業時間)

・小学校=1時間20分
・中学校 =2時間30分
・平均 =1時間48分

だったそうです。

◯見間違えてはいけないのは、「1週間平均」の超過勤務時間です。

1日平均ではありません。「1週間平均」です!今の感覚では、にわかには信じられない数字ですね。

◯54年前の労働量よりも確実に膨れ上がっている教員の労働量の実態を踏まえた抜本的改革が必要なのは明らかです。

⑤教職調整額は「部活動顧問」を想定していない

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◯「部活動の歴史的変遷」についてはまた改めて別の記事に書く予定ですが、教職調整額の話に関係するので、ここでも少し触れておきます。

◯この昭和41(1966)年当時というのは、部活動がまだ過熱化する前でした。

◯それは以下のように、各競技団体における全国中学校体育大会1970年を契機に開催されるようになったことからもわかります。

全国中学校卓球大会 1970(昭和45)年~
全国中学校柔道大会 1970(昭和45)年~
全国中学校サッカー大会 1970(昭和45)年~
全国中学校体操競技選手権大会 1970(昭和45)年~
全国中学校バスケットボール大会 1971(昭和46)年~
全国中学校剣道大会 1971(昭和46)年~
全日本中学校陸上競技選手権大会 1974(昭和49)年~

◯こうした部活動の活発化の動きは、昭和 43年(1968 年)から昭和 45 年(1970 年)にわたる学習指導要領の改訂で、中学校・高等学校で生徒が毎週 1 時間の活動を行う全員参加の「必修クラブ」が設置されたこと(小学校では、 4年生以上のクラブ必修化がスタートした)が影響しています。

◯「クラブ活動の必修化」ということは、クラブ活動が教育法規上の強制力をもつ教育活動となったということです。

◯国がそのような政策を打った背景を解説したものとしては、こちらの記事が詳しいのでご参照ください。

◯上記の記事から引用すると、

1964年の東京オリンピックです。スポーツ観戦を通してスポーツ好きが増えたという意味でもターニングポイントなのですが、オリンピックに向けて勝てる選手を育成する“選手中心主義”的な部活動になってしまったんです。「下手な奴は応援だけしてればいい」みたいな。

オリンピック後その反動で部活動は“平等主義”に舵を切っていきました。つまり、民主主義的な価値のある部活動は、うまい下手にかかわらずみんなに機会が提供されるべきだという考えが広まっていったんです。

◯つまり、1964年の東京オリンピックを契機として、一部の選手に独占される運動部活動のあり方を改め、一般生徒に運動・スポーツの機会を与えようという、運動部活動の民主化が求められるようになったというわけです。

◯そもそもなぜ、オリンピック以前の部活動のあり方が、運動やスポーツを通じて人格形成に資するという学校教育的な意義よりも、「勝つ」ことだけを追求する勝利至上主義的な思想のもとに、大多数の生徒が排除されてしまうような状況に常態化してしまったのか。

◯その背景のひとつには、この当時は顧問がいない部活動や、名義上は部活動の顧問であっても、実際には指導・管理・引率を引き受けず、実質的なかかわりを持たない教師が少なくなかったということがあります。

◯現在と同様に、その部活動の運動技術の指導ができないのに顧問を引き受けざるを得ない場合というのが多くありました。

◯その場合、教職員以外の、その運動技能や指導スキルを有する地域住民が外部コーチとして技術指導に当たりました。

◯しかし、外部コーチは教育者ではなく技術指導者ですので、どうしても勝利至上主義に陥りがちです。

◯このような反省を踏まえて、スポーツに民主主義的な価値の与え、多くの生徒が行えるようにするために、運動部活動を学校教育の一環として編成することが求められたのです。

◯そのためには運動部活動の運営における学校の自主性を高め、たとえ課外活動であったとしても、学校や教師が主体的に関わることが必要とされました。

◯それは、たとえば部活動の運営方針や指導に必要以上に介入しようとする地域社会の諸勢力に屈服しないように、地域住民のかかわりや影響を減らそうとすることでもありました。

◯その流れの中で、先に書いた「必修クラブ」の設置というように部活動を制度化し、授業の中で運動部活動を行っていくという方向になったのです。部活動指導を学校教育下に置くためです。

◯そうして運動の機会が全生徒に平等に確保されるに伴って、必然的に放課後に実施される教育課程外の「課外クラブ」すなわち現在の運動部活動への加入率も増加していきます。

◯こうして全生徒に運動・スポーツの機会を与えようとする理念は、必修クラブ活動とそれに伴った運動部活動の拡大によって、ある程度は実現されたといえます。

◯しかし、ここで現在にまでつながる部活動の問題が発生します。すなわち、教員の超過勤務や負担の大きさという問題です。

◯地域住民のかかわりや影響を減らしたことで教師が顧問に就くことが通例となっていき、技術指導ができない顧問教師が出始めます。勤務時間を超えた運動部活動への従事をどうすべきかということも繰り返し問題となります。

◯そのため、顧問の引き受け手がなかなか見つからないケースも出てきました。当然の成り行きといえば当然の成り行きですが、ここに「ブラック部活動」の萌芽が見られることになるのです。1970年代のことです。

まとめ:教職調整額に部活動顧問を強要する論理は備わっていない

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◯もうお分かりだと思いますが、部活動顧問による超過勤務というのは1970年代以降に噴出した議論であり、昭和41(1966)年当時の勤務実態をもって算定された「教職調整額」なる手当によって、全員顧問制度を論理付けたり、部活動の顧問を強要することはできないということです。

◯教員の一律業務として想定されていなかったのですから。

◯また、今述べたように、そもそも教職調整額というのは全教員一律に支給される見込み残業代です。

◯それを盾に部活動顧問を強要するなら、妊娠中の教員であれ、親族の介護があって定時で帰宅しなければならない教員であれ、全ての教員に対して、一切の事情を考慮せず一律に部活動顧問を担当させて活動終了時刻まで勤務させることが条件となります。

◯もちろんそのような非人道的な行為を実行してほしいなどと思っているわけではありません。そんなことは絶対に許せません。

◯ただ、論理的に考えるなら、教職調整額が適用される範囲は、全教員一律に担当する業務に限られるということです。

◯すなわち、授業準備、教材研究、分掌義務、担任、副担任業務などが適用範囲であると考えるのが常識的な解釈だということです。

「教職調整額の4%をもらっているのだから、放課後の部活指導も職務だ」という論法に有効性をもたせたいから、管理職は全員顧問制にしたがるのですが、それでも望まない部活動顧問を強要された場合、その説得は論理的に破綻しているということを知っていれば、打ち負かされる心配はありません。

◯あくまであなたがあなたの意志で、(生徒の部活動参加がそうであるように)自発的に、あなたの経験や技能を生徒の成長のために無償で提供してもよいと考える場合でなければ、絶対に部活動の顧問を引き受けてはいけません。

◯強い意思で自分の主張を通してください。そのためにできる理論武装を私は考えていきますので、ぜひ参考にしていただけるとありがたいです。

◯一人一人の戦いが部活動のブラック化を解消し、自身のキャリアを生徒の成長のために生かしたい願う顧問だけによって運営される正しい部活動へとつながります。

◯今回の記事は「教職調整額」にのみ焦点を当てて書かせてもらいましたが、「給特法」の全容を解説した記事はコチラ↓↓↓
望まない部活動顧問の業務を絶対に拒否するために、さらに踏み込んだ記事を書かせていただいています。お時間許せばご一読ください。


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