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【古代④】『キングダム』~中華二千年の歴史、その始まりにあった願い~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『キングダム』1巻表紙より。

 様々な歴史マンガをその世界史上の背景から紹介していく本記事シリーズ。ここまでは古代オリエント世界(西アジア)、そしてヨーロッパの始まりの歴史を数作のマンガをとりあげながら見てきましたが、もう一つ、古来より世界史という大きな物語の軸となってきた地域があります。そう、四大文明の一つである黄河文明が生まれた、東アジアです。

 ヨーロッパは現代でもイギリス、フランス、ドイツといった大国が複数併存しているとおり、その全土が一つの国のもとに統一されるというのは歴史上も基本的にありません(例外が先の記事で挙げたローマ帝国、そして中世初期のカール大帝(シャルルマーニュ)の国くらいでしょうか。なお、近代ではナポレオン、ヒトラーがその数歩手前に手を伸ばしています)。しかし、東アジアはその正反対の歴史を辿りまして、基本的にはとにかく中国一強です。国名は複数回変わるものの、一つの国がユーラシア大陸東端の広大な地域を支配し、その国がまわりの小国を従えていく。これが東アジアという地域のひな形であり、支配者たる中国自身も、「中華」(世界の中心で咲き誇る)という名が示すとおり、東アジア世界の盟主としての立場を自覚してきました。
 しかしその中国も、はじめから一つの国にもとに統一されていたわけではありません。まず比較的広い範囲を収めたという国が現れ(『封神演義』はこの時代が舞台です)、その後はという国が同じように広域を支配しますが、中国全域の統一には至らぬまま、その後長い戦乱の時代に入ります。そして500年もの期間続いた戦国時代を経て、初めて中華統一を達成したのが、という国でした。統一は紀元前221年。前記事でとりあげた『アド・アストラ』で描かれる第二次ポエニ戦争が遥か西方の地で勃発する、そのちょうど3年前の出来事です。
 
 その秦の中華統一を描くのが、依然連載中の大ヒット作、『キングダム』です。下僕の身分だった信が、反乱から逃亡中の秦王、政との出会いをきっかけにして戦場に身を投じ、「天下の大将軍」への道を駆け上がっていく本作。既刊68巻という長編作品になっていますが、未公開のもの含め実写映画が3本制作されるなど、その人気は衰えるところを知りません。
 そんな『キングダム』の魅力は、まずはなんといっても戦場で描かれる将軍、兵士たちのドラマ。最初は剣一本で戦場に飛び込んだ信ですが、その腕っぷしと気持ちのいい性格は多くの仲間を呼び、最新のエピソードでは1万人以上の大所帯を束ねる将軍になっています。もちろんそこに至るまでの道には多くの苦難があるわけですが、孤独から始まった彼に多くの理解者、家族ができていくその過程は、とても熱いものを感じさせます。
 また、百戦錬磨の各国将軍たちが戦場で見せる戦術・戦略も、人々を惹きつける本作の大きな魅力の一つだと思います。将軍たちは毎回無策で相手に突撃するわけではなく、兵士たちに思わぬ陣形を取らせたり、個性溢れる少数の部下たちに一点突破させたり、はたまた予期できないような形で援軍を呼び寄せたりと、「よく毎回違う作戦を思いつくなあ」と作者に圧倒されるような戦略が、次々と描かれていきます。また、あくまで史実にのっとった作品ですので味方が大敗を喫することもあるわけで、また主人公を遥かに凌ぐ武力・知略を持つ大将軍らが戦争を動かしていきますので、最後は結局味方が勝つ、あるいは主人公が一人で戦況を変えてくれる、といった少年マンガ的予定調和も排されている。そんな緊張感は、本作が超長期連載にもかかわらず決して「ダレる」ことのない、その秘訣の一つなのだと思います。

 また、個人的な感想になりますが、そうした「戦争ドラマ」としての魅力を多く纏っていながら、同時にこの「戦争」というものの悲劇性を、その意義を問い直す姿勢を持っているところが、この『キングダム』で私が一番好きなところだったりします。どれだけエンタメチックに書こうと、戦争は戦争です。一つの戦いが起こるたびに、本作では何万という兵士が命を落としていきます。そうまでして、なぜ政という王は「中華統一」を果たそうとするのか。「中華統一」には、いったいどのような価値があるというのか。本作では戦争描写だけでなく、その戦争を進める政という王の像やその政治闘争も描かれていくのですが、そこで彼が仲間と、そして政敵と語らうシーンでは、そうした「思想」の部分もまたふんだんに描写されるのです。
 この後二千年続き、現代では日本に代わり再び極東の雄となった中華の始まりには、どのような「願い」がこめられていたのか。そんな視点からこの『キングダム』を読むのも、私たちの現代との繋がりが感じられてよいのではないでしょうか。

 なお、秦は中華統一を果たしたのち、その急進的な支配がたたってか間もなく滅亡します。その後は有名な項羽と劉邦の抗争を経て、劉邦が次の統一国「漢」を建国。その漢もやがて衰退すると、有名な三国志の時代へと入っていきます。

次回:【中世①】『レッドムーダン』~史上唯一の中国女帝の誕生と中世中国の転換点~


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