ふんわりドラマ「無脳シリーズ」第7話〜朝の下駄箱から。〜
3秒で書いて3秒で読めると話題の無脳シリーズ。今回は中学生男子の恋のお話です。
「ユウサク、おはよう!」
おれを下の名前で呼ぶ女子は、ミズミだけだ。おれがたまに陸上部の朝練に行くと、下駄箱で出会う。
ミズミはいつも、そのときは、吹奏楽部の大きなカバンを持っている。
「うん。」
チラ、とミズミを横目に見て、決して「おはよう」とは返さない。それは恥ずかしいからじゃない。そのままおれは校庭に駆け出す。
「ユウサク、今日はコンビニ寄って帰ろうぜ。」
「あー、いいよ。」
もう冬だから、日が落ちるのが早い。日が落ちかけた学校の雰囲気は、嫌いじゃない。
「じゃあな、また明日。」
友達と別れて、また歩き出すと、後ろから声が聞こえた。
「ユウサクー!一緒に帰ろっ!」
ミズミだ。
嬉しくなんかない。
「それ、持ってあげるね、私チャリだから」「あ、ありがとう」
嬉しくなんかない。ミズミは、そんなんじゃない。
「もう冬だから、日が落ちるの早いね。」「そうだね。」
自分の吐いた息が白くて、ミズミの高くやわらかい声が、近い。
ミズミと二人になったことは、意外となかったから、ミズミの肩の小ささとか、水色のマフラーのフワフワした感じとか、ミズミの、すこし爽やかな甘い香りに、初めて気がついた。
ミズミと今、二人きりなのか。
「そういえば、ミズミはバレンタイン、誰かに渡すの?」
おれがそう聞くと、ミズミは一呼吸おいて、
「ーーうん。」
と答えた。
ドキッとした。頭とお腹だけが、ふわっと熱くなる感覚がした。
まさか、まさかな。
「ーー寺坂くんに本命渡すんだぁ〜……。ほんとに緊張する。」
ミズミはそういうと、
「あ、これ内緒ね!ユウサクだから教えたんだから!!」
と頬を赤らめ、ポニーテールをふわりと揺らした。
「あっ、あ、そうなんだ!すごいなぁ。」
必死に平静を装うために、へへっと笑ってみせた。
今度は、頭のてっぺんから、冷たくて、黒く重いなにかが、身体中に流れていく。
そうだよ。ミズミはそんなんじゃないし、全然、いいじゃないか。
「二人だけの秘密だよ?」
「う、うん。わかった。」
少しだけ暗い顔をしてみせたかったが、今笑顔を解いてしまえば、少しだけ涙が出そうだった。
「じゃあねっ!ユウサク!また明日!」
次の日の朝練は、行かなかった。
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