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エッセイ | こっちの水がおいしい
地元に戻ると感じるのは「水がおいしい」ということである。
地元にいた高校生の頃に感じることはなかったし、地元から出ていった大学生の頃は水を飲む習慣がなかったためこの事実を知れていなかった。大人になり、味の付いている飲み物よりも水の方が飲みやすいと知った時に、地元の水がおいしいことに気付いた。
私が小学生の頃は夏になると関東から叔母の家族が遊びに来ていた。
私の地元は避暑地ということもあり観光客も多く、特に夏は人口が増加していた。普段なら見かけないくらいの車の量で、観光地へ向かう主要な道路は混雑していた。
地元の人であれば渋滞しない道を抜けてくるのだが、観光客である叔母はできず、まんまと渋滞にはまっていた。私の家に着いた時にはうんざりした表情をしていたが、狭い車内から開放されたことと、周囲には何もない開放感からとてもうれしそうだった。
家に上がった叔母たちと私の家族は簡単に挨拶を済ませると、叔母は手を洗いに洗面所へ行ったのだが、そこから悲鳴が聞こえてくる。
「冷たい! 氷水かと思うくらい冷たいね」と居間に戻ってきた叔母は笑いながら訴えてきた。
「いつものことだから気にしていなかったけど、確かに冷たいかもね」叔母の姉である私の母が言う。
「向こうはぬるい水しか出てこないから羨ましいよ」
「冬はもっと冷たいから、冬も遊びに来るといいよ」母が笑いながら言うと、冬は寒いから来ないよと叔母がつぶやいた。
私はそのやり取りを見ていたが、内容についてはピンときていなかった。蛇口から出てくる水に違いがあるのだろうかと疑問に思っていたくらいだ。
夕食を母と叔母が準備している時に、叔母が水道水を飲んだことがあった。
「冷たくておいしいし、全然においがないんだね。こっちの人はお店で水なんて買わないんだろうね」叔母は驚きながらもうれしそうに言った。
「確かに水は買わないね。うちの方の水はまずかったもんね」母がつぶやいた。
「うちってどっち?」と叔母が尋ね、「そっち」と母が返すやり取りが心地よい。
水道水のおいしさなんて考えたことがなかった。そもそも水は味がしないし、おいしいなんて感じることもない。大人がコーヒーをおいしいと言うのと同じで、水のこともおいしいと言っているのかなと、子どもの頃の私は思っていた。
私がキッチンでペットボトルに水道水を入れていると、手に持つペットボトルがどんどん冷たくなっていく。
「どうして水道水なんか入れて飲んでいるの? 麦茶だってあるのに」と居間にいる母から言われる。
「こっちの水はおいしいからね。うちの方はぬるいし、変な味がするんだよ」と私が返す。
「うちってどっち?」と母が尋ね、「あっち」と私は言う。
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