銭湯のおかげです 弐湯目 「清澄白河辰巳湯〜ええっ!嘘だろ!?」
弐湯目 「清澄白河辰巳湯〜ええっ!嘘だろ!?」
銀座の金春湯に行ってから少し経った頃のある日、夏休みではあるが雨が降り遊びにも出かけない息子が、暇を持て余し俺のスマホをいじりながらなにやら調べている。
「ねぇねぇ父ちゃん。この前の銭湯気持ちよかったんだけど、他にもどこかあるかな?」
どうやらグーグルマップで銭湯を調べているようだ。
「お?そりゃあ銭湯なんてたくさんあるぞ」
「雨だけど暇だし、どこかいい銭湯ないかなぁ〜」
「この前の銭湯で、なにが気持ちよかった?」
「水かぶってまた入るのが気持ちよかった!あと色んな人が話しかけてくれて面白かった」
「そうか。じゃあ水風呂なんてどうだ?熱いお湯に浸かった後に、水風呂に入ってまたお湯に浸かると気持ちいいぞー!」
「入ってみたい!」
「よーし、ちょっとスマホ貸してみな」
こうしてグーグルマップで水風呂がある銭湯を探し始める。話しかけられたのも楽しいということは、下町の銭湯がいいな。やはり銭湯文化は江戸の下町が基本だろう。
東京の東側、隅田川周辺の下町にある銭湯を何軒かリストアップし、息子に選ばせる。
「この清澄白河にある辰巳湯ってよさそう!口コミも点数高いし、なんか露天風呂みたいなのもあるらしいよ!」
どれどれ。なるほど、サウナもあって半露天風呂もあり、漫画まで置いてあるのか。これはなかなかいい銭湯かもしれない。
「お?良さそうだな!行ってみるか!」
「うん!でも父ちゃん入れるの?」
おっと、そうだった。調べてみると、ネットの色んなサイトで刺青が大丈夫との情報が多いし、実際にタトゥーの入っている人が書いた辰巳湯のレポート話もある。
「大丈夫みたいだな。んじゃ行くか!」
「うん!水風呂楽しみ!半露天風呂って、前に旅行で入った露天風呂とはちがうのかなぁ」
「露天風呂気持ちよかったよな」
「うん!裸になって寒い寒い!って言いながら、あったかいお風呂に入ったのがよかった!早く行こう!」
まだ8月の暑い日である。雨は降っているが、こんな蒸し暑い日の水風呂と熱い湯の温冷浴はさぞかし気持ちいいだろう。
いつもなら二人でマウンテンバイクで行くところだが、今日は雨が降っている。地下鉄を乗り継ぎ清澄白河に到着すると、息子がスマホでグーグルマップを開く。
「父ちゃんこっちこっち」
駅から歩いて2〜3分の場所に辰巳湯があった。入り口はビル銭湯でこじんまりとしていて、ぱっと見ではわからないほどであるが、あの銭湯の匂いが漂っている。
入り口の券売機で入浴券を買うのだが、サウナのほかにも飲み物や紙コップ、タオルなどのアメニティも券売している。引き戸を開けると受付があり、番台形式ではないのだが脱衣場の入り口にあり、脱衣場の中は受付からは見えない作りになっている。入浴券を渡し、飲み物の件を訊ねてみた。
「飲み物は券を買わないとだめですかね?」
「いや、こちらで現金で大丈夫ですよ」
奥さんが答えてくれると、子どもにお菓子をくれる。
「はいこれどうぞ」
「ありがとう」
「風呂から上がったら食おうな」
「うん!あ、ここに牛乳売ってるよ」
脱衣場に透明のガラスで中の見える冷蔵庫があり、そこには息子の大好物の牛乳のほかに、様々な飲み物が売られている。タオルも大小売られ、アメニティも一通り揃って売られている。
「紙コップってこの水飲むので買うんだね」
どうやら10円の紙コップは給水器の水を飲むために買うようで、これを買えばフリーで喉を潤せるシステムのようだ。脱衣場の中を見渡すと、大きな画面のテレビがあり、その前にはソファー的な椅子も置いてある。洗面台やマッサージコーナーらしき場所もあるのだが、何と言っても本棚にたくさんの漫画が置かれているのが目につく。
「父ちゃん!漫画がたくさんあるよ!」
おそらくサウナ客が休憩する時のために漫画が置いてあるのだろうとは思うが、俺が子どもの頃に漫画がある銭湯などなかったはずだ。時代は移り変わって行くんだなぁ。
脱いだ服をロッカーに入れ浴場に入ると、東京では珍しい真ん中に浴槽があり、壁際に洗い場が並ぶ関西風スタイルである。
そして下町の銭湯では得てして狭い浴槽が多いのだが、ここは広い。大きな浴槽が分けられ、隅の方にジェットバス、電気湯、バイブラの寝湯の計四種類。サウナもあるので、かなり充実した設備である。
「よーし、この前教えた通り、まず体を洗うぞ」
「うん!」
広々とした空間で、息子と二人の男同士で背中を流し合い、体を洗ってやる至福の時間。まだ湯船に浸かる前だが、すでに気持ちいい。銭湯に来出してまだ2回目であるが、すでに魅力に取り憑かれている。使った洗い場と、桶と椅子をお湯で流して元の場所に戻し、いざ入浴。
「あちっ!」
「いや、この前とそんなに変わらないぞ。全然大丈夫だから入ってみな」
「わかった」
前回の金春湯さんで経験を積んだ息子は、少し熱がっただけですんなりと入れるようになっている。銭湯マジックは子どの心にも影響するもんなんだな。
「気持ちいいね!」
「父ちゃんにはちょっとぬるいかなぁ」
「うそ?僕はちょうどいい」
しばらく浸かっていても、タイミング悪くジェットバスやバイブラの寝湯が空かない。しかし一つの場所だけ空いている。
「お!ここは入れるな」
ビリビリビリ!うわっ電気風呂だ!あのマサミさんにやられたスタンガンを思い出してしまうのか、これはどうも性に合わない。
(マサミ:右手首から先を欠損した伝説のパンクス。ブルーハーツの楽曲「僕の右手」のモデルとなった人物。詳しくはこちらから)
「どんなの?」
「電気でビリビリするんだよ。これは父ちゃんダメだ。入ってみろよ」
「やだ!」
父親の弱い部分を見てケラケラ笑う息子。いやぁビリビリは嫌いだが、息子の笑顔は堪らなく幸せな気分になる。しかしもう電気風呂には入りたくない。
「あ、あっちのブクブクのとこが空いたよ。こっち行ってみる」
「お、父ちゃんはこっちのジェットバスが空いたから、こっち入るわ」
お互い別々に違うお湯を楽しむ。子供にとっては、遊園地や公園と変わらないアミューズメントパークのようなものかもしれない。事実バイブラの寝湯に浸かった息子は気持ち良さそうな至福の表情を浮かべている。
「そっち気持ちいいか?」
「うん!すごい気持ちいいよ!寝っ転がって入れる」
俺もバイブラに移動し、親子二人並んでブクブク。ああ、気持ちいい。銭湯は最高だ。するとバイブラ寝湯の前にあるドアを出入りするお客さんが多い。
「父ちゃん。あっちに何があるのかな?」
「たぶんあっちが水風呂と半露天風呂じゃねぇかな?行ってみるか?」
「うん!行こう!」
小さめのドアを開けると、目の前に4人ほど入れる浴槽と、奥に小さな庭があり、その手前に庭に面した2~3人入れる浴槽がある。
「たぶんあっちが露天風呂で、こっちが水風呂だな。お湯触ってみな」
「こっちは冷たいよ」
「どっちに入る?」
「露天風呂!」
奥にある半露天風呂は、小さな庭に面していて外気に当たりながら入れる、まさに半露天。屋根もあるので雨だったこの日でも全く問題なくお湯を楽しめる。
「いいね、これ」
「こんな銭湯は父ちゃんも初めて来たかもしれないなぁ」
温泉旅館の個室露天風呂よりは少し広めで、銭湯価格で楽しめ最高の気分が味わえる。
「父ちゃん、あっちに部屋があるよ」
露天の先、庭を隔てて何やら部屋があり、そこに裸のお客さんが椅子に腰掛けている。
「あっちは休憩できる場所だな。熱くなったらあそこでゆっくり休むんだよ。サウナに入った人とかが使ったりするかな」
「あとで行ってみようよ」
「いいぞ。その前に水風呂だ!」
「うん!」
ザブーン。
「おお〜!冷たくて気持ちいいぞ!入ってみな」
「うん。うわっ!冷たっ!」
「我慢して入ってみな。すんげぇ気持ちいいぞ!学校のプールみたいなもんだよ」
「うう〜」
熱い湯に入るときとはまた違った表情で、覚悟の入水をする息子。しかし一旦肩まで浸かると、夏の暑い時期の湯船に浸かった後の水風呂の気持ちよさには抗えないようだ。
「きもちいい〜!」
「だろ?これを繰り返すと最高なんだぞ!」
「いいね水風呂!」
どうやら水風呂がかなり気に入った様子である。連れて来た甲斐があるというものだ。
「ん?なんだこのボタン?」
「押してみようよ」
水風呂の壁に何やらボタンがある。ロールプレイングゲームをやるかのごとく、押してみる。
ジャバー!
なんと天井から水が落ちてくるではないか!サウナ客が頭からも水がかぶれるような仕組みで、これなら水風呂に頭まで浸かるというマナー違反をしなくても済む気が利いた作りだ。
「僕もやる!」
ジャバー!
これはいい!最高だ辰巳湯。
「ねぇ父ちゃん、あっちの部屋行ってみようよ」
半露天の奥の小部屋には、椅子とテレビ、漫画が置いてあり、湯客の憩いの場として休憩できるようになっている。サウナの整いスペースにもなっているようだ。
「ドラゴンボール超ないや。ドラえもんにしよ」
子どもが読める漫画も置いてある。なかなかやるなこの銭湯。しかし一冊読み終わるまでは待っていられない。
「もう一回入りに行くぞ!」
「ちょっと待って!これ読んだら!」
いろんな親子がここで同じことをしているのだろう。下手な遊園地やアミューズメントパークへ行くより、銭湯に来た方が安く楽しく過ごせる気がする。これは子どものいる家庭にとっても、銭湯はいい場所だな。
何度か風呂と水風呂を行き来するうちに、息子の水風呂好きに拍車がかかり、こちらの身体が冷え切っても一向に出てこない。
「僕もうちょっと入る。それからもう一回お湯入って出よう!」
2回目の銭湯、初めての水風呂にして、すでに銭湯好きになったようだ。すっかり仕上がって風呂から上がり、身体を拭いてからお楽しみのドリンクタイムだ。
「ここも瓶の牛乳じゃないんだなぁ。瓶の牛乳がめちゃめちゃ美味いんだけどな」
「本当に?じゃあ今度は瓶の牛乳があるとこに行こうよ!」
「いいぞ。また調べて行こうな」
「うん!じゃあ牛乳飲みながら漫画読んでるね!」
「ちょっとしたら着替えるんだぞ」
「はーい」
そのとき入ってきた若いお客さんが服を脱ぐと、両肩から肘にかけて見事なトライバルのタトゥーが入っている。
「父ちゃん見て!あの人も刺青入ってるね」
一応小声で囁く息子。
「そうだよ。銭湯は誰でも入れるんだから、刺青だからって断れないんだよ。それは銭湯の法律でも決まってるんだよ」
「へぇ〜。それなのに入れないとこがあるなんて変だよね」
「まぁな。でも嫌な人がいるんだろうね。何にもしないんだけどね」
タトゥー客にもうるさくなく、風呂に入っている間も定期的に清掃にきたりと清潔感も保たれ、湯船の種類はスーパー銭湯並みである。これは通ってしまう銭湯だ。事実このあと、何度か通うほど気に入る銭湯だったのだが、ある日のことである。
いつものように湯を楽しみ、すっきりして上がり上半身裸のまま、受付に水を飲むための紙コップを買いに行った。
そのとき受付にいたのは、大女将らしきおばあさんで、上半身裸の俺が紙コップを買おうとすると、いきなりそれまで言われたことのないショックな言葉を浴びせられた。
「ああ、あんたそれ、刺青はウチダメなんだよ。入らないでくれる?」
「いや、もう今入ってきちゃいました」
「ええ!?ウチはダメなんだよね。もうこないでくれる?」
不機嫌極まりない顔で、今までの店員には一度も言われたことのない寝耳に水な話を浴びせられた。何人ものタトゥー客も見ているし、清掃で入ってくる従業員の人たちに俺のタトゥーを見られても、何も言われたことがなかった。
素晴らしい銭湯で、かなりのお気に入りだっただけにこのショックはでかい。なんなら立ち直れないぐらいの大打撃だ。
しかし確かに俺も、過去に拘置所でヤクザ専用房の方々と、一人だけ違う房から一緒に風呂に入ることになったときのことを思い出した。
それはそれは壮観な、様々な刺青を全身入れたヤクザさんたち大勢と、カタギの俺が一人一緒に入ったことがある。
俺も少ないながらタトゥーが入っているので偏見はないが、あれだけの人数の本職の方々に囲まれて入る風呂は、今までにはない緊張感があった。
そんな緊張しながら風呂に入るものではないとは思うが、事情が事情である。5日に一度しか入れない風呂の時間は大切だ。俺は割り切って久々の風呂と、めったに見ることのできない総身彫の数々を堪能し、結果風呂を出た後には貴重な経験ができたいい思い出になっている。昔の銭湯も、そこまで多くの刺青の人に囲まれたことはないが、似たような風景だったと記憶している。
その銭湯それぞれによって、刺青が入れないのは仕方のないところもあるのだろう。刺青の人間がいるだけで、嫌がる人はたくさんいる。経営を考えれば、今の銭湯離れでお客さんにきてもらうことが先決だ。
しかし、それでも刺青を入れていたって同じ人間である。銭湯の気持ちよさに変わりはない。文句を言っても対立は深まるばかりだ。何かいい方法はないものだろうか。怒らず対立せず、誰もが銭湯を楽しむことは不可能なのだろうか。
俺も息子も銭湯が大好きだ。親子で楽しめる銭湯の素晴らしさは、刺青者でも一般の人でも同じ気持ちを共有しているはずだ。
しかしこの先、なんとか刺青が大衆浴場や公衆浴場から排除されない道を、刺青愛好家たちは探すべきだろう。
それには粋な風呂の入り方や入浴上のマナー、どうしても尊大な態度に見えてしまう部分などのほかにも、極力細心の注意を払い、銭湯ライフを楽しむしかない。
刺青が嫌い、怖いと思っているみなさん。なんとか一緒に最高の銭湯ライフを共有できませんかね?
文句や権利だけを主張するのではなく、こんな考えができるようになったのも、銭湯の素晴らしさを身に沁みて感じているからだ。銭湯のおかげです。ありがとう。
さて、それじゃあ次はどこの銭湯に行こうかな。
スーパー銭湯並みの素晴らしい施設が揃った、江東区の清澄白河にある辰巳湯さんはこちら。
(東京銭湯マップさんのリストに飛びます)
30年以上に渡るバンド活動とモヒカンの髪型も今年で35年目。音楽での表現以外に、日本や海外、様々な場所での演奏経験や、10代から社会をドロップアウトした視点の文章を雑誌やWEBで執筆中。興味があれば是非サポートを!