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京から旅へ / インド編 インド仏跡巡礼(35)聖地ベナレス④/「聖なる河」ガンガー

ガンガーとは、ガンジス河を神格化した。
女神の名前である。ガンガーの神話は長く、省略するが、今でもガンガーは「聖なる河」として、ヒンドゥ―教徒の信仰の対象となり、生きているのである。

例えば、“沐浴は全ての罪業を浄化し消滅させ、功徳を増す”と信じられ、より良い「生」を生きる為に、ヒンドゥ―教徒は一日の始まりに、寺院の前の川や貯水池で沐浴を行う。
中でも、聖地ベナレスの沐浴は、最も功徳が大きいとされている。その為、生涯に一度は、聖地ベナレスを訪れ、ガンガーの「聖なる」水で沐浴をしたい、と願うヒンドウ―教徒が多いと聞く。

一方、「聖なる河」ガンガーは、より良い「死」を迎える場でもある。
ベナレスの岸にある火葬場で焼かれて、遺灰を「聖なる河」に流せば、“輪廻からの解脱”が得られると信じられているからだ。

ベナレスは別名、マハーシュマシャーナ“大いなる火葬場”とも呼ばれるが、その名の通り、川沿いに2か所の火葬場がある。
マニカルニカ・ガートと、ハリシュチャンドラ・ガートである。此処では24時間、火葬が行われ、多い日は一日、100体もの遺体が焼かれると云われるが、インド中のヒンドゥー教徒が死に場所に、聖地ベナレスを選び、訪れるなら納得もいく。


私達の舟は、美しい日の出を見た後、船首を川下に向けベナレスの火葬場のうち、大きくて有名なマニカルニカ・ガートへ向った。
空は朝焼けから青空に変り、川沿いでは、荘厳でデコラティブな聖地ベナレスの建築物が連なり、パノラマのように迫っている。

岸からずっと上層へ、赤レンガの建物を突き刺す、急勾配の大階段。高い防波堤のような、垂直壁の上に出窓を施した、天空の部屋。巨大なヒンドゥーの女神が描かれた、派手なピンクの塔も見える。

ガトーでは沐浴を続ける人や、ヨガや瞑想をする人、大きな日傘の下では、幾人もの物売りが動きだし、朝の気温の上昇と共に、ベナレスの街の、熱気と濃度も、どんどん高まっていくようだ。

やがてピンクの塔の先に、煙が昇る、開けた場所が見えてきた。黒く、儚げに揺れるのは、マニカルニカ・ガートで、人を焼く煙だ。

此処では、人は焚火のように外で焼かれ、灰はそのまま河へと流される。いたってシンプルな荼毘が、繰り返されている。
その為、火葬場の周囲は、実に大量の薪が、高く積まれている。ヒンドゥー教徒なら誰もが、此処、ベナレスの火葬場で焼かれ、「聖なる河」に流されたいと願う。

が、誰もができる訳ではない。妊婦、10歳未満の子供、蛇に噛まれ死んだ人、は焼かれず、黄色い布で身体を包み、石を脚に括って、川の真中で水葬される。
妊婦や子供は、人生を全うしてないから、また、蛇に噛まれた人は、神の使いである蛇の印をつけているから、という理由で、火葬して輪廻から解脱せず、もう一度、生れ変りなさい。と云う、倣いのようだ。

ガイドが、火葬場の撮影は禁止と伝えていたが、誰も人が焼かれる姿など撮影したくない。禁止区域の手前で全体だけ押さえた。

舟は、岸に寄る事なく遠回りに、煙を囲む人々の風景を流しながら 過ぎて行った。ただ、離れていても、されている事は分る。
決して、多くの写真家や小説家のように、近くで、匂いを嗅ぎ、 音を聞き、一部始終を目に焼き付けたわけではない。
ほんの束の間の、火葬場への接近と、遭遇ではあったが‥ 私にとっては、目の前で人が焼かれると云う、非日常的な行為が、 日常的に行われていると云う現実が、あまりに衝撃的であった。 これがインドだ。

これこそ、インド人の80%以上が信仰している ヒンドゥー教の聖地であり、ヒンドゥー教徒の死生観だ。と、 不意に鈍器で頭を殴られ、足場を外され、奈落へ落ちるような、 既成概念を打ち砕く、異文化の衝撃(culture shock?)を受けた。

今回の旅は、仏跡巡礼が目的で、ベナレスはテレビで良く見る 沐浴の見物程度の関心しかなく、あまりに無防備だった。 良く、インドは一度行くと、インドにハマって何度も行く人と、 二度と行かない人に分かれる、と聞くが、その意味を思い知った。。


バラモン教の時代に始まり、今は、ヒンドゥー教を中心に、インド社会を形成するカースト制と、輪廻転生に基づいた死生観は、ベッタリとインド人のDNAに組み込まれ、変る事はないだろう。
日本と同じ多神教の国でありながら、宗教が人々の生き方、死に方に大きな影響力を持ち続けている素晴らしさと、怖さが共存している。

聖地として、3000年以上の歴史を持つベナレスに、今も滔々と流れ、無数のヒンドゥー教徒を引き寄せ、止まない。「聖なる河」ガンガー。その美しくも、底の深い、流れに慄き、私は、ガトーを後にした。
次はいよいよ、釈尊(ブッダ)の初転法輪の地「サルナート」である。

インド仏跡巡礼(36)へ、続く

(2015年7月14日 記)

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