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ショートショート・『それって青い時間かもね、うん?』

 セーラんちの近くの公園は、夜になると静まり返る場所だった。昼間は家族連れや犬を連れた散歩客で賑わっているが、今は俺たちみたいのが、パラパラいるだけだ。広場の端には、まばらな街灯がぼんやりと光を落とし、広い公園全体に薄暗い影ができている。俺たちはその影の中、ベンチに座っていた。

 「カラオケ、行こうか?」ユメコリンが軽く提案する。俺とセーラは顔を見合わせた、すぐにセーラが「行こうよ」と笑顔で答えた。俺は少し考え込んでいた。カヨが気になっていたからだ。

 カヨは、広場の反対側に立っている。彼女は俺に背を向けて、友達と何か楽しそうに話しているようだった。俺は距離感を感じながらも、彼女を見つめ続けていた。

 「シンが酒飲んじゃってさ、もしバレたらやばいじゃん?」セーラが軽く笑いながら話しかけてくる。俺はその言葉に反応しようとしたが、やはり心ここにあらずだった。カヨの後ろ姿を見ていると、何か言わなければいけないという焦りが胸を締め付けた。

 「匂わせっていうか、匂わせが好きなんだよね」ユメコリンが続ける。彼女らはいつもこうやって軽く笑っては、物事を深く考えない。それが羨ましくもあり、少し切なかった。俺は、彼女たちの会話にぼんやり入りつつも、カヨの動きを見逃すまいと、視線をそちらに固定していた。

 夜の公園は昼間より少し広く感じる、俺たちのいるベンチからカヨの場所までは25メートルほど離れてる、多分、うちの学校のプールのサイズ感、端から端までの。広場の中央には小さな噴水があり、周囲を低い植え込みが囲んでいる。遠くからは、アイスホッケーの試合をしている音が微かに聞こえる。少し離れた場所に小さなスケートリンクがあり、そこでは夜遅くまで練習が続いてる。

 「イツカちゃんがベロベロに酔っ払って、彼氏に電話してたの知ってる?」セーラが話し続けるが、俺はその話を耳にしつつも、カヨのことを考えていた。俺の中でずっとくすぶっている未練。カヨに対する思いはもうないと自分に言い聞かせていたが、この場に彼女がいるだけで、何かが蘇る。

 『未練、ないよな。絶対に』と自分に言い聞かせるように呟く。けれど、心のどこかで彼女の笑顔や声が頭から離れない。

 「まーねー」ユメコリンがセーラに軽く同調するが、彼女たちの声がどこか遠くに感じる。

 その時、不意に聞こえてきたアイスホッケーのパックが氷上を滑る音が、夜の静寂を破った。その音にハッとさせられ、俺は再び現実に戻された。どうして俺は、いつだってこんな風に、自分の感情をうまく処理できないのか、まったく。

 「来た!」突然、セーラが声を上げた。俺は驚いて振り返る。「ユーキ?ユーキか?名前違ったっけ?」セーラは、少し前に会った誰かの名前を思い出そうとしているが、その人物の印象、どんなだっけ?

 「性格があんまり良くないって言われてるけどさ、どう思う?」ユメコリンが尋ねてきたが、俺はただ微笑んで、曖昧に頷くだけだった。「まーまーまー」と軽く返す。

 「はいはいはい」とセーラが適当に返す。俺は彼女たちの会話に無理やりついていこうとするが、心の中では依然としてカヨのことを引きずっていた。公園の向こうで、彼女が笑っている姿が、まるで映画のワンシーンのように目に焼きついている。

 真っ白なドレスを着た彼女の姿が、一瞬、頭の中に浮かんだ。「どうしよう?」その言葉が心の中で何度も繰り返された。

 「あの時のドレス、忘れられないんだよね…」俺はつぶやいたが、それを誰かに聞かせたかったわけではない。ただ、あの時、あの瞬間が永遠に続いてほしいと思った。

 夜はさらに深まっていく。公園の周りにある少ない街灯が、俺たちをぼんやりと照らしていた。アイスホッケーの試合はいつの間にか終わり、静かな夜が再び戻ってきた。時間はもう11時近くになっていた。

 「青春って、はかないよね」とユメコリンが急に言った。その言葉に俺は同意しながらも、やはり自分の中の青い時間を整理できずにいた。

 俺は、もう一度カヨを見つめる。彼女は、すでに帰る準備をしているようだった。やり直せるなら、俺は何をするのだろうか?

 「一回会えたら十分だよね」と誰かが言ったが、それが誰の言葉かはわからなかった。ただ、その言葉が、俺の心に深く響いた。

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