ウツ婚!!お付き合い編1 躁転仲間で囲い込め

お付き合い編1


蜘蛛の糸はか細い一本だったから千切れたのではないか。落下するのを怖れた私は明さんがなんだかまたよく分からない用事で私を遠ざけていることを、精神科で嘆いた。

悩み嘆いて涙まで流して訴えたのに、主治医も精神科の仲間も爆笑だった。通院する皆様が余りにも真摯な悩みを吐露する中、私の嘆きは周囲に「恋バナ」にしか受け取られず、重い話ばかりを聞き飽きていた皆様に格好のエンタメとして受け入れて頂いた。いや、こちとらマジなんすけど。エンタメ感溢れすぎた私のポップ過ぎる悩みに、仲間は沢山の助言や世話焼きをしてくれた。ラブアンドポップに感謝。


躁転仲間で囲い込め


主治医の診察も、もはや処方薬すら出してくれなくなり「まぁ、頑張ってね」とカルテを開いた途端閉じる寄り添いゼロの30秒診察を終え、トボトボ喫煙所に向かうとクレージー婚活大パイセンよっちゃんが先にタバコを吹かしていた。


「あ、お疲れー!先生なんだってー?」と満面の笑みで聞いてくるよっちゃんは、そのとき幸福の絶頂におり、もっとも精神科にいてはいけない人だった。よっちゃんは、私と同じく「結婚すれば?」と主治医に言われ、バイト先の繋がりで知り合った彼とこの度結婚したばかり。新婚ホヤホヤ躁転真っ只中だった。
「うん、、、。婚活頑張れって。よっちゃんが羨ましいよ、、、」あまりにも率直に嫉妬を口にした私に、よっちゃんは全く気付かず、躁の勢いで素晴らしいご提案をしてくださった。「ねぇ、旦那の友達紹介しよっか?」
パードゥン??マジで?!持つべきものは躁転中の仲間!よっちゃんに抱いていた嫉妬ややっかみは瞬時に消え失せ、後光がさして見えた。「本当に?ありがと!お願いします!!!」よっちゃんにはとりあえずコーヒー奢って、口約束にはさせないぞと圧をかけたけど、やっぱりよっちゃんは何も気付かず、旦那さんに「友だちが誰か紹介してほしいって」と私を口実にしたラブラブメールを打ち始めた。



裕二と出会ったのは、そのよっちゃん夫婦が開いてくれた「結婚報告パーティー」だった。結婚式を挙げなかったよっちゃん夫婦は簡単な食事会を、親族とはまた別に、お互いの友達を呼んで開き、そこに私の入場を許可すると言った形で約束を果たしてくれた。要は、場は提供するから自分で頑張れとのことだった。
私はそんな「女友だちがいる」みたいな場が初めてで、嬉しくも緊張して出かけた。でもやっぱり新婦以外に知り合いもいなかったし、お祝いを言った後はすることもなかった。ウロウロ手持ち無沙汰で、一通り食べたり飲んだりしたらやることがなくなって、トイレに行ったり戻ったりまたトイレに行ったりを繰り返していた。


「こういうパーティーってどれくらい時間が経ったら、帰っても失礼じゃないんだろう」と一刻も早く帰りたい思いと「このままなんの収穫も無く帰ってたまるか!会費も払ってんだし!」と既に会費分は充分飲み食いしてるけど居座り続けたい思いとがせめぎ合い、バーニャカウダを噛み締めた。


すると私と同じく一人手持ち無沙汰でウロウロしている男の人がいて、それが裕二だった。私と裕二はお互いに気付き意識しながら距離を詰めていき、裕二は私の斜向かいの席に腰掛けた。そしてお互い睨み合いを続け、お互いパーティーの最後までいて、一言も声を交わすことなく帰った。我ながら大人気ないが、同族嫌悪的なものが働いたんだと思う。


ちゃんと大人になったのは裕二だった。後日、よっちゃん経由で「月美ちゃんのこと気に入った人がいたから番号教えていい?」と幸せのおすそ分け❤︎に励む彼女に食らいつき、連絡先を交換してもらい、今度よっちゃんを含む3人で食事でもしましょうという事になった。
そのときのよっちゃんはバイトも寿退社しており「幸せだけど暇」という人の世話を焼くには最高の状態だったので、お言葉には全部甘えた。
因みに彼女はその後、色々あってその状態を維持することができず、双方忙しくて3ヶ月以上会ってもいないのに「あなたがそういう人だとは知りませんでした。これからはお付き合いを考えます」という突然の初LINEと共に、私と私の娘をクソほどイジメ倒すモードに入るのだが、まぁいいや。


それで、そんな躁転よっちゃんと私は精神科で診察を待っている間、作戦を練った。診察が終わった後、裕二が予約してくれたレストランに一緒に行こう。そして、その時のお互いの詐称プロフィールの確認、私はどうやら男を見る目がないらしいので結婚まで漕ぎ着けたよっちゃんのお眼鏡に叶うかどうかも見て欲しいとも頼んだ。ザックリ「任せて!」という彼女を全面的に信頼することに決めて、私たちはレストランに向かった。


裕二の予約したレストランはやたらめったら気合が入っていて、よっちゃんは「絶対良い人だよ!決めな!」と席に着いた途端、早急過ぎる結論を出してくれたのだが、私は緊張してその大き過ぎる耳打ちをスルーしただけだった。
裕二も緊張していて「この前は、ども」しか言わなかったが、会話が続くのかとの心配は無用だった。躁転爆進中のよっちゃんは話が止まらず、ほぼ「よっちゃんの演説を聞く会」としてこの集まりは進行した。お陰で、私は自分の詐称プロフィールをそんなに話すことなく済んだし、裕二の年齢・勤め先・独身寮に済んでいることは突き止めたし、私もよっちゃんの言う通り「絶対良い人じゃん!決めよ!」という気持ちになった。
裕二はよっちゃんに圧倒され、なんとかご飯をモグモグしながら、でもやっぱり圧倒され、「弱いんですが頑張って飲みます!」とアルーコールの力を借りてこの場に慣れようとしていた。



それなりに場が進み、「お化粧直して来まーす♪ニンニン♪」と細かすぎて伝わらないモノマネをかました私とよっちゃんは喫煙室に行き、作戦会議を再開した。「どう思う?」「絶対良いよ!」「じゃぁ、結婚したいって言っちゃおうかな」「ストップ!」躁転よっちゃんにまで止められるほど切羽詰まっていた私だが、婚活のパイセンは斬新な案を提供してくれた。「結婚記念日にしたい日があるっていうのはどう?」

クレイジー二人組から解放されたのも束の間、裕二は席に戻ったよっちゃんに切り出された。「月美ちゃんてね!昔から結婚記念日にしたい日付があるんだって!ね?!」
おいおい姉さん、そのパスをうまく返せる自信がないよ。絶対化粧直してないだろ、作戦会議モロバレだろ、と思いながらも「う、うん、、、えっと5月1日が私にとって特別な日で、、、。だからいつか結婚するなら、その日を入籍記念日にしたいなって昔から思ってます、、、」
突然の入籍記念日指定に裕二は当然困惑し「WHY?」を日本語で聞いて来たが、それは「なんで急にそんな話?」の意味であったろうが、私は「なんでその日なの?」と都合よく取り違え、「えーっと。昔飼っていたウサギが死んだり、祖父の命日だったり、、、」と超縁起悪そうな理由をごにょごにょと言った。


でも急に入籍記念日が思い付いたり、理由が縁起悪そうだったりするのもメンヘラ的には訳がある。それは自助グループのバースデー制度だ。自助グループでは「バースデー」という日が設定される。その日は「自分が生き直しを始めた日」であり、アルコール依存症なら断酒を開始した日、薬物依存症なら薬物を止めた日がその「バースデー」に当たる。その日を設定することで、「何日やめた」「何年やめた」とカウントでき、周りの仲間に祝ってもらえてモチベーションも上がる。スリップした場合は、またやめ始めた日からバースデーが始まりカウントをし直す。


そしてこの自助グループ(主に依存症)バースデー制度を応用したのが「ホーリーデー」だ。性被害や近親者の自死その他、自分にとってものすごく大変な事件が起きた日を、忘れるのでなく「ホーリーデー」として設定する。そのような体験は決して忘れる事が出来ず、更にその日付近になると季節の香りまでもがフラッシュバックの引き金になる。なので、そのことがあった日を「ホーリーデー」としてわざわざ意識的に祝う。そうすることで、事件当日の記憶に年々新しい記憶が割り込んでくる。事件を忘れることは無いが、新しい記憶も一緒に呼び覚ますことで、衝撃を薄める。そして、その日を意識することでいつも以上に自分を守って安全に暮らす準備を整えるのだ。


 
私の場合は後者の「ホーリーデー」に当たるのが5月1日。
でもさ!そんなこと言えなくない?!それでやっぱり私は何となく縁起の悪い理由を適当にごにょごにょ言ってみるんだけど、そこは躁転よっちゃん!本人的にはナイスアシストのつもりで「女って記念日大事だからねー。守らなかったら、後々ずっと言われて怖いよ〜」と、まだ付き合ってもいない私と裕二に力説した。裕二にとっては強迫神経症二人組みの脅迫的な恐喝である。


酔っ払ったよっちゃんが「ニッポンの政治」とやらを語り始めたところで丁度デザートタイムになり、一同はこの会を終え帰路に着いた。何故か私は二人に見送られ、裕二はよっちゃんを送って行った。マジで心配だったんだと思う。
帰宅してから、食事のお礼と共に「次は二人で会いましょう」とメールで提案すると「是非そうしましょう」と返ってきた。もしかしたらよっちゃんはここまで見越しての計算的な振る舞いだったのかもしれない。



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