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雑文(16)「サマーバケーション」

「あっ、なにか跳んだよ」と、モモイカオルが、クリハラノバラと、ヒメサキナナに、声を弾ませて、言った。
 クリハラノバラは、モモイカオルの眺める彼方を見て、鼻で笑って、言った。「なんも跳んでねえよ」
 ヒメサキナナは、クリハラノバラの眺める彼方を見て、モモイカオルに、言う。「跳んだら気づくと思うけど」
「嘘だと思ってるんでしょ」そう言って、後ろに座る左右の、クリハラノバラと、ヒメサキナナを、交互ににらみ、モモイカオルは、向き直るとじっとまた、眺める。
「サマーバケーションなんだから」
 クリハラノバラは、モモイカオルに、言う。「エーアイに任せろよ。エーアイが全てをよ、仕切ってんだから、わたしたちはサマーバケーションをエンジョイすればいいだろ? カオル」
「ノバラちゃんの言うとおり、わたしたちはサマーバケーションをさ、エンジョイするしかさ、ないわけなんだしさ」と、ヒメサキナナは、クリハラノバラに、続いた。
「わかってるって、そんなことはさ。でもさ、というか、サマーバケーションって言ってもさ、年じゅう常夏なんだから、サマーと言ってもそれはサマーじゃないし、バケーションと言ってもバケーションじゃないんだよ」
「なに言ってんだよ」と、クリハラノバラが、笑った。
「カオルが言いたいことはわかるけど、わたしたちは、エーアイに任せて、サマーを、バケーションを、エンジョイする。それしかないんだよ」
「エンジョイ、エンジョイって、なにをエンジョイすればいいのか、わたしにはわからない」
「カオル、エンジョイしすぎて、おかしくなったのか」クリハラノバラが、また笑った。
「ノバラちゃん」と、さすがに、ヒメサキナナは、クリハラノバラに、言うが、それ以上は言葉が続かず、言えない。
「富士山の山頂で海水浴」
「急になに?」と、モモイカオルは、振り返った。クリハラノバラの急な状況説明に、さすがのモモイカオルも困惑顔だ。
「わたしたちは富士山の山頂でさ、サンダル履きで、海水浴をエンジョイしに来たんだぜ。サマーを、バケーションしに来たんだ」
「エーアイが、わたしたちの代わりに、ワークしてるからでしょ、それは」
「だったら、わたしたちがすることは、エーアイに感謝してさ、精いっぱい、浴びるほどさ、エンジョイする他ないだろ? 違えのかよ、カオルさんよ」
 モモイカオルは、言葉を選び、選んだ言葉を、クリハラノバラに、言う。「エーアイの指示のままに、わたしたちは富士山の山頂でさ、海水浴をエンジョイしてさ、なにがたのしいのか、わたしにはわからない」
「なにか跳んだって言うのが、たのしいのかよ、カオルは」
「少なくとも、エーアイの指示じゃない、わたしの考えで、それをたのしんではいるよ」
 クリハラノバラは肩をすくめた。
 モモイカオルはそれをにらんだ。
「カオルも、ノバラちゃんも、そこまで。せっかくのさ、サマーバケーションがさ、台無しになるじゃない」と、さすがのヒメサキナナも、クリハラノバラとモモイカオルに、口をはさんだ。
「またな、なにか跳んだら教えてくれ」そう言ってクリハラノバラは、黄色い砂浜に、寝ころんだ。
「海の生物は半世紀も前に絶滅したから、なにかいるとは思えないけど」と、ヒメサキナナは言い、モモイカオルは、「ありがとう。なにかまた跳んだら、教えてあげる」と言い、笑った。

 富士山の山頂に漂着した、モモイカオル、クリハラノバラ、ヒメサキナナ、たちは、所々錆びて、ヒビの走った白塗りの肌は黄変し、ポリカーボネートの骨格は脆く、歩行の機能はもはや失い、エーアイの中枢機能のある、強化プラスチック囲いの半球体の頭部だけが現役で、思考はまだ、プログラミングされた当時のままで、ハイスクールガールのフレンズ設定を頑なに護り、地球の異常な温暖化による海面上昇の産物、黄砂におおわれた富士山頂に、そこにいた。
 
 モモイカオルが、言う。「わたしたち、なんのために、こんなことしてるのかな?」
 モモイカオルの素朴な疑問に、クリハラノバラが、言う。「んなこと、どうでもいいんだよ。サマーバケーションだ。わたしたちは、サマーバケーションをさ、エーアイに指示されたままに、エンジョイすればいいんだよ。だろ? ナナ」
「そうだよね、ノバラちゃん。わたしたちにできることは、いまをエンジョイすることだけ、それしかない、と、わたしは思うな、カオル」
「そうかな」と、モモイカオルが、そう言うと、モモイカオルが、あっ、と、急に叫んだ。
「なにか跳んだか」クリハラノバラが上体を起こし、モモイカオルが眺める先を、眺める。ヒメサキナナも、クリハラノバラが眺める先を、眺める。
「なにか跳んだよ」と、モモイカオルが、クリハラノバラと、ヒメサキナナに、声を弾ませて、言った。
 

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