鈴木宗一郎 小説家

有限会社白河馬の代表取締役社長。日本文芸創作協会理事。「月刊アヒル」にて怪奇小説「ひゃ…

鈴木宗一郎 小説家

有限会社白河馬の代表取締役社長。日本文芸創作協会理事。「月刊アヒル」にて怪奇小説「ひゃくやっつ」を連載中。趣味は休日に息子とふたりで海釣りに行くこと。好きな食べ物はシュークリーム(極度の甘党)。最後に、このプロフィールはフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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雑文(21)「家中華」

 茉莉花の匂いが香った。  といっても僕はほんとうの意味での茉莉花の匂いを生涯で一度も嗅いだことがなかったから、ほのかに漂うその匂いが茉莉花であるか、ほとほと自信がない。持病というか事故でというか、背中に走る痛みを我慢する僕にはさほど関係ない些細なことなのだけれど、椎間板ヘルニアが悪化して、コルセット締めつけの息苦しさで出掛けるのが億劫になってこうなった。  こうとはつまりだ。家中華だ。便利な世の中になったもので、スマートフォンに宅配アプリをインストールすると註文から配達完了

    • 雑文(25)「結婚免許更新センター」

      結婚免許更新センター  失効期限の間際に慌てて、ほとんど失効寸前に免許更新に来るから、平日というのに館内は三連休初日の東京ディズニーランド園内でアトラクションに乗るのを待つ4時間待ちの長い行列が続き、私たちはちょうど中頃だろう、手巻きの純12金腕時計でいまの時刻を確認すれば並んでちょうど2時間経っていた。  東京ディズニーランドと違うのは、ミッキーマウス、ミニーマウス、ドナルドダックの着ぐるみを着た従業員たちが居ないのはそうだが、並んでいる客層がほとんど老夫婦で若い世代の夫婦

      • 雑文(24)「グレー・パーカーばかり着ていると」

         淹れたてのキリマンジャロ・コーヒーは、淹れてからだいぶ、というか三十分以上経つから、それはもう淹れたてではなくて、室内の空調機から出てくる冷ややかな風に冷やされ、湯気を奪われ、熱を失い、それは冷めはじめていた。という些か不本意な、せっかくの淹れたてを妻に提供したのだけれど、それは僕の行きすぎた気づかいだったのかもしれないし、たんなる気まぐれで妻は、僕の提供したキリマンジャロ・コーヒーに一口も口をつけないのかもしれないけど、妻にたずねないとほんとうのところはわからない。  ソ

        • 再生

          懐かしさしかない

          僕が工業高校に通っていた時は周りが皆んなこうだったから恥ずかしさはなかったけど、いまやると、たぶん毛量が足らないと思うけど、この間地元で久々に同窓会やった時、何人か懲りずにまだこだわって髪型キメてたから、僕には懐かしさしかない髪型だし、できればやりたいけどもう無理なのはわかってるけど、地元の友だちと河川敷きをだらだら、マイルドセブン咥えながら帰った夕暮れが懐かしい。

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        雑文(21)「家中華」

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          雑文(23)「回転小説」

          「回転小説、行こっ」って、小学生になった可愛いざかりの一人息子に言われたら、回転小説へ行くしかないのが、一人息子を持つ父親の心情だろう。  回転小説屋に着くと、なにやらキャンペーン中らしく、一人息子の瞳はきらきら輝いているのが遠目からもわかり、わたしは嬉しくなる。  店に入ると、タッチパネルで席を予約し、しばらく待っていると店員に待ち受け番号を呼ばれて、わたしと一人息子は席を立ち、愛想笑いの男性店員の後に付いていき、案内されたテーブル席に一人息子がすわって、向かい側にわたしも

          雑文(23)「回転小説」

          雑文(22)「亭主淡白」

          「生活保護扱いですから、生活に不自由なく借金とかお金に困る悩みはないんですが、亭主がどう思ってるのか、それだけが気がかりで」と、奥さんは、右隣りにいる飼育員の男に、顔を向けずに、口ごもった。 「えら呼吸ですから、会話はもうできませんが、鈴木さんの旦那さん、和雄さんでしたか、お子さまにそれは人気で、かずちゃん、かずちゃんって、笑顔で手を振られて、和雄さんもまんざらじゃない感じですし、それに女性ダイバーさんとも仲良くやってますし、奥さまがご心配なさらずとも、和雄さんは明るく泳いで

          雑文(22)「亭主淡白」

          雑文(20)「ノーヘルじゃないっす」

           警官の男が、一台の原付バイクを停めた。 「ノーヘルだよね?」と、気さくに、警官の男は、原付バイクに載る男に、そう言ったが、男は、警官の男の目を見て、言う。「ノーヘルじゃないっす」 「ノーヘルだろ」半ば呆れぎみに、警官の男は、男に言うが、男は、「ノーヘルじゃないっす」と、言うだけだ。  警官の男に、男は、両手で頭部を持ち上げ、「ノーヘルじゃないっすよね?」と、たずねると、警官の男は、男に、「ノーヘルじゃないっす」と、気さくに、そう言えば、男は、警官の男に、笑って、持ち上げた頭

          雑文(20)「ノーヘルじゃないっす」

          雑文(19)「異次元のウクライナ支援策」

          「そりゃあ、結果論だがよ、大成功だったんだろうなあ」と、佐藤くんが、ハイボールサワーの中ジョッキ瓶片手に、僕に笑った。 「ホロライブにしか興味がなかったおまえがよ、まさかだよ」僕は頭を抱えて、言った。「まさに異次元だ」  うしししと、黄ばんだ歯を見せて、佐藤くんはまた笑った。 「越えたねえ」佐藤くんはしみじみと僕に、そう言った。 「むしろよかったのかもな」僕は言う。「どうしてもそういう目で見てしまうから。だから、よかったんだろうな」 「それもある。というか、それだけか」幸せげ

          雑文(19)「異次元のウクライナ支援策」

          雑文(18)「待って、ベア」

           参加しなくていいんなら、参加しなかったんだけど、妻が、参加しなくていいよって、笑って、というか、非常識だから、短くそれだけ言われて、僕は結局、参加しなければならなかった。  堪えていた。  今年29になった娘に、弱いところを見せたのは、29年間一度もなかった。中学一年生で反抗期になった娘をはじめてキツい口調で叱った時も、僕は父の厳格さを崩さなかった。  大スクリーンに映った、娘の友人たちが贈るビデオレターに、あいつ愛されてんだな、と、僕は、心が温かくなったが、腕を組んで顔を

          雑文(18)「待って、ベア」

          雑文(17)「コンビニ男」

          「顔を見れば」僕はそこで言葉を置いて、一呼吸の後、言葉を続けた。「自分で言うのもあれなんだけど、直感が鋭いから一目見て、わかったよ。この娘は、僕に好意を抱いてるって、わかったんだ」 「それ、自信満々に自分で言う?」妻が、僕の顔をじろじろ見て、笑う。 「だからことわったんだけど。でさ、その娘、会計の時にさ、妙にテキパキ商品をビニール袋に入れてくれてさ、釣り銭渡す時もハキハキして、目を見ればキラキラ潤んでいてさ、わかるだろ?」 「惚れてるねえ。女の私が言うから、まず違いないと思う

          雑文(17)「コンビニ男」

          雑文(16)「サマーバケーション」

          「あっ、なにか跳んだよ」と、モモイカオルが、クリハラノバラと、ヒメサキナナに、声を弾ませて、言った。  クリハラノバラは、モモイカオルの眺める彼方を見て、鼻で笑って、言った。「なんも跳んでねえよ」  ヒメサキナナは、クリハラノバラの眺める彼方を見て、モモイカオルに、言う。「跳んだら気づくと思うけど」 「嘘だと思ってるんでしょ」そう言って、後ろに座る左右の、クリハラノバラと、ヒメサキナナを、交互ににらみ、モモイカオルは、向き直るとじっとまた、眺める。 「サマーバケーションなんだ

          雑文(16)「サマーバケーション」

          ずいぶん昔の話で恐縮ですが、文学部の恩師がよく仰っていたのですが、文章はバランスだと、抽象的で具体的な文章が名文で、どちらかに偏ると悪文だと、短すぎず長すぎず、読み易すぎず読み難すぎず、兎角バランスが肝要なんだと、今でもよく思い出すのですが、言葉の繰り返しが多いと、御健在なら叱り

          ずいぶん昔の話で恐縮ですが、文学部の恩師がよく仰っていたのですが、文章はバランスだと、抽象的で具体的な文章が名文で、どちらかに偏ると悪文だと、短すぎず長すぎず、読み易すぎず読み難すぎず、兎角バランスが肝要なんだと、今でもよく思い出すのですが、言葉の繰り返しが多いと、御健在なら叱り

          雑文(15)「チョコザップ」

          「チョコレートは細胞を活性化し、脂肪を燃焼するんだよ」と、君は真顔で言うから、僕はたまらず、「あいつにもそう言ったんだろ」と、半ば呆れ気味に、言う。 「信じてたよ」と、君。 「信じたんだよ」と、僕。 「信じるかな、フツー」 「信じるんだよ、君が言ったから、あいつ信じて、チョコレートばっか食ってるって、おれに自慢してたぞ」 「笑ってた?」 「笑ってた。幸せそうに笑ってた。なにかあったのか? って、おれが訊いても、あいつなにも答えなかった。よっぽどいいことがあったんだと思っていた

          雑文(15)「チョコザップ」

          雑文(14)「心の在り方」

           世界的に著名な心理学者の男が聴衆に向けて、語った。 「近年の常識ですが、かつてフロイトやユング、アドラーが提唱した心理学は現代ではいささか古い考え方、どちらかと云えば古典、もっと云えば非科学的な夢の物語と云う学者も現に居ますが、それではそれが完全な嘘かと云えば嘘だと完全に否定できる方を私は存じ上げておらず、それほどに魅力的な考え方だから皆さんが知るように広く世界で彼らの考え方は歓迎され、心理学の基礎を築いた御三方であるのを私のような三流の学者が否定できるはずがありません」

          雑文(14)「心の在り方」

          雑文(13)「脂肪発電」

          「円安が進みすぎたせいよ」と、妻は言った。 「会社の先輩がそれで連行されたんだぞ」と、おれは言った。 「減量する機会はあったでしょ」  いつに増して妻の指摘は鋭い。 「厳しくないか?」 「他人事じゃないでしょ、あなたも」  おれは、おれの腹まわりを見て、顔をまた上げた。 「まだ燃えたくないよ」 「燃料がないんだから」 「政治家みたいな口ぶりだな」 「事実よ」妻はそう言って、痩せた頬をさすった。おれより妻は背は低くく、同性の中でも平均より低い方だが、それでもこうだ。 「反論した

          雑文(13)「脂肪発電」

          雑文(12)「檻」

           鼻のちょうど右横、ちいさなイボのある上らへんだった。  人差し指を伸ばして、後ちょっとだが、後ちょっとがものすごく遠くに感じられ、絶望にわたしは額に汗を滲ます。  脂汗だろう。きっとイボの澱に汗が溜まって、かゆみのある炎症を肌におこして、わたしを苦しめる、きっとそうだろう。  後ちょっと、後ちょっとだった。檻を被っているから、檻のわずかな隙間に人差し指をねじ込み、人差し指の爪の先の先で、掻いてやろうと目論んだが、目論みは外れて、掻けずじまいである。わたしはこのまま鼻のちょっ

          雑文(12)「檻」