映画業界 ハラスメント体験記【奴隷日記#10】
訣別の狼煙、周到なJ太郎!
前回の記事から数日が経った日のこと。この日は現場へアキさんだけを送っていった。その後、私とJ太郎は別シーンの家の掃除に向かった。清掃の他に、仕込みの美術(家具)を買い出し、運び込んだ。ずっと愚痴を吐いてはいたが、作業だけは手を止めず続けていた。そんな我々は、反逆の狼煙を上げる。
この日、アキさん抜きでの作業途中、ナガサワさんが遊びに来る。彼も美術助手としての仕事がない一人だった。実際には仕事はあるのだが、何度も言うように、ギャラを払いたくないが為に、不遇な扱いを受けていた。
ナガサワ「いつもこんな感じなの?その日の気分で現場行かせないとかさ」
J太郎「いつもですよ、その度に殴られて」
ナガサワ「殴られるの!?嘘でしょ?」
J太郎「誰も見てない時にやりますから」
ナガサワ「最低だな。学生の延長で、仕事やりやがって」
産学の時の同じく、アキさんはナガサワさんやオシオさんの前では殴らなかった。プロデューサーが来る時は、「俺が恥ずかしくないようにキビキビ動け」と釘を刺し、決してそんな姿を見せなかった。そんなアキさんの話で盛り上がった我々は、この日初めてナガサワさんと卒業制作の話になる。
ナガサワ「ピンクやってんだって?」
私「ピンクってわけではないんですけど」
ナガサワ「いいよね、一度手伝ってみたいんだよ。去年のやつ、ディスク送ってよ」
J太郎「ナガサワさん、美術貸してくれませんか。ナガサワさんの凄かったですし」
と、うまく話を運ぶ。実際、飲み代で美術予算が圧迫して以降は、不遇な扱いをしているにも関わらず、アキさんはナガサワさんの私物に頼っていた。ナガサワさん所有の倉庫には、ガラクタの如く、美術に使える家具や小物が、所狭しとびっしりあった。J太郎は、それを自分たちの卒業制作で借りられるなら、アキさんの介入なくとも、完成させられると考えたわけだ。
ナガサワさんは快く受け入れてくれた。さらに、現場にもいくよと話しては、ピンク談義に花を咲かせた。J太郎の狡猾さに笑いが溢れたが、これでようやく訣別の目処が経つ。私とJ太郎は、最後の最後まで訣別を口にはしなかったが、二人ともこの時点で、思うことがあったのは間違いない。
再び舞い戻る、大忙しの美術仕込み
楽しかった時間はすぐに過ぎ去る。アキさんからの緊急呼び出し。
アキさん「今すぐ戻ってきてくれ」
すぐに現場へ向かう。ナガサワさんは、帰宅した。昼飯を食い終えたアキさんは、現場をオシオさんに任せ、ようやく仕込みに繰り出した。思い出せば懐かしい、クランクイン前の仕込み。それと同様のことがここから3日間繰り返される。その間も現場は続く。 J太郎は、オシオさんだけでは手が回らないシーンのみ、現場に参加し、それが終われば仕込みに向かうという日々。そのたびに迎えにいくロスが追加され、この3日で走行時間16時間、距離は500kmを超えた。
土地勘のなかった愛知入り当初とは異なり、この頃はナビなしで動くことができるほどに、地図が頭に入った。何度もピストン運動を繰り返し、小物が運び込まれ、作業は急ピッチで進んだ。その3日目のことである。監督チェックを明日に控え、無事目処がつき始めた日のこと。
その日は23:00頃に現場が終わる。私とアキさんは、現場を終えたJ太郎を迎え、宿坊に帰ろうとしていた。その日も、恒例のように飯を食えていなかった私が、腹を鳴らしてしまったばかりに・・・
状況の整理
この時期は、説明したようにJ太郎は現場に行ったり、仕込みに戻ったり。アキさんは仕込み場所で、装飾を施し、時に現場に戻ったり。私は外で使いっ走りと、彼らの送迎をひたすら行うという構成だった。J太郎は現場の弁当を食べ、アキさんは仕込み場でコンビニ飯。使いっ走りの私は、買っては戻り、買っては戻りの連続で、飯を食う暇などなかった。朝食に無けなしの500円でおにぎり3つと水を買ったきり、以降は何も口にしていない。
涙の1000円事件!怒りは突然に
そういう状況での出来事である。話を戻そう。腹を鳴らした私に、アキさんはようやく気づく。
アキさん「ドウ!悪い!飯食わせてなかったな」
私「いえ、別に大丈夫です」
アキさん「今日はラーメン屋行きたいなぁ」
こうして、現場終わりでクタクタのJ太郎を乗せ、我々はラーメン屋探しの旅に出かける。新型コロナウイルスが話題になり始め、次第に日本でも感染者が増えてきた時期だ。プロデューサーはじめ、制作部は”外食禁止命令”を出していた。ずっとコンビニ飯で我慢してきたアキさんも、痺れを切らしたのか、外食に踏み切る。しかし、問題は金銭事情だ。外食禁止命令下では、外食の食費は制作部から支給されない。だからと言って、圧迫していた美術予算で飯代を払うわけにはいかない。苦渋の決断のアキさんは、自腹を切ることを決断する。問題はそこだ。
アキさん「お前は自腹やぞ」
とJ太郎に話す。冗談だと感じていたJ太郎は、笑いながら「じゃあなんでも食えますね」と返す。これに気を悪くしたのか、どうか。
アキさん「ドウは俺が奢るから何でも食え」
と言ったので、全く気を使わず一番高い定食を頼んだ。ラーメンと半チャーハン、唐揚げと餃子のセット。J太郎はラーメンと半チャーハンの1000円のセットを注文した。
アキさん「お前、財布あるんか?」
J太郎「え、いやいやいや」
と笑っていたので、尚更冗談だと感じていた。が、食べ終わり会計の折、先に出ようとした私とJ太郎を睨む。
アキさん「おい、J太郎。金」
と、本当に自腹を宣告する。驚いた私であったが、J太郎は意地を張る。
J太郎「わかりました。金下ろしてきます」
アキさん「ええわ、先出とけ」
〜車内での会話〜
アキさん「お前、金もないのに飯食ったんか」
J太郎「すいません」
アキさん「それ食い逃げって言って、犯罪やぞ」
J太郎「宿坊戻ったら払います、すいませんでした」
アキさん「謝ったら許されるんか?お前は甘すぎじゃ。ずっと甘い。仕事もろくにできんし、飯の食い方も汚いし。やっぱり親が悪いんやな。お前の女も」
と親や恋人への悪口とも言わない最低の言動を行う。
J太郎は話を早く終わらせたかったろう。たらふく食った私も、この言動には気分が悪かった。私だけ払われ、J太郎だけ払われない。中学生のいじめのような状況、その後の人格否定と周りの人間までもの否定。本当に気持ち悪かった。
結局、宿坊に戻るとアキさんは、金を受け取らないまま眠りに入った。J太郎は、金を下ろしたものの、眠る人間を起こすわけにはいかず、そのまま寝た。
翌日の出来事
起きたアキさんは、現場に向かう道中、J太郎に告げる。
アキさん「お前、1000円は?」
J太郎「はい、(渡しながら)昨日はすいませんでした」
アキさん「やっぱ、言わな渡さんもんな。卑怯な人間や。大体、宿戻ったらすぐ払わんかい。逃げれると思うなよ。そういうところが甘いんじゃ、ボケが」
と朝から貶し始める。J太郎にそんな意図はなかった。事実、前日の夜にも「向こうが断っても絶対に払う。今後も飯代は自分で払う」と私に言ったのだから。だが、アキさんはとにかく貶し続けた。
その1000円は、自分の財布に入れるのは”汚い”からと、窓を開けて捨てようとした。
J太郎「あ〜!俺の1時間分が!」
と冗談まじりに小さく叫ぶと、アキさんはその1000円をハイエースの天井に貼り付けた。
アキさん「お前のバイトの時給か」
J太郎「・・・はい」
アキさん「お前の時給なんか、ゴミみたいなもんや。映画ってのは1000円1万円、ゴミのように使うんや。お前のこの1000円、いかにゴミみたいなもんか。俺は金が無くて、お前に払わしたんとちゃう。お前は金をわかってない。たった1000円ぽっちを気にして、映画やれると思うなよ」
と再び貶し始めた。全く理解できなかった。人が渡した金を、捨てようとする行為も、1000円を”ゴミ”扱いするのも。確かに、映画では多くのお金が使われるが、誰一人1000円をゴミに感じていないだろう。そう信じたい。
次回予告
ついに次回は、我々が決定的に縁を切ることになった、現場終わりの居酒屋での出来事を描きます。この居酒屋での一件の翌日、私とJ太郎はアキさんとの関係を解消することを決めるのです。
次回の記事では、事実をありのままに伝えるために、アキさんの発した差別用語や暴力描写が多く出てきます。気分を害する可能性があるので、あらかじめ周知させていただきます。
ここからは、有料記事ながらも毎回購入が後を絶たない、大好評の会話形式のインタビュー取材を書きます。前回は産学協同映画『虹の彼方のラプソディ』を振り返ったインタビュー取材を、会話形式で進めました。この映画を通してのJ太郎の思いや、今書いている商業現場へと至るまでの状況が詳しく描かれています。また、話の流れ上、今回の商業現場の具体名も出ています。気になられる方がいましたら、ぜひご検討お願いします。
今回は、今書いている愛知の一連の商業現場でのことを振り返ったインタビュー取材です。あの時、彼がどう思っていたのか、そして、周りの反応に何を感じたのか、そういう話になっています。購入費用は全額、スタジオカナリヤというJ太郎や私が属するグループでの映画制作に、充てさせていただきますので、ぜひご検討ください。
また、サポートも随時お待ちしております。少しでも応援したいと思ってくださる方がいれば、我々も心強い限りです。ご検討お願いします。
ーじゃあまず愛知に入ってすぐの話から始めようか。まず着いたのが宿坊やったね。
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