コーヒーとわたしの話 2


つい最近ハンブルクに行って、とてもおいしいコーヒーを飲んでしまった。
もちろん、豆を買いました。



ドイツに来て一ヶ月ほど経った頃、わたしは通っている語学学校の近くにひとつ行きつけの売店を見つけた。
小さい売店で、トルコ系のおばちゃんとおじちゃんがやっているお店。ドリンクやお菓子、新聞などはもちろん、ケバブや小さいハンバーグみたいなものも売っていた。少しごっちゃりしたお店だったけれど、それがなんとなく居心地よかったのでわたしは授業の前、そこでほぼ毎朝コーヒーを買っていた。

朝、お店には大抵お客さんはいなくて、おばちゃんが一人でお店にいる。
店の入り口をくぐるとよくわからない入店メロディーが流れる。「Hallo」と挨拶を交わして、コーヒーを買う。1.2ユーロ。
コーヒーを待つ間、隣にバサバサと積んである新聞の天気欄に目をやって、今日の気温をおばちゃんとチェックする。「暑いね」「嫌だね」なんて言っているうちにコーヒーが出来て、あるいは他のお客さんが入って来て、わたしは「Danke, Tschues(ありがとう、またね)」と口にしてお店を出る。

語学学校に通っている間の約三ヶ月間ほど、毎朝のコーヒーは続いた。
当時住んでいた部屋にコーヒーメーカーがあったのだけれど、わたしの面倒くさがりな部分が全開したために、結局それを使うことはなかった。

正直言って、そこのコーヒーがとてもおいしかったというわけではない。
でもわたしはほぼ毎朝、その売店でコーヒーを買い続けた。


語学学校に通うのを辞めたのは、八月の終わりだった。
わたしはその朝もいつも通り、そのお店でコーヒーを買った。その日に限っておばちゃんはいなくて、いたのはおじちゃんだった。おじちゃんからコーヒーを買って、クラスに向かった。テストの結果を受け取って、当時の担任とクラスメイトとおしゃべりとして、お菓子を食べて、写真を撮って、解散した。
それを境に、わたしはその売店へ行かなくなった。
単純に語学学校がある方面へ行く機会がなくなったからだ。

学校が終わったあと、すぐに新しい住居に引っ越した。
近くにコーヒー屋さんや売店があったけれど、わたしはそこに通わなかった。代わりにスーパーでインスタントコーヒーを買って、家ではそれを飲んだ。

あのお店に行かなくなってから丸三ヶ月が経った。
わたしはまた引っ越した。
新しい家では、わたしは自分で豆を買って、それを飲むようになった。好きな種類の豆を買ってきて、ミキサーで挽いてエスプレッソメーカー、またはドリップにしてコーヒーを淹れる。
学校に通わなくなって時間に余裕が出来た今、外でわざわざコーヒーを買うことはほぼない。時々、喫茶店に入って飲むくらいだろうか。

正直、自分で淹れるコーヒーはあのお店で買っていたコーヒーよりもおいしい。安上がりだし好みの濃さに出来るし、いろんな種類の豆を試せる。


時々、あの小さな売店のコーヒーが無性に飲みたくなる。
少し酸味が強すぎて、舌触りもザラザラしたコーヒー。入り口に置いてある砂糖と牛乳を、好きなだけ入れて飲むコーヒー。「Danke, Tschues!」と言って受け取るコーヒー。

多分でも、もうあの売店には行かないだろう。


先ほど入れたコーヒーを啜りながら、ふと考える。
今日は豆を少し多く入れ過ぎて、ちょっと濃い。牛乳を多めに入れた。自分の部屋でマグカップを持ちながら、この文章を書いている。

最後に会えなかったおばちゃんは、元気だろうか。
今もまだ、あの売店では多分あのコーヒーが売られていて、新聞がバサバサと無造作に積み上げられているのだろう。あの頃と比べて、最近の気温はぐんと下がった。
入り口にあった牛乳と砂糖。時々、牛乳を入れようとしたらすでに容器が空っぽで、おばちゃんに言って新しい容器を出してもらった。

ちょっと酸味が強すぎるザラザラのコーヒー。
今もあのまま売られていればいいな、と思っている。

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