患者数の目標ってどうやって立てるの?|将来推計患者数を分析しよう(後編)
はじめに
「病院・介護施設のはじめての外部環境分析」と題して、病院・介護施設の外部環境分析の方法について解説しています。
これから医療介護経営に関わる方、はじめての外部環境分析に挑戦したい方に向けて、出来るだけ分かりやすく解説していきます。
前回は、「今後、患者数は増えない!?|将来推計患者数を分析しよう(中編)」と題して、入院と外来の需要の違いや、高齢者増加により増えるはずの患者数が実際には増えていない理由についてデータを用いながら解説しました。今回は、将来推計患者数を分析しようシリーズの最終回として、「患者数の目標ってどうやって立てるの?|将来推計患者数を分析しよう(後編)」について解説していきます。
データから何を得るかが大事
ここまで将来推計患者数というテーマで、その算出方法や見方をご紹介してきましたが、ただデータを算出して確認しても、そこから何かを得られなければ意味がありません。
データを見るときに大事なことは、そのデータから何らかの実務的なヒントを得ることです。私の場合、医療介護経営に関わっていますので、経営のヒントを得るためにデータ分析を行います。
今回は、将来推計患者数のデータから経営のヒントを得るための3つのコツをご紹介します。(3つめのコツでは、患者数の目標の立て方についてもご紹介します。)
【前提】診療科別の将来推計患者数を算出しよう
おさらいになりますが、将来推計患者数は「受療率×将来推計人口」で算出しました。
受療率とは、人口に対して特定の傷病になっている人がどれだけいるかを表した数値です。厚生労働省が3年に1回実施している「患者調査」のデータを利用します。
この推計方法の場合、受療率が特定の傷病に対するものであるため、将来推計患者数も傷病毎に推計されることになります。
しかし、病院経営を考える場合、傷病別で考えるよりも、診療科別で考える方が、データとしては活用しやすいものになります。「内科を受診する患者が地域内で何人いる」などの方が経営視点では分かりやすいですよね。
そのため、傷病別で算出した将来推計患者数を、診療科別に置き換えます。そこで参考にするのが、各傷病の患者が、どの診療科に受診しているのかを調査した結果です。厚生労働省が行う患者調査の一環で調査されました。(1999年に調査されて以降、調査されていない為、データとしては古いものになることが難点です。また調査されることを望みます・・・。)
例えば、「Ⅹ 呼吸器系の疾患」の方が入院する場合は、内科の医療機関で入院する人が約58.6%、小児科の医療機関で入院する人が約13.4%、呼吸器科の医療機関で入院する人が約12.8%という比率になっています。「Ⅹ 呼吸器系の疾患」の方が外来で受診する場合は、内科の医療機関で受診する人が約37.2%、小児科の医療機関で受診する人が約28.2%、耳鼻咽喉科の医療機関で受診する人が約20.5%という比率になっています。
※図をクリックするとBIツールに遷移します。より詳細を確認したい場合は、ご活用ください。
各傷病の患者が、どの診療科に、どの程度の割合で受診しているのかを考慮して、推計患者数を計算し直すことで、診療科別の将来推計患者数を算出できます。
以降は、診療科別の将来推計患者数を利用して、経営のヒントを得るための3つのコツをご紹介します。
【コツ1】大枠を確認してから詳細をみる
「木を見て森を見ず」という言葉があります。細かい部分にこだわりすぎて、大きく全体や本質をつかまないことを表しています。森に迷い込んで迷子になるイメージに近いでしょうか。空から森全体を見てみると、今どこにいて、どこに進めばいいのかわかりますが、森の中で木を見ていると、今どこにいて、どこに進めばいいのかわからなくなります。
データ分析においても、細かい部分に捉われてしまい、全体や本質が見えなくなってしまうことがあります。経営のヒントを得るためには、まず最初に大枠を把握し、その後、詳細を見ていくということが大切です。
以下のグラフは、全診療科の入院患者数の推移を示したものです。左側の青色の一本の折れ線グラフは、将来推計入院患者数を示しています。右側の複数の線がある折れ線グラフは、詳細を示したもの(傷病分類別の患者数の推移)です。
まず、全体を見るために左側の図から確認します(下図①)。すると2030年頃まで全体としては入院患者数は増加し、その後、緩やかな減少傾向になることがわかります。
続いて、右側の傷病分類別のグラフ(下図②)を見てみます。
多くの傷病において2030年頃まで入院患者数が増加し、その後横ばいになっていくことがわかります。各傷病別の動きと、全体の入院患者数の推移の動きが連動していることがわかります。
しかし、他のグラフとは異なる動きを見せている特殊な傷病も確認できます。上から2番目の薄緑色の線です。この線は、「V 精神及び行動の障害」の将来推計入院患者数を示したグラフです。「V 精神及び行動の障害」の将来推計入院患者数は、他の傷病ほどの上昇傾向は示さずに、2025年以降減少していくことがわかります。
「V 精神及び行動の障害」の将来推計入院患者数の変化に対して、最も影響を受けるのは精神科です。BIツールのフィルタ(下図③)で、精神科に絞り込んでデータを確認してみます。
精神科の将来推計患者数は、全体的な傾向とは異なり、2025年以降、患者数の減少が始まり、2045年には現在の患者数を下回る見込みであることが分かります。
このように順を追ってみていくと、精神科が他の診療科に比べて、特殊な市場環境にあり、他の診療科とは異なる戦略を検討する必要があることがわかります。いきなり精神科だけを見てしまうと、このような全体の傾向との比較はできなかったかもしれません。
全体を見てから詳細を見て、また全体に戻ってみるという繰り返しをしていくことで、データの詳細や関係性を理解していくことができます。
作成したBIツール上では、入院の推計患者数だけでなく、外来の推計患者数も確認できます。また、都道府県や市区町村で絞り込んでデータを確認することもできますので、ぜひ、BIツールを触って、ご自身の関係する診療科、地域の外部環境について調べてみてください。
【コツ2】他のデータと比較する
データから経営のヒントを得るためには、データを他のデータと比較することも必要です。
特定の地域や診療科を分析しようとすると、どうしても調べる対象のデータだけに注目してしまいがちです。しかし、調べる対象のデータだけをじっと見ていてもそこから経営のヒントは得にくいものです。
他のデータと比較することで、対象の地域データだけを見ていても気づけなかったことに気づくことが出来ます。データを分析する場合、2つ以上のデータを比較するという視点が、基本となります。
入院患者数の推移を地域別に比較したグラフを見てみましょう。ボリュームの異なるグラフを比較してみるために、2015年時点の患者数を100%として、変化率を指標化しました。
※図をクリックするとBIツールに遷移します。より詳細を確認したい場合は、ご活用ください。
左側の①では、都道府県別に変化指数をグラフ化しています。中央の②では、市区町村別に変化指数をグラフ化しています。右側の③は各種フィルタ・ハイライトになります。フィルタで地域を絞り込むと対象地域だけがグラフ化されます。ハイライトで地域を選ぶと、他の地域データを残したまま選択した地域が目立つようになります。(スマホだとフィルタがうまく機能しないことがありますので、可能であればPCでご利用ください。)
例として、①の都道府県別の変化指数を確認してみましょう。グラフを見てみると、縦軸は80%~140%まであります。2015年を基準にした場合に、140%程度まで入院患者数の増加が見込まれる県がある一方で、80%程度まで減少が見込まれる県もあるということです。
ちなみに、グラフの中で一番上に位置する最も入院患者数が増加する県は、「沖縄県」です。高齢者の伸び率が大きく入院患者数も増加していくことが見込まれています。
病院の患者数を見込むにあたって、人口動態の変化による大局的な影響は避けようがありません。全国的に見て、患者数が増える地域なのか、減る地域なのかで経営戦略は変わります。
患者数が増える地域の場合、積極的な医師確保や増床、集患を行うことが効果的ですが、患者数が減る地域の場合、機能転換やダウンサイジング、コスト削減による効率運営等が必要になります。
自身の地域が全国的にみて、患者が増える地域と言えるのか、減る地域と言えるのか、ぜひご自身で確認してみてください。
【コツ3】データボリュームを等身大にしよう
ここまで全国や県別等でデータを見てきましたが、データボリュームが大きい場合、大局観は掴むことができますが、意外に、具体的な戦略に落とし込むのは難しいものです。一方で、データを経営に生かす場合、いかに具体的な戦略に落とし込むかが重要になります。データボリュームを等身大にしてみることで、具体的な戦略策定に使えるようになります。
例として、埼玉県川口市の精神科の外来患者数について、考えてみましょう。
外来患者数の推移のBIツールを使って、都道府県を埼玉県、市区町村を川口市、診療科を精神科の外来患者数の推移を確認できます。
ここからデータボリュームを等身大にしていきます。
前提として、埼玉県川口市には、病院とクリニック合わせて17件の精神科があります。
2015年時点で、埼玉県川口市の精神科の外来患者数は1日当たり1,009人です。1医療機関当たりにすると約59人になります。(データが等身大になりました)
また、同様に計算すると、2020年時点の1日当たり外来患者数は約61人(2015年から2名増加)、2025年時点では約62人(2020年から1名増加)となります。
埼玉県川口市の精神科では、2015年から2020年にかけて、1日当たりの患者数として、自然増2名が見込める市場にあったと言えます。
実際にあなたの病院では、患者数は増加しましたでしょうか。
出来ていないとすれば、その分、他の医療機関が外来患者を確保していることになりますので、集患の取り組みについて今一度、検討してみた方が良いかもしれません。一方で、1日当たり2名以上の増加が出来ているとすれば、自然増以上に集患ができていることになりますので、あなたの病院で行っている取り組みの成果と言えます。
埼玉県川口市では、2020年から2025年にかけても自然増が見込める市場にあります。外部環境としてどの程度、患者数が増えるのかを知ることで、患者数の増加目標を設定することができます。
もちろん病院なのかクリニックなのか、精神科医は何人いるのか等によっても1医療機関当たりの患者数は変化していきますので、より正確に目標設定を行う場合は、もう少し調整を加えることが望ましいと言えます。今回は例として医療機関数で頭割りしたデータを使ってご説明しました。
このように数値が等身大になると、自院のデータと比較が可能になり、振り返りや目標の設定が出来るようになります。あなたの地域、あなたの診療科ではどのような状況にあるのか、ぜひ調べてみてください。
おわりに
今回は、「患者数の目標ってどうやって立てるの?|将来推計患者数を分析しよう(後編)」と題して、将来推計人口から経営のヒントを得るコツについて解説しました。
今回からtableauを使った分析用のBIツールを公開しています。ぜひ、みなさんの外部環境分析でご活用ください。
本記事を含めて、初めての外部環境分析シリーズは以下のマガジンでまとめています。本記事に、ご興味を持ってくださった方は、こちらも合わせてフォローいただけると嬉しいです。
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