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記事一覧

小説「ある夏の日の雨」(2813字)

 なんやかんやあってNくんとは後楽園のジョナサンでダベっていた。
 いろんな店で外国人の店員さんが多くなって、注文が通じなかったというNくんのエピソードから、
「日本にいるからって日本語が通じると思っちゃいけないですね」
というNくんの話から、言語は思考の土台になるという話になって、英語では主語・動詞が必要だから主張と行動を重視するのに、日本語は主語を省略できるし、
「ちょっとそれは……」
など、

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小説『夢日記』(2535字)

 死にたい死にたい、死にたいと体の奥から声がする。
 死にたくなんかない。こんなこと考えてる人間は結局死にはしないのだと、冷静に自己分析している自分がいる。死にたいと言いながら、ないものねだりをしている子どもなのだ。失ったものが、もう手に入らないとわかってはいるのに、どこかでは、もしかしたらと希望的観測を抱き続けてる。
 いつも汗にまみれて目が覚める。脂汗。Tシャツが背中にべとっと貼りついて移植さ

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小説『赤く見えた月』(2590字)

小説『赤く見えた月』(2590字)

 ジンジャーエールとKindleを持って風呂に入る。
 ガラスのコップを持ち込んで割ってしまったのが恐怖だったので、今はプラスチックのにしている。数年前まで甥っ子が来たときに使っていたドキンちゃんのイラストが描かれているやつ。ジュースもそのままだと甘いのでわざと氷を一杯まで入れて溶けて薄まるようにする。
 関東もようやく梅雨が明けたというが、身体が夏に対応しきれていないので、運動したり、風呂でじっ

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小説『黄色い葉』(2450字)

 なかなか明けない梅雨に、ぐずぐずとしていた。
 今日こそは三、四時間は書こうと思っていたのに、今になってもまだ一枚も書いていない。
 昨日までの仕事のクセで午前中に何度か目を覚ましていたが、クーラーをつけて二度寝した。二回目に目が覚めたときには冷えたかんじがしたが、布団をかぶってもう一度寝て、出たのは四時を過ぎていた。朝の四時ではない。逆算してみると十時間も寝ていたことになるが、まだ眠かった。冷

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小説『デザイン』(825字)

 試験官には髪の毛が一本入っている。わたしのものだ。
 産婦人科医は目を細めて入っていることを確かめると、
『ご主人はどうします? 最近では精子から受精させる方もいらっしゃいますけど』
『セイシ?』
 言葉の意味がわからなかった。
『むかしは卵子と精子が受精して赤ん坊が生まれていたんです。験担ぎ(げんかつぎ)というか、わざわざ精子からDNAを取り出すのを希望する方がいるんだ。わざわざ卵子を取り出す

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小説「ルーム2」(709字)

 初めての〝ルーム〟は痛かった。
 ユータくんの言葉が体の奥にガシガシと響いてきて、わたしの存在が消えてしまいそうで、こわかった。
『コーヒー飲む? ココアもあるけど』
 目を開けると、ユータくんはシャツを脱いで上半身が裸だった。
『どうして脱いでるの?』
『シャワー浴びようかと思って。ルームすると汗かかない?』
 体に意識を向けておどろいた。ニットと背の間がびしょびしょになっていて、下着までが濡

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小説「ルーム」(827字)

『部屋、行かない?』
 その意味を勘違いしたまま、わたしはOKしていた。
 青縁の四角い眼鏡をかけたユータくんの温和しそうな外見から、いきなり求めてくるとは思わなかったし、なにより、そういう誘いを受けるのは初めてだった。
『ほんとに部屋に来るとは思わなかった』
 ユータくんは明かりをつけると、転がっていたマンガ雑紙やらを片づけて、
『どうぞ。汚くて申し訳ないけど』
『おじゃまします……』
 部屋に

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小説「カムフラ」(862字)

『ママ、もう寝るね』
 わたしはロキの部屋へ行って、ベッドの中にいる息子に額をつけた。今日の記憶を家族クラウドにバックアップするため。
『ロキ、接続を切った? 記憶のブランクがある。公園にいるとき?』
『ユーリとふざけてたら切れちゃったんだ。でも、すぐに繋いだよ』
『気をつけなさい。もしもマインドネットから切れてるときに誘拐なんかされたら……』
『ごめんなさい』
 まさか十二歳の子どもが〝カムフラ

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