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【連載小説】第二部 #11「あっとほーむ ~幸せに続く道~」想いの伝え方、それぞれ……

前回のお話(#10)はこちら

前回のお話:
晴れて婚約した翼とめぐ。その報告を近々しようと考えていた矢先、祖父が倒れたとの知らせを受けて急ぎ、入院先の病院に駆けつける。余命幾ばくもないと聞かされていたが、二人の声を聞いた祖父は一時的に元気を取り戻し、二人の結婚を祝福する。が「ひ孫の顔が見たい」と言われた二人は困惑する。祖父を喜ばせたいめぐは、すぐに子どもを持つことも考えるが、翼に強引に迫られて、やはり覚悟がなかったと痛感したのだった。

<めぐ>

十一

「……何だか二人きりでこうしていると、ずぅーっと昔を思い出すよ。まだ幼かった頃、眠れないって泣きついたわたしに寄り添って絵本を読んでくれた日のことを」

 唐突に、保育園の頃の記憶がよみがえってきた。確かあれは三、四歳くらいの時。当時、中学生だった翼くんが本当に大好きで「帰らないで! ずっとうちにいて!」と言ってはよく困らせたものである。そんなわたしの言葉を聞いても、翼くんは嫌な顔一つせずそばにいてくれた……。

「あの頃から好きだったなぁ、翼くんのこと」

 ずっと大好きだった人もまた、わたしをずっと好きでいてくれた。それだけでも奇跡的なことなのに、その彼と結婚の約束まで出来たわたしはなんて幸せ者なんだろう。

 翼くんは照れくさそうに笑った。
「……もっと聞かせてよ。俺のことをどう思っていたのかを。……ラブレター、読んだんでしょ? 俺にもめぐちゃんの率直な想いを聞かせてほしいな」

「えー……? 恥ずかしいよぉ……」

「渡すつもりのなかったラブレターを読まれた俺の方が恥ずかしいんだけど!」

「むぅー……」
 仕方なく、照れながらも彼に抱いていた想いを一つずつ語っていく。

 甘酸っぱい、初恋のお話。本人を前にしてするのは本当に恥ずかしかったけれど、翼くんの喜ぶ顔が見られたからまぁ、いっか……。

「ねぇ……。また明日もまたこの部屋に来てくれる?」

 恥ずかしい話をしたついでに、もう一つ勇気を出して聞いてみる。翼くんはちょっとよそ見をしたあとで「うん、もちろんいいよ」と言った。

「いま、悠くんのことを考えた? もちろん相談してからで構わないけど、出来れば……」

「あー……。悠斗はたぶん大丈夫だよ。……そうだろう? そこで立ち聞きしてる悠斗君?」

「えっ?!」
 わたしが驚きの声を発したのと同時に部屋のドアが開いた。

「……なんで分かったんだよ。息をひそめてたのに」

「あれ? 本当にいたんだ? 当てずっぽうだったんだけど」

「こいつ……! おれをはめやがったな?」

「けっ、妙なものを掴ませてくれた仕返しだっ! こいつは返すぜ!」

 翼くんはポケットから何かを取り出すと悠くんに放り投げた。が、軽い「それ」はわたしたちと悠くんとの間にポトリと落下する。

(コ、コンドーム……?!)

「馬鹿っ、恥の上塗りをするなっ!!」
 悠くんが顔を真っ赤にして「それ」を拾い、慌ててポケットに押し込む。

「……返されても使い道がねえんだよ! 分かれよ、馬鹿っ!」

「こっちだって、使用期限内かどうかも分からないものを手渡されて使えるわけがねえ! もし、本当にそいつを使う場面を想像して聞き耳立ててたんだとしたら、悠斗は相当な悪趣味だな!」

「……んなわけねぇだろ! ちょっと夕涼みにでも行こうと思って部屋の前を通りかかっただけだよっ!」

「本当かねぇ? まぁ、そういうことにしておきますか」
 翼くんは「やれやれ」と言った様子で手のひらを天に向けた。

「……夕涼みに行くなら、わたしも一緒に行こうかな。なんだか……暑くって……」
 暑い原因は恥ずかしい思いをしたからに他ならないが、気分転換もしたかった。

「めぐちゃんが行くなら、俺もついてく。悠斗、いいだろ?」

 翼くんも何だか暑そうにシャツの襟をひらひらさせている。今度は悠くんが呆れたようにため息をつく。

「おれはただ散歩に行くだけだぜ? 別に、めぐを取って食おうなんて気は……」

「いや……。ついでに、ばあちゃんの様子も見て来ようかと思って。実は今、あの家に一人なんだ」

「えっ? 嘘だろ?」
 翼くんの言葉を聞いた悠くんは目を丸くした。

「それがさ。じいちゃんが入院している間は自宅に来るようにって、父さんもアキ兄も誘ったらしいんだけど、じいちゃんはすぐに戻ってくるから、って聞かないっぽくて」

「それは心配だな……」

「おばあちゃん、頑固なところあるからねぇ。わたしも心配」

「よし、じゃあ夕涼みがてら、見に行ってみるか」

 *

 祖母の住む家までは歩いて向かうことにした。月明かりのおかげで周囲は比較的明るく、歩くわたしたちの足もとには影が出来ている。が、近づくにつれ、周辺の家々の明かりが一つ、また一つと消え、辺りは次第に暗さを増していく。

 祖母の家は暗かった。時間が時間だけに、もうとっくに寝ているのだろうと推察する。

「……静かだな。緊迫した空気は感じない。今日は異常はなさそうだ。また明日、明るい時間に訪ねて……」

 言葉の途中で悠くんが何かに気づいたようだ。
「なぁ、あそこにいるの、オバアじゃないか?」

 悠くんの指さす方に目を向ける。そこには祖母の姿があった。縁側に腰掛け、じっと月を見上げている。わたしたちはそっと庭に足を踏み入れた。

 相変わらず手入れが行き届いた庭には、ペチュニアなどの花々が夏の暑さにも負けず元気に育っている。あんどん仕立ての夕顔も美しく花開く。ただ、ひまわりだけはすでに咲き終わったのか、重そうに頭を垂れていた。

「ばあちゃん……?」
 翼くんが声をかける。と、祖母はパッとこちらを向き、

「あっ、おじいさん! やっぱり帰ってきてくれたんだ!」
 と声を弾ませた。そして立ち上がるなり突っかけを履き、こちらにやってくる。

「そんなところに立っていないで、早く中へ……。あれ……? つばさっぴじゃないの……。やだぁ、おばあちゃん、見間違えちゃったわ」

 祖母は本当に恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
「どうしたの? こんな時間に訪ねてきて」

「いや……。ばあちゃんのことが心配で」
 翼くんの言葉を聞いた祖母は本当に嫌そうな顔をした。

「もう……。つばさっぴまで、わたしのことを年寄り扱い? ちょっとの間なら一人でいるくらい、なんてことはないわよ。本当よ」

 しかし、それが強がりであることは明白だった。翼くんを祖父と見間違えたのが何よりの証拠。そうでなくてもこんな時間まで縁側で月を眺めていたのは、寂しくて眠れなかったからではないのか……?

 悠くんも同じことを思ったのだろう。しかし彼は、翼くんとはまるで違う文句で祖母に語りかける。

「……彰博あきひろのお母さんに頼みがあります。親父さんが戻ってくるまでの間、我が家の庭の手入れをしてくれませんか? 夏の庭の手入れの仕方が分からず、困ってるんです」
 
「お庭の……お手入れ……? 鈴宮君ちの……?」

「はい。二人も……翼とめぐも一緒に暮らしています。二人が新しく植えた木々や花々もたくさんあるんですよ」

「孫たちの植えた花ですって? それは心配。ちゃんと見てあげる必要がありそうね……」

 わたしと翼くんは互いに顔を見合わせた。いくつになっても、祖母からすればわたしたちはいつまでも「幼い孫」なのだろう。

 祖母は少し考えていたが、やがて決意したように言う。
「明日、迎えに来てちょうだい。一度、お庭を見せてもらうわ」

◇◇◇

 祖母の送迎はパパにお願いした。パパは、てこでも動かないと思っていた祖母が出かけると知って大層驚いていたが、理由を聞いて納得し、車を出してくれたのだった。

「彰博、このままあなたの家に向かったら怒るからね?」

「……はいはい」
 二人のやりとりを聞いて苦笑する。さすがのパパも祖母には敵わないようだ。

 鈴宮家に着くなり、祖母は早速庭に向かった。
「あらあら、こんな場所に植えちゃって。お花も植木もかわいそう……。夏の間だけでも日陰を作ってあげないと」

 祖母はわたしたちに廃材を持ってくるよう指示すると、あっという間に簡易な日陰を作り上げた。そして満足げに縁側に腰掛け、庭を眺める。

「うん。これでよし。……ところで、お水やりは誰がしてるの?」

「えーと、一応わたしが……」

「いつ?」

「朝、出かける前に時間があったら……」

「えぇっ? めぐちゃん、夏場のお水やりは毎日、朝夕欠かさずやらないと! お花たちは植えた場所から動けないのよ? どんなに暑くたって、水が欲しくたって、そこにいるしかない。ガーデニングを楽しむと決めたら、何よりもお庭の木や花に気配りしないとダメよ!」

「は、はい……」

 いきなり説教されて萎縮する。本人が言うとおり、祖母は確かに一人でもやっていけそうなほど元気にみえる。しかし、今入院中の祖父もつい先日までは元気だったと聞く。やはり祖母のそばには誰かしらついていた方が安心というものだろう。

「ところで、鈴宮君とつばさっぴ、どっちがめぐちゃんと結婚することになったの?」

 説教が終わったかと思えば、今度は三角関係のその後を聞いてきた。さすがはおしゃべりな祖母。一時いっときだって黙っちゃいない。

「そう言えば、まだ言ってなかったね」
 祖母の問いを受け、翼くんが代表してわたしたちの婚約を伝えた。祖母は「まぁ!」と言って目を輝かせた。

「つばさっぴならきっと勝つと信じてたわ。……またまたうちの子が勝っちゃって、鈴宮君には申し訳ないけれど。あれ? それならどうして孫たちは鈴宮君の家で暮らしているのかしら?」

「おばあちゃん。悠くんはわたしたちの家族なの。だから、これからもここでずっと暮らす。これは三人で決めたことよ」
 わたしが言うと、祖母は目を細めた。

「……そうねぇ。鈴宮君は彰博が高校生の時から知っているし、めぐちゃんが小さいときにはよく遊び相手にもなってくれてたものね。その頃からもう、家族みたいなものよね」

「おれを家族と認めてくれるんですか……? ありがとうございます」
 悠くんがお礼を言うと、祖母は小さく微笑んだ。

「わたしこそ、しばらくここでお世話になります。鈴宮君、つばさっぴ、めぐちゃん、よろしくお願いします」

「母さん……?」

「彰博。悪いけど、自宅から私の布団一式をここへ運んでちょうだい」

「んー?」
 祖母の顔を見るパパの顔は明らかに困惑していた。

「それ、本気……? 母さんの面倒なら僕が……」

「彰博、おれたちは構わないよ。むしろ、はじめっからそのつもりで声をかけてるんだから」

「鈴宮まで……!」

「いや、うちの方が絶対いい」
 戸惑うパパに、悠くんは毅然とした態度で言う。

「だってお前ら、日中はどっちも仕事でいないけど、うちなら日中はおれがいるし、バイトがなけりゃ、めぐも夕方には戻る。翼だってそう遅くない時間には帰ってくる。面倒を見るって言うなら断然、誰かが家にいた方がいい。そうじゃないか?」

「……確かに、そうだけど」

「迷惑だって思ってんのか? それなら心配無用だ。今し方、おれも家族って認定してもらったからな」

 悠くんが胸を張るとパパは「やれやれ……」と言いながらも反論するのをやめた。

「分かったよ……。強情な母さんがこの家で厄介になりたいって言うなら、その気持ちは尊重しよう。ただし、週末は僕か兄貴がここに顔を見せに来る。それでいいかな?」

「いいわ。そのタイミングで、おじいさんのお見舞いに連れて行ってちょうだい。そうすれば用も一度で済むし」

「……って、母が言ってるんだけど、鈴宮たちは大丈夫?」
 三人揃ってうなずくと、パパは「母を……おばあちゃんをよろしくね」と言って祖母の布団を取りに実家へ車を走らせたのだった。

「わーい! おばあちゃんとしばらく一緒に暮らせるんだ!」
 祖父のこともあってか、祖母のそばにいられるだけで安心しきったわたしは、思わず歓声を上げた。

「まぁまぁ。まるで小学生みたいにはしゃいじゃって」
 祖母は呆れたように言ったが、その顔は笑っていた。

「ついこの間まで小さかっためぐちゃんとつばさっぴが結婚だなんて……。ほんっと、時間が経つのは早いものね。どうりでわたしも、こんなにおばあちゃんになったわけだわ」

 しみじみと呟いた祖母の言葉に、わたしと翼くんは顔を見合わせ、寄り添った。

「めぐちゃん。つばさっぴ。末永くお幸せにね。……孫同士の結婚を見届けられて、おばあちゃんは幸せよ。本当におめでとう」

 祖母はそう言うと、手提げの中から財布を取り出し、一万円札を翼くんに握らせた。

「これ。少ないけど、何かの足しにしてちょうだい。結婚式を挙げるにしても、おばあちゃんはきっと出られないだろうから」

「おばあちゃん……!」
「ばあちゃん……」
 わたしたちは同時に声を上げた。

「そんな、おばあちゃんまで死んじゃうみたいなこと言わないでよ……。嫌だよ……」

「やあねぇ。死ぬから出られないって意味じゃなくって……」
 祖母は笑いながら言う。

「そりゃあ、結婚式で二人の着飾った姿が見られたら誇らしく感じるとは思う。けれどね、おばあちゃんは、今ここで二人が自然に笑い合う姿を見る方が嬉しいの。おばあちゃん、おばあちゃんって言ってくれる方がずっといいの」

「おばあちゃん……」

「だからね、鈴宮君がここに招いてくださってこと、本当に嬉しく思ってるのよ。……これ、彰博には内緒ね」

 人差し指を口の前に立てた祖母は「そうだ、めぐちゃんにもお祝いのお金を……」と言って再び財布を取り出そうとする。

「おばあちゃん、いいって……! 別に、お金が欲しくて結婚報告したわけじゃないんだから!」

「それはそうかもしれないけど、おばあちゃんにはこれしか出来ないから、せめて受け取ってちょうだいな」
 わたしの反論をものともせず、祖母はお金を差し出す。

「もらっておけ」
 そう言ったのは悠くんだ。
「それが、彰博の母さんの気持ちの伝え方なんだ。受け取らないほうが失礼だ」

「そういうこと」
 祖母はうなずいた。悠くんに「失礼だ」と言われてしまっては貰わないわけにもいかない。わたしは差し出されたお金を素直に受け取ることにした。しかし、貰いっぱなしも申し訳ない。何か、わたしにできることはないだろうか。

(おばあちゃんがわたしたちの笑顔を見たいというのなら、それでおばあちゃんが喜ぶのなら、わたしにできることはきっとこれしかない……)

「おばあちゃん。お礼にわたしがおいしい冷茶を入れてあげる。最近、アルバイト先で覚えたの。結構、好評なんだよ?」

「それならぜひ、いただくわ」

 台所に向かうわたしの背中に祖母の嬉しそうな声が届く。そう、わたしは笑顔を向けることでしか、恩を返せない。だったら、可能な限り最後の最後まで笑顔で居続けよう。背伸びもしない。泣くのだって、最後でいい……。

「じゃあ俺は、ちょっとひとっ走りしてばあちゃんの好きな和菓子を買ってくるよ。みんなの分も。ばあちゃんが鈴宮家にやってきた歓迎会をしようぜ」

 そう言って玄関に向かいかけた翼くんに、祖母が声をかける。
「待って、つばさっぴ。おばあちゃんが好きなのはあの、あんこたっぷりのやつだからね?」

「ぷっ……!」
 まるでお遣いに行く孫に、買ってくるものの最終確認をするみたいな言い方に思わず笑う。翼くんも笑いを堪えながら返事をする。

「分かってるってば! じゃ、行ってきまーす!」


(第11話の続きはこちら(#12)から読めます)


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