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【連載小説】「愛のカタチ」#10 涙の後に・・・

前回のお話(#9)はこちら
文化祭を成功させた凜と斗和。委員としての仕事が残っている二人は、教室で黙々と作業を進めていた。今が告白のチャンスと思った斗和は口を開きかけるが、そこへ橋本がやってきて呼び出される。斗和は早く凜の元に戻ろうと橋本の発言を促すが、思いがけず彼から愛の告白を受け、動揺する。しかもその様子を凜に見られ、恋仲になったと誤解されてしまう。慌てた斗和はその勢いのまま凜に想いを告げる。凜は返事も出来ずにただ涙を流す。

 こみ上げてくる想いを表現する言葉を、私は知らない。一つだけ分かることがあるとすれば、私の中で感情が大きく揺れ動いたってこと。涙がその証拠だ。

 涙が引いた後、一人きりで帰路についた。そして真っ先にご神木さまのもとへと走った。夕暮れの神社に風が走る。ご神木さまが葉を揺らし、私を迎えてくれる。

あれ、、がご神木さまのご利益なの? 斗和が私の運命の人だったというの?」

 私は必死に問いかけた。ご神木さまはしばらくの間黙り込んでいたがやがて、

 ――凜はもうとっくに気づいていたはずよ。斗和の優しさに。彼の存在の大きさに。

「だからって、斗和のことをそんなふうには……」

 ――相手を想うってどういうことか、愛するってどういうことか、そして運命とは何か、今一度よく考えてご覧なさい。

 周囲がぱっと明るくなった。外灯がともったのだ。その瞬間にご神木さまの声も聞こえなくなった。

 そばにあるベンチに腰掛けた。誰もいない神社の境内。考え事をする時、私はいつもここで時間を過ごす。

 ふうっと長く息を吐き出す。

 私は斗和のことをどう思っていたのか。まずはそこから考えてみる。

 赤ちゃんの頃から一緒に育ってきたせいもあり、それこそ姉弟みたいに接してきたのは確かだ。でも、優しくしてくれるのは家族愛のような感情があるからで、まさか恋心からだとは想像もしていなかった。「運命の人」は、ある日ばったり、ときめくような出会い方をした人だと思い込んでいただけに、最初に愛を告白してくる人物が最も身近な人だったことに驚きを隠せないのだ。

 ふと、ずいぶん前にご神木さまが私に言った言葉を思い出す。

 誰と出会うかも、付き合いの深さも生まれる前から決まっている。だから相手がどんな人物であっても必ずご縁があるのだ、と。

 ご神木さまの言う「縁で繋がった人」と、私の言う「運命の人」が仮に同じ意味だとしたら……? 私は生まれた瞬間からすでにたくさんの「運命の人」――親や旧友、もちろん斗和も――と出会っていたってこと……? そして斗和との関係性もはじめから決まっていたってこと……?

 突然、境内に足音がして振り返る。

「斗和……」

 思わずベンチから立ち上がる。しかしすぐに目を伏せる。今までだったら正面から見ることが出来たのに、今は見つめることが出来ない。何か言わなきゃ、と思えば思うほど喉が詰まり、声が出ない。

 斗和も動かず、その場に立ち尽くしていた。まるで、神社に置き去りにされた人形のように。

 やっとの思いで彼の目を見る。その目は戸惑っているようでもあり、愛情深くもあった。今までもずっとこの瞳が私を見つめていたのかと思うと、やはりどうにかして私の気持ちを伝えなければと思い至る。

 かといって、斗和をぬか喜びさせるようなことは言いたくない。私自身に嘘をつきたくもない。私は悩みに悩んだ末、本心を告げる。

「斗和……。私……。斗和のこと、確かに好きよ。でも……。でもやっぱり……。互いにふれあうとか、受け入れ合うとか、そういうのは今はできそうにない。だって斗和との距離はずっと『隣』だったんだもの」

「……ああ、わかるよ」

「私の中でちゃんと答えが出せるまでもう少し時間が欲しい。だから……」

「待つよ、おれは。だっておれたちはまだまだ『隣』同士だし、日常は何も変わんないから。……凜さえ嫌いにならないでくれたらそれでいい」

「……いいの? 本当に?」

 念を押すと、斗和は返事に詰まった。

「……ごめん。やっぱりよく分かんねえや。でも正直に言うと、こうやって普段通りに会話できることが分かっただけで安心してる。もう、それだけで満足、おれは」

 好きか嫌いか、はっきり伝えることが出来ない私に対して斗和は「満足」だという。自分で自分を納得させようとあえてそう言ったのではないか、と勘ぐってしまう。

 今の私にはいわゆる「恋愛感情」が分からない。一緒にいて安心できる斗和相手に、いつか熱を上げたり本能的な行動を取ったりするとはどうしても思えない。

 そんな状態のまま「愛してる」だとか「付き合おう」だとかは言えないし、かえってぎこちない態度を取ってしまうに違いなかった。

「私も、斗和とは今まで通り話したいな。だから学校へも、時間が合えば一緒に登校したいし、お菓子も一緒に食べたい」

「うん、おれもそれ、賛成」

 ようやく斗和に笑みが戻った。普段の私たちに戻れた、と感じて安堵する。

「で、さっそくなんだけどさ……」

 そう言うと、斗和は後ろ手に持っていた紙袋を差し出した。

「マフィン焼いたんだけど、一緒に食う?」

 歩み寄って紙袋の中に顔を寄せると、ほのかに甘い香りがした。急に空腹を感じ、そういえばそろそろ晩ご飯どきかもしれないと思う。

「もちろん、いただきます!」

 私は紙袋の中から一つマフィンを掴むと、さっきまで座っていたベンチに並んで腰掛け、頬張った。

「ああ、やっぱり私、斗和のお菓子が好き」

「はあ……。こっちに関しては間髪入れずに『好き』って言うんだなあ」

 斗和は苦笑いをしたが、「ま、いっか」と言って自身もマフィンにかぶりついた。

 好きとか嫌いとか、言葉で確かめ合わなくたって、私はこの時間を楽しんでいたい。斗和の言うようにこれで「満足」、じゃダメなのかな……。

 斗和の視線を感じ、横を見る。目と目が合ったらなんだか照れくさくって無理やりに笑った。斗和もクスッと笑う。

「あー、おれ今メチャクチャ幸せだー!」

 斗和は天に向かって言った。それを聞いた私は何だかほっこりする。

 恋するって、もしかしてこういうことなのかな。斗和の顔を見ながらそんなことを思うのだった。

斗和

 本当は泣きたかった。叫びたかった。「確かに好き」って言われたのに、こんなにもそばにいるのに、1ミリも凜に触れられない自分が情けなくて。

 告白した自体は全く後悔していない。おれは最善を尽くしたし、その結果がこの状況なら十分にも思える。しかしどうしても心がそれを受け入れられずにいる。

 ――抱きついちまえよ!

 そうささやく悪魔がいる一方で、

 ――今、この瞬間を楽しもうぜ。

 とポジティブな言葉をかけてくるおれもいる。

 結局凜の笑顔に「イチコロ」のおれは後者の声を聞き入れ、「今メチャクチャ幸せだー」なんて口走ってる。

 確かにこれも本心ではある。あるんだけど、湧き上がってくる衝動を抑え込むには努力が必要だった。

 ダイ兄のことをひどい男だと思ったおれは、何も知らない「おこちゃま」だったと反省する。女を前にすれば、たいていの男は本能には逆らえない。今のおれはまさにそういう状態だった。

 「凜を自分のものにしたい」だなんて思わなければ、この苦しみから解放されるって頭では理解できる。それでもおれは凜との関係を諦めきれずにいる。二つの身体を重ね合わせたい……。たとえ凜がいまだに神のことばを信じ、赤子が神の手によって生み出されると疑わなかったとしても。

 ふと横に目をやる。

 焼いてきたマフィンは、気づけば凜の腹に収まっていた。満足そうに口元を緩ませて「お茶が欲しいー」なんて言ってる凜を見ていたら、おれの動物的な部分は次第に影をひそめていった。代わりに、ただただ凜を愛でていたい気持ちが湧き上がってくる。

 結局、今のおれに出来るのは菓子を焼くことだけなのか。それが唯一の凜との接点なのか。けど、いくら料理の腕を上げても想いが凜に届かないのであれば、おれは今までなんのためにそうしてきたというのか。

 いや、おれは今回のことで学んだはずだ。結果がすべてではないことを。クッキーが売れたことももちろん嬉しいけど、そこに至るプロセスこそが、一瞬一瞬こそが大事なんだってことを。みんなで話し合い、材料を仕入れ、生地をこね、休ませ、型を抜き、オーブンに入れ、焼き上がりを待つ……。そこをすっ飛ばしたらクッキーはできない。

 人生もそれと同じ。結果として凜とは恋仲になれなかったけど、今もこうして並んで座っていられる、同じ時間を共有していられる、この時間こそが大事なんじゃなかったのか?

 本能に翻弄されたせいで、せっかくの気づきを忘れるところだった。

「よぉーし、もっと菓子作りの腕を磨くぞーっ!」

 それはおれの楽しみでもある。凜がおいしいと言って食べてくれる、そのことがまたおれを幸せにする。そう、おれは凜と一緒に過ごす時間に幸せを感じたいのであって、それだけなら恋仲にならずともすでに夢叶っている。だったら今この瞬間を存分に楽しめばいいじゃないか。

「うーん、斗和がそんなことを言うなら私も斗和にお菓子の作り方を教わろうかな……」

 凜が急にそんなことを言い出す。思わず顔がにやける。

「それ、本気で言ってるの?」

「うん。文化祭でのクッキー作りはすごく楽しかったから、これを機にお菓子作りを趣味にするのもいいかなって」

 まさか、橋本の思いつきから始まった文化祭でのクッキー販売が、こんな形で凜に影響を与えるとは想像もしていなかった。凜と一緒に菓子作りが出来るなんて……! 天はまだおれを見放していないらしい。

「言っとくけど、おれ、手加減しないぜ?」

「うん、いいよ」

「そんじゃあさっそく、明日はおれんちで菓子作りするか。文化祭の代休だし」

「OK。楽しみ」

「うん、おれも」

 明日も会える。二人で過ごせる。当たり前に思っていたけど、実はそれってすごく恵まれてることに気づく。これこそがほんとの幸せなんだろうな。

 おれは妙に納得して別れた。告白作戦が失敗に終わったことなんて、このときにはもう忘れてしまっていた。


続きはこちら(#11)から


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