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【連載小説】「愛のカタチ」#11 恋ごころ

前回のお話(#10)はこちら
斗和の告白に戸惑う凜は神木にすがる。しかし凜自身が考えるよう促されただけだった。そこへ斗和がやってくる。斗和への想いをうまく言葉に出来ない凜だが、斗和の作ったマフィンが場を繋いでくれる。斗和のお菓子に心癒されることを思い出した凜は、作り方を教わりたいと申し出る。

 あれからとりつかれたように斗和のうちに通い、お菓子を作るようになった。あの日、斗和が作ってきたマフィンには惚れ薬が仕込まれていたに違いない。だって、二人でキッチンに立ってお菓子を作っている時間はあっという間に感じるほど楽しいし、家に帰った後も気がつけば斗和のことを考えているんだもの。こんなにも頭の中が斗和で一杯になってしまうなんて。ああ、私はいったいどうしちゃったんだろう……。もしかして、これが恋ってやつなのかな……。

 窓を打つ大粒の雨と雷鳴が聞こえる。今夜は嵐になるらしい。もうすぐ神社の秋祭りだというのに、毎日雨ばかりが続いている。

 父は数日後に迫った祭りの準備に余念がないが、天気予報を見るたびにイライラしている。というのも、祭り当日は季節外れの台風接近に伴う大雨が予想されているからだ。しかし本当に父が懸念しているのは天気そのものではなく、祭りでの収益減の方だと私は知っている。

 お金、お金、お金……。父はいつからお金集めに夢中になってしまったんだろう。私が神社の後を継ぐのを拒む理由はそこにある。確かに、神社の運営には寄付やお賽銭が必要だけど、それ目当てになってしまっては、神様だってお怒りになるに違いない。

 そんな父から離れる意味もあって、私は今日も斗和のところへ行く。10月の半ばにもなると夜は冷え込む。そろそろ温かい飲み物が恋しくなる時期だ。私は淹れ立てのココアを持参することにした。

 インターフォンを鳴らすと斗和は直接玄関に顔を出した。

「ひどい雨だな。こんな天気の中、うちに来てもらって悪いな」

「ううん。斗和んちの方がキッチン道具揃ってるし。あ、これ、ココア。保温できる水筒に入れてきたからしばらくは温かいと思うんだ。お菓子食べながら飲もうよ」

「おっ、いいじゃん。それより、早く上がれよ。濡れるぜ?」

「お邪魔します」

 天気予報によれば、雨は一晩中降り続くという。また雷の発生地域は広範囲に及ぶらしく、このあたりも対象になっていた。

「今日はパウンドケーキを焼こうと思ってる。材料はこれな。んじゃ、さっそく始めようか」

 斗和に促され、私たちはいつものようにお菓子作りを始めた。だが、窓に当たる雨音や雷鳴に気を取られ、作業は思うように進まない。そんな私を見て斗和が言う。

「窓から雨が入ってくることはないと思うけど。……でも、築30年近く経ってるから、雨漏りくらいはあり得るな」

「そんなこと言ったら、うちの神社はうんと古いから雨漏りじゃ済まないかも……」

 そのとき、ガタン! と大きな音がし、同時に電気が消えた。部屋が真っ暗になり、何も見えなくなる。

「て、停電?!」

「おい、凜。大丈夫か? おれ、ちょっとブレーカー見てくるからここにいろよ」

「う、うん……」

 斗和がキッチンから出て行く気配を感じた。この場には私一人。ぽつんと取り残され、急に心細くなる。

 こんな日に限って斗和の両親は不在だ。この頃体調を崩しているエマ姉のところに行っているためだ。少し待っていると斗和が戻ってきた。手には懐中電灯を持っている。

「ブレーカーあげてみたけどダメだった……。電線がやられたのかもしれない」

「じゃあしばらくこのままってこと……?」

「確かローソクがあったはず。今はそれで明かりを確保しよう」

 斗和はキッチン用具をしまっている棚からローソクを何本か見つけるとガスコンロで火をつけた。小皿にろうを垂らして立てる。ほんの小さな火が揺れる。

「はは……。誕生日ケーキ用だけど、ないよりはマシってことで」

 懐中電灯とローソクの火。手元だけだが、明るくなると少し気持ちが落ち着いた。けれども部屋の暖房が切れてしまったのか少し肌寒い。私は薄手のロンTの上から両腕をさすった。

「……寒い?」

「うん、少し。……あ! ココア飲もうか。少しは温かくなるかも」

 持参した水筒のことを思い出した私は、持ってきたカバンをたぐり寄せようと斗和に背を向けた。直後、背中が温かくなる。

「と、斗和……?!」

「しばらく、このままでいさせて欲しい……」

 斗和は後ろから私を抱き、呟いた。そして、

「あの日の返事はNOだったかもしれないけど、でも……。おれの気持ちは少しも変わってないから」

 と言って腕の力を強めた。さっきよりもぬくもりが伝わってくる。

 二度目の告白。私はそう受け取った。

(こんなとき、私はなんて言ったらいいんだろう……)

 いまだ自分の気持ちを伝える言葉が見つからない私は、胸の前で重なる斗和の手を握った。

「凜の手、冷たいな……」

 斗和は腕をほどき、前へ回ると私の両手を包み込んだ。ほの暗い部屋の中でも、斗和が正面から私を見つめているのが分かった。

「もし……。もし嫌だったら拒んでくれていい。だって、こうしたいのはおれのわがままだから」

 もし嫌なら……。斗和はそう言うけれど、嫌な気持ちどころかむしろ心穏やかでいられる私がここにいる。後ろから抱かれた時も、こうして手を握られている間も。

(私はやっぱり斗和に恋してる……?)

 自分の気持ちが知りたかった。私は思いきって一歩進み出、斗和の胸に耳を押し当てた。早鐘のような鼓動が聞こえる。斗和が私の頭をぐいっと引き寄せる。

「おれを試してるのか……? それとも……」

 斗和の言葉を遮るように、外から何かを引き裂くような轟音が聞こえた。あまりの音の大きさに、そのまま斗和の胸にすがる。斗和と一緒にいれば大丈夫、頭では分かっているのになぜか言い知れない不安に駆られる。

「なんの音だったんだろう……。私の家の方から聞こえた気がする……」

 いかなきゃ……。私は斗和の腕から抜け出し、玄関に足を向ける。

「行くって……この雨の中を……? 雷も鳴ってるのに、危険だよ!」

「止めないで!」

 自分でもなぜこんなことをしているのか分からない。私は斗和の制止を振り切り、気づけば玄関を飛び出していた。

 強い風雨が全身を打つ。前もよく見えない。しかし私は勘を頼りに神社へと向かった。

 不安は的中した。

「ああっ……!」

 遠くからでもはっきりと、燃え上がるご神木さまの姿が見えた。雷に打たれたに違いない。この雨でも木は業火に包まれ、周囲を明るく照らす。

「ご神木さまあっ!」

 呼びかけてみても返事はない。そこへ斗和が駆けつける。

「凜、帰ろう! ここにいたら凜が危ない!」

「ご神木さまが返事をしてくれないの……。どうしよう、ご神木さまがいなくなったら私……」

「神木、神木って……。凜! いい加減、目え覚ませよ!」

 斗和は、うろたえる私の両肩を掴んで力一杯揺らした。

「凜は人間だ、人間としてここで生きてるんだ! ……いま、凜の目には誰が映ってる? 神様じゃないだろ、おれだ。おれが、ここに、いるんだよ……! 頼るんならおれを頼れ。おれなら凜のためにいつでも動ける。ここにしかいられない神様よりもずっと遠くまで行ける。なんだってしてやれるんだ。……それでも凜は神を選ぶか? おれのことを神より頼りない存在だと思うか……?」

 そう言われ、ご神木さまを見やる。頭の上で火を挙げる大樹はどういうわけか、斗和の言葉の後では神聖さを失い、ただ年月を重ねた老木に見えた。

 直後、私自身も雷に打たれたような衝撃が頭の中を走る。私はがっくりと膝を折った。これまで自分が見ていた世界の奥ではなく、むしろ手前に大切なものがあったと気づいたからだ。

 私はずっと神様の言葉を最優先にして生きてきた。誰よりも信頼できる存在だと思い込んでいたし、神様と繋がっていると身も心も軽やかになれるから、好んでそういう時間を作っても来た。

 だけど結局私は、神様を隠れ蓑にして現実世界の苦悩から逃げていたにすぎなかった。そして同時に幸福感をも遠ざけていたことにようやく気づく。

 そんな私でもこの現実世界でやってこられたのは、間違いなく斗和の存在があったから。ずっと、助けてもらってたんだ。なのに私は……。

 ――ようやく気づいたわね、凜。

 そのとき、ご神木さまの声が聞こえた。はっとして見上げる。

 ――私はいつでも凜の心の中にいる。だから凜は出会った人を、目の前の人を、そして今この瞬間を大切にして生きて。あなただけじゃない、斗和もエマも凜の両親も、わたくしにとって大切な子ども。わたくしはこれからもここに立って大切な子どもたちの、凜の成長をいつまでも見守っていますからね……。

(そうか、「神様の子ども」の意味って……。)

 神様にとって、大いなる存在にとって、私たち人間は我が子も同然。だからご神木さまは、「私を産み落とした」と表現したのだ。しかし、やはり現実を見つめれば、人はその肉体を通して命を宿すようにできている。もちろん私自身も。

 ご神木さまは言う。

 ――斗和はあなたを心の底から愛しているわ。その想いを受け取るかどうかは凜次第。そして受け入れても拒んでも、あなたの魂はちゃんと成長できる。だとするならば、17歳のあなたはどちらを選ぶ? 変わりたいと願ったあなたはどう行動する? もう、答えは出ているわよね?

 私は力強くうなずいて立ち上がった。そして斗和の手を取った。

「斗和に言われて、私、分かった。本当に大切なものがなんだったのか。ありがとう、気づきを与えてくれて。私、変わるよ。これからは斗和に変えてもらうんじゃなくて、自分の力で。だから斗和には、そんな私をそばで見守っていて欲しいんだ」

 ありふれた、愛情を伝えるフレーズは私には似合わない。これが、「好き」に代わる私の言葉だ。

「ああ、もちろん。おれはずっと凜のそばにいる」
 斗和もうなずき、私の手を握り返した。

 火の粉がキラキラと目の前を通り過ぎていく……。

「ご神木さま……。今までありがとうございました。でも……さよならじゃないよね……?」

 一瞬だけ優しい風が頬を撫でていった。まるで私の言葉に応えてくれたかのように。


続きはこちら(#12)から

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