【連載小説】#5「あっとほーむ ~幸せに続く道~」新たな気持ちで

前回のお話(#4)はこちら

前回のお話:
初デートが大失敗に終わった悠斗。落ち込んでいると、めぐの母・映璃が慰めに来てくれた。映璃は悠斗に一通の手紙を渡す。それは悠斗が30年前に自分宛に書いたものだった。「何も考えるな。ありのままの自分で生きろ」そのメッセージに励まされた悠斗は、16歳に戻ったつもりでめぐと接していこうと決める。

翌日から年末までは実家に戻って家のことをした。精神面から一人で過ごすことには不安もあったが、晴れた冬の我が家は明るくて気持ちが良く、自然と、この家で起きた楽しい出来事ばかりがよみがえってきた。おかげで父の持ち物の整理や先延ばしにしていた手続きもはかどり、気分よく年を越すことができた。

◇◇◇

元日からはまた野上家で厄介になる。新年の挨拶を兼ねて親戚一同が集まるというので、おれもそこに参加する。場所は彰博の実家だ。訪ねると、彰博とその両親、映璃、めぐ、そして翼と家族の姿があった。

「悠くんったら、どうして返事をくれなかったの? 心配してたんだよ? もしかしたら、また倒れてるんじゃないかって……」
 
 顔を見せるなり、真っ先に声をかけてきたのはめぐだった。実家に戻っている間はすべての連絡を絶つと彰博や映璃には伝えてあったが、めぐは何遍もメールをよこした。

『クリスマスの日は言い過ぎました。反省しているので、返事を下さい』
『元気でいますか? 心配しています。連絡ください』

もちろん、メッセージは確認している。でも、返信しなかった。めぐを心配させるのがおれの作戦――恋の駆け引き――だったからだ。今日、顔を合わせた時にもっと怒っていたらどうしようかとドキドキしていたが、うまくいったようで一安心する。

「水泳で鍛えてるから大丈夫だよ。心配性だな、めぐは」

「だって、呼吸困難に陥った時は本当に死んじゃうんじゃないかと……。今だって、あんまりよく眠れないんでしょう?」

「大丈夫。めぐと結婚する前にくたばるおれじゃないよ」

「えっ?」
 驚くめぐに顔を寄せてささやく。

「めぐに言われて色々考えたんだ。……この前はめぐの気持ちをちゃんと分かってあげられなくてごめんな。これからはめぐのこと、出会ったばかりの8歳じゃなくて、16歳の女として接する。めぐとの心の距離も縮められるよう頑張る。……ちょっとずつだけどな」

「もしかして、メールの返事をくれなかったのはそれを考えていたから……?」

 めぐの問いに、おれは曖昧に笑った。
「めぐはおれの大切な人。だからまた、改めてデートに行こう。今度はきっと満足させてみせる」

「悠くん……」
 めぐは顔を赤らめ、目を伏せた。そこへ翼が現れる。

「どうした、おじさん? 急に雰囲気変わったみたいだけど、何か心境の変化があったの?」

「助言してくれたおかげで、色々気づかせてもらったよ。あの日は逆転負けを喫したけど、今年のおれは手強いと思え」

「へぇ。見ない間に、ちょっとは男を上げたみたいだな。でも、一度離れためぐちゃんの心がすぐにあんたに戻ってくるかな?」

翼はそう言うなり、めぐの肩を抱こうとした。すかさずその手を払う。

「触るな。めぐはおれの……恋人なんだ」

「ひゅー!」
そばにいた翼の父親が口笛を吹いた。翼はあからさまに嫌そうな顔をしている。

「そうやってはやし立てるの、やめてくんない? 父さんはどっちの応援してるわけ?」
 
「どっちもなにも、めぐちゃんのハートを掴んだ方が結婚できる。当然のことだろ?」

「父親なら息子の応援をするもんじゃないの?」

「そう言われても、彰博から鈴宮くんはいい人だって聞いてるし、めぐちゃんと両思いなら翼が横やりを入れるのもどうかと思うんだよなぁ」

「お父さんの言うとおりだよ。お兄ちゃんは余計なことをしないで、他にいい人見つけた方がいいよ」

「…………! まい一言ひとことの方が余計だっつーの!」
 舞というのは妹のようだ。短髪で色黒。父親によく似てスポーツが出来そうな顔をしている。

「新年早々、喧嘩はやめましょうよ。さぁ、座った、座った!」
 翼の母親が音頭を取ると、みな本来の目的を思い出して酒宴の準備を始めた。

◇◇◇

めぐは未成年だから酒盛りに参加できない。また、おれも喪中だから派手に騒ぐことはしないが、それでも会が始まると、周りの雰囲気に飲まれて気分が良くなり、おしゃべりも進む。

気がつけば、翼の父と妹を中心に野球の話で盛り上がっていた。しかし翼はその輪から外れたところでじっと彼らを睨んでいる。おれは翼の横に座った。

「そんなに怖い顔をするなよ。せっかくの酒が不味くなるぜ? ほら、注いでやるよ」

おれが酒瓶を傾けると、翼は「ふんっ……」と言いながらも空のコップを差し出した。

「……野球が嫌いなのか? それで不機嫌そうな顔を?」

「ああ、嫌いだね」

「どうしてさ? 彰博から聞いた話じゃ、お前の父さんはキャプテンとしてチームを甲子園に導いた実力者だって……」

「だからだよ。……親が野球やってたからって、息子が野球好きになるとは限らない。散々やれやれ言われたけど、興味が湧かないものは仕方ないじゃん。反対に、妹は野球が大好きでさ。素質を見込まれて、今日まで父さんがみっちり指導してきたから、あの二人は仲良しってわけ」

「へぇ。妹は野球やってんだ?」

「ああ。今は大学のチームでレギュラーだってよ。……一方の俺はしがない幼稚園の先生。おまけに従妹いとこのめぐちゃんが好きだなんて言い出すもんだから、父さんは不満なのさ。……不貞腐ふてくされて当然だろ?」

「なるほど。お前もお前で苦労してきたんだな」

どんなに威勢のいい男でも父親の前では所詮子ども。弱点を握られれば尚更その立場はなくなる。おれも経験があるからわかるが、父親の言葉はたいてい正しい。だからこそ受け入れがたく、反発もしたくなる。父子おやことはそういうものだ。

酒のせいか卑屈になっている翼に、酒の力で饒舌になったおれから一言物申す。

「なあ、父親に反対されたからって諦めるなよ、めぐのこと」

「えっ?」

「ライバルが身を引いたおかげで勝っても嬉しくないし。本気でめぐとの結婚を考えてるなら、ちゃんと押し通せよ?」
翼は目を丸くした。

「急にかっこいいこと言っちゃって。おっさん、酔っ払ってるっしょ? 酔った勢いでいった言葉なんて信用できない」

「酔ったときほど、本音しか出てこねえよ」

「ってことは……素のあんたって、格好つけなんだ?」

「ああ、そうだよ。昔のおれはずっとこんな調子だった」

「昔? まさか、高校生にでもなったつもり?」

「そうだけど? 気持ちはめぐと同じ、16歳だよ」

「げげっ!! おっさん、冗談キッツー!」

「冗談なもんか。おれは本気だ」

真正面から見据えると、翼はひるむことなく真っ向から睨み返してきてコップに残った酒を煽った。

「ふんっ、ライバルらしくなってきたじゃん。つついた効果がようやく出てきたみたいだ。ちょっと前までは本当におばけみたいな顔をしてたからな。そんなあんたとめぐちゃんを結婚させるって聞いて思わず息巻いちゃったけど、やっと対等にやり合えそうだ」

「おう。ようやっと、エンジンが暖まってきたよ。……そうそう、今年は16歳のつもりでやってくから、『おじさん』呼ばわりするのはやめてくれよな。呼ぶなら他の呼び方で頼むぜ」

翼は半ば呆れ顔だったが、「そうだな、それじゃあ……」と言って真面目に呼び名を考え始める。

「決めた。勝負がつくまでは『鈴宮』って呼ばせてもらうよ。アキ兄みたいに」

そういった翼の顔は、メガネこそかけていないが、映璃をめぐって争っていたときの彰博によく似ていた。

「ならおれも、お前のことは『野上』って呼ばせてもらう」
意図せず、そんな言葉が口から飛び出した。

彰博と、互いに名字で呼びあった高校時代が鮮やかによみがえる。彰博には完敗してしまったが、翼相手には絶対負けない。

その時、おれたちのやり取りを見ていた彰博の父親がゆっくりと歩いてきた。その顔には満面の笑みを浮かべている。

「いやいや、若いっていいねぇ。見ているだけで、じいちゃんも若返っちゃいそうだよ。この様子じゃ、ひ孫の顔もすぐに見られそうだ。ぜひとも、じいちゃんが生きてるうちに頼むよ」
思わず翼と顔を見合わせる。

「ひ、ひ孫って……。じいちゃんは気が早いよ……。俺たちはともかく、めぐちゃんはまだ高校生だぜ?」

「ん? 高校生ならもう結婚できる年齢だろう?」

「じいちゃんの時代とは違うんだよ。今は男女とも結婚は18歳から」

「ええっ? それじゃあもう少し長生きしないとなぁ。じいちゃんも恋をすれば元気に……」

「何を言ってるんですか、このおじいさんは」
一部始終を見聞きしていた彰博の母親が伴侶の耳を引っ張った。

「ごめんなさいねぇ。年寄りの言うことなんか気にしなくていいから。若い子は若い子同士で頑張ってね。……ちなみにおばあちゃんは、つばさっぴのことも応援してるわよ?」

「ほんと!? やっぱり俺の味方はばあちゃんだけだよぉ」

「えぇ、えぇ、初孫ですもの」

彼らのやり取りを見ていたら、翼への闘志が急速にしぼんでいった。代わりに、心がぽかぽかと温かくなってくる。ああ、これが野上家ってやつか……。

映璃は、おれがどんな選択をしようともずっと家族だと言った。でもおれは、正式にこの家の人間になりたい。この輪の中で堂々と、家族だと胸を張りたい。たとえ時間がかかったとしても。

「めぐ。酒飲みたちはここに置いといて、気晴らしに出かけようよ。二人きりになりたいんだ」
 おれは、さっとめぐの手を取って誘った。

「えっ? でも、悠くんだってお酒飲んじゃってるじゃん!」

「もちろん、バイクには乗らないよ。散歩、散歩。手を繋げるし、ゆっくり話せる」
 散歩と聞いてほっとしたようだ。めぐは「それなら行く!」と言って立ち上がり、上着を羽織った。

「俺もついていっちゃおうかな~」
 そわそわし始めた翼を制する。

「悪いが、今日は遠慮してもらう。めぐと話がしたかったら日を改めてくれ」

「……じゃあこっちは、鈴宮が不在の間に過去話でも聞き出しておくとするか」

「……好きにしろ」
 こっちがめぐとの時間を確保すれば、向こうも向こうで策を講じてくる。互いに腹の探り合いをする格好だが、面白くなってきた。

「ちょっとめぐを借りるよ。近所をぐるっと回ったら、またここへ帰ってくる」
 彰博に一声かけると、彼はにっこりと微笑んだ。
「いってらっしゃい。めぐとの散歩を楽しんでおいで。僕たちはここで君の帰りを待っているから」


(続きはこちら(#6)から読めます!)


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