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【連載小説】#10「あっとほーむ ~幸せに続く道~」三人家族

前回のお話(#9)はこちら

前回のお話:
怒った悠斗が家を出て行き、翼も訪ねてこなくなった。めぐは自分の振るまい方を考えるが、すぐには思いつかない。思い切って母に相談すると、自身も高校生の頃は同様の悩みを抱えていたと聞かされる。けれども母は、流されっぱなしの人生から、自ら決断する人生に舵を切った。その経験からめぐにも、結婚するしないは自分で決めるように伝える。それを聞いためぐは、後悔しないためにも最良の決断をしようと胸に誓う。

  

 十

 会えないと言われた彼らにわたしの気持ちを伝えるにはどうしたらいいか、幾晩も考えた。16歳のわたしの能力では、何をしても大人の彼らには劣る。それでも想いだけは充分にある。

 だったらいっそ、開き直って16歳らしく気持ちを表現すればいいのではないか――。

 そう思い至り、自分の力で花束を作って手渡そうと決めた。それも、愛にあふれる花言葉を持つものばかりで。

 学校から帰る途中で花屋に寄ったわたしは、五千円分くらいの花を一本単位で購入した。夕方に帰宅したママに、無造作にバケツに放り込んだ花々を見せる。花束の作り方はママに教わることになっている。ママだって、翼くんに負けず劣らず上手なのだ。

「わっ、たくさん買ってきたわね。うーん、バランスを考えると全部使うのは難しいかもしれないけど、頑張ってみようか」

「映璃先生、よろしくお願いします」
 わたしは、かしこまって頭を下げた。

 赤いチューリップとリモニウムは「永遠の愛」、ピンクのバラは「愛を誓います」、ブバルディアは「誠実な愛」、カーネーションは「愛を信じる」……。一応、花屋の店員さんに聞いて買いそろえたものだが、花の形はバラバラ。ママは何度も手に取ってはバケツに戻し、を繰り返す。

「……よし、これでいこう」
 イメージが固まったのか、ようやくそう言うと、わたしに園芸用のはさみを持つよう指示した。

「やっぱり、バラは真ん中に持ってきたいから、バラを中心にそのほかの花を配置していこうと思うの。それで、作りたいブーケの大きさを決めたらそれに合わせて茎を切る。躊躇ためらわずにパチン! とね」

「えー、ドキドキしちゃう……」

「失敗してもいいよ。何ごとも経験だから」
 促されるまま、えいやっと気合いを入れて切る。

「そうそう、そんな感じ。どんどん行くわよ」

 花は生もの。スピードが大事なのだという。次々に花を手渡され、茎を切っては束ね……を繰り返す。気づけばあっという間に小さなブーケが出来上がった。最後はママに手伝ってもらって茎をくくる。

「はい、できあがり。どう? 難しくなかったでしょう?」

「うん。わたしでもできた……!」

「あとはラッピングね」

「それなら、花屋さんでもらってきた。わたしが真剣に悩んでるのを見て、サービスしてくれたの。想いが伝わるといいですね、って」

「これだけ『愛』が詰まった花束を渡そうとしてるんだもんねぇ。それで、これをもうひとつ作るの?」

「うん。悠くんと翼くん用に」

「……本当に好きなんだね、二人のことが」

 ママがどんな気持ちでそう言ったのかは分からない。でもきっと、真剣に二人を愛そうとするわたしを応援してくれているはずだ。

 ママはラッピングの仕方も丁寧に教えてくれた。おかげで、時間はかかったものの、初めてにしては上出来の仕上がりになった。

「これなら、めぐが本気だってことも伝わると思うよ」
 とっくに帰宅し、夕食の支度をしてくれたパパが言った。褒められて俄然がぜん、嬉しくなる。

「ホントに? それじゃあ、今すぐ渡してくる!」

「えっ? 夕食は?」

「帰ってから食べる! パパとママで先に食べてて」

「分かった。いってらっしゃい。うまくいくことを祈ってるよ」
 笑顔で送り出される。わたしは二つのブーケを胸に抱え、まずはすでに仕事を終えているであろう翼くんの家に向かった。

◇◇◇

 門の前まで行って、翼くんのバイクがないことに気づいた。どうやら外出しているようだ。伯父おじ伯母おばに居場所を尋ねることもできるが、花束を二つも抱えたまま顔を合わせるのは気まずい。

 時計を見る。悠くんの仕事上がりの時間はとうに過ぎていた。彼の家まで徒歩だと20分くらいかかってしまうが、ここは頑張りどころだ。気合いを入れ直し、悠くんの家に足を向ける。

 夜が更けるにつれ、寒さが増してくる。肌を刺す夜風を感じるたび、悠くんや翼くんの体温が恋しくなる。わたしは単に寒がりなだけじゃなく、寂しがり屋で甘えん坊なんだろうなぁと思う。二人がいるから明るく振る舞える。天真爛漫でいられる。わたしの人生にはやはり二人とも必要なのだと改めて実感する。

 親きょうだいではないけれど、二人は限りなくそれに近い存在。いつだって一緒にいたいと思うのはごく自然なこと。そして、そんな彼らとこの先の人生を歩んでいきたいと願うなら、常識的な考えは完全に捨て去らなきゃならない。

 そう。「どちらか一人に決める」のではなく「ふたりとも選ぶ」。それがわたしの「覚悟」であり「決意」である。

 おそらく多くの人は首を傾げるか、生ぬるい判断だと言うだろう。どちらか一人を切り捨てるのが覚悟ではないのか、と。
 
 けれども、考え抜いた末に決めたのだ。わたしは一つの身体で二人分の愛を受け入れ、一人で二倍の愛を分け与えるのだと。

 幸いにしてわたしには「若さ」がある。二人よりも勝っていることがあるとすればそれくらい。ならばそれを逆手に取ってやろうと考えたのである。

◇◇◇

 悠くんの家の前まで来ると明かりがついていた。帰宅しているようだ。ほっとしてチャイムを鳴らそうとボタンに手を伸ばす。と、中から話し声がするのに気がついた。誰か来ているのだろうか? 気になって庭の方に回ってみる。

「えっ……」

 目を疑った。Vストロームが停まっている……。部屋の中を覗いてみると、悠くんの隣に翼くんがいるではないか。

 二人は――この形容が合っているかは分からないが仲良く――エプロン姿でキッチンに立っていた。会話はよく聞こえない。けれど、どうやら翼くんが悠くんに料理を教えているらしかった。

(いったいどうなってるの……? 二人はライバルで、いがみ合ってるとばかり……。それとも、わたしの知らない間に二人は特別な関係に……?)

 楽しそうに談笑しながら料理をする姿を見れば、いらぬ妄想も膨らむ。その矢先、翼くんが包丁を置いて悠くんの方をじっと見つめ始めた。何かをささやいている。そしてその顔が悠くんに……。

(えっ、キ、キス……?!)

「きゃあ……!」
 思わず大きな声が出てしまった。慌てて口を押さえたが時すでに遅し。わたしに気づいた悠くんが足早にやってくる。

「……こんなところで何してんだ? しばらくは会わないって言っただろ?」

「……言われたとおりになんかしない。わたしはわたしの考えで行動する。……それより、今何してたの……?」

「……見てたのか?」
 こくんと頷くと、悠くんは額に手をやった。

「ほら見たことか! お前が馬鹿な行動をしたばっかりに。きっと誤解してるぞ! どうしてくれるんだ!」
 悠くんが翼くんの肩をつついた。しかし翼くんはけろりとしている。

「どうするもなにも、俺が揶揄からかうのはいつものことじゃないか。 ……まぁ、美男子のあんたと一緒にいると、どういうわけか変なスイッチ入っちゃうのは確かだけど。めぐちゃんが声を上げなければ、もうちょっとで鈴宮にキスしてやれたのに、残念残念」

「…………! お前にキスされるくらいなら死んだ方がマシだっ!」

「だから冗談だっつーの。本気にされても困るよぉ。す・ず・み・や・く・ん♡」
 まるで漫才を見ているようだ。失礼だと思いつつも、こらえきれずに笑う。

「二人って実は……仲良し?」

「冗談はよせ。仲良しなものか!」
 悠くんは首を大きく振った。

「でも……直前まで料理してたんでしょ? 翼くんに教えてもらってたの?」

「ほら。ここでも勘違いされてるぞ。おれがこいつに頼むわけがないだろ?」

「え? じゃあ翼くんの方から? でもなんで……?」
 首をかしげると、翼くんが種明かしをする。

「めぐちゃんちを出ていったって聞いたからさ。鈴宮一人じゃ、どうせろくな飯も作れないだろうと思って見に来てやったんだよ。案の定、出来合いばかり買ってきやがる。だから俺が料理の仕方を教えてやってたわけ。花嫁修業ならぬ、婿修業ってやつ? 今の時代、男も台所に立たないと生き残れないぜってな」

 翼くんが料理上手なのは知っていたが、この展開は驚きである。当然ながら悠くんは反論する。

「親父と二人暮らしの時は料理くらいしてたって言っても聞きやしない。一人で食う分には何の問題もないって言ってるのにさ」

「甘いね。これだから中身おっさんの自称16歳は困る。そんな生活してたら、今度こそ死ぬぜ? 俺が手を差し伸べなかったばっかりに死んだなんてことになったら、目も当てられないからな。今のうちにまともな飯くらい作れるようにしておかないと。そうでなくても、これから家族を持つ気でいるなら料理のスキルは必須だろ」

「殺すと言ったり、死なれたら困ると言ったり……。お前は何を考えているのか分からん」

「あー、よく言われるよ。野上は多重人格なのかって。実際、そうなのかもしれない。俺もよく分かんないんだよなぁ。でもまぁ、こんな俺でも嫌いじゃないんだろ?」

「不思議なやつだよ、お前は……」
 悠くんはため息交じりに笑った。

「ところで、めぐ。その花束は……?」
 二人の姿に驚きすぎてすっかり忘れていたが、言われて本来の目的を思い出す。

「……これ、わたしの気持ちです。どうか受け取ってください……!」

 片手に一つずつ花束を持って差し出す。端から見たら滑稽な姿に違いないが、気にしている場合ではない。

 はじめに感想を言ったのは翼くんだ。
「もしかしてこれ、めぐちゃんが作ったの? ……よく見たらすごい組み合わせだな。鈴宮、花言葉分かる?」

「いや、おれはそこまでは分からないけど……。そう言われたらなんとなく想像ついたぞ」

「ああ。これ全部、『愛』にまつわる花言葉を持つ花だよ。よくこれだけ集めたね?」

「花屋さんに聞いたんだ。丁寧に教えてくれたよ」

「へぇ。……俺たち、よほど愛されてるらしいぜ? どうするよ?」

「どうするって……」
 悠くんにじっと見つめられる。わたしは思いの丈を正直に伝える。

「……正真正銘の大人である二人に向かって、たかが16歳のわたしが『大人扱いして欲しい』だなんて、生意気なことを言ってごめんなさい。いっぺんに二人も恋人が出来たから嬉しくて、気持ちが大きくなってたみたい。だけどそのことで二人を振り回しちゃった。反省してます。……だからまた、これまでみたいに会ってください。悠くんも、うちに戻ってきてください。お願いします……!」

 深々と頭を下げる。が、直後に二人がクスクスと笑い始めた。

(なんで、なんで……? 謝ったのに、なんで笑われるの……?)

 戸惑っていると翼くんが言う。
「やっぱりかわいいなぁ、めぐちゃんは。その気持ち、よーく伝わったよ。大丈夫。心配しなくても、俺たちはこれまで通りの付き合い方に戻るよ」

「えっ?」

「俺たちだって模索してるんだ。めぐちゃんと……そしてライバルと、どうやったらうまくやっていけるかを。一緒に飯作ってるのもそうだし、話し合うのもそうだし、鈴宮がしばらく会わないって言ったのだって、めぐちゃんの成長を思えばこその発言だったわけで。それは分かる?」

「う、うん。でも、二人は恋敵で……」

「これでも俺たち、大人だから。そりゃあライバルである以上、駆け引きもするけど、必要があれば歩み寄ることは出来る。そうだよなぁ、鈴宮?」

「それはそうなんだけど」
 悠くんは歯切れの悪い返事をした。

「おれが野上家に戻るのはいい。でも、そうすることでまた『恋愛ごっこ』が始まらないとも限らない。……なぁ。めぐの決意を聞かせてくれないか。ここに乗り込んできたくらいだ、何かしらの強い想いを持っているんだろう?」

 悠くんが疑念を抱くのは当然だ。愛の花束を渡したくらいで許してもらえるなら、そもそもあんなふうに怒ったり、家を出ていったりする必要はなかったはずだ。

 さっきよりも強い緊張を感じながら二人を見つめる。そして、胸に秘めた思いを一息に告げる。

「わたしは二人が大好き。だから、どっちか一人を選ぶんじゃなくて、二人を選ぶ。そして……三人で暮らすの。周りから変だと言われようが、無茶だと言われようが、絶対にそうするって決めたの」
 わたしの告白を聞いた二人は顔を見合わせた。

「鈴宮の予想どおりだったな」

「ああ。めぐの性格を考えれば当然、そう言うと思ってたよ」

「予想どおり……? 反発……しないの?」
 あっさり受け容れられて拍子抜けする。悠くんは言う。

「めぐはいま、おれたちと『暮らしたい』と言った。暮らしは、日常だ。平凡な毎日だ。それを、おれたちとしたい。つまりは家族になりたい。そういうことなんだろ? だったらおれはめぐの出した答えを歓迎する」

「だけどきっと、三人暮らしなら平凡な毎日になんてならないだろうさ。なんせ、俺と鈴宮が揃えば漫才が始まるからな」

「馬鹿が! いつお前と漫才をやるって言った?!」

「ほら、ツッコミを入れた時点で漫才だろ」
 あんまり可笑しくて、今度は大笑いする。つられるようにして二人も笑う。

(これだ、わたしが求めているのは。こんなふうに毎日笑い合いたい。今よりもっと笑顔の絶えない家にしたい。そして、二人とならきっと実現できる……。)

 なぜだろう。「結婚」の二文字を脇に置いたら、気持ちがすっと落ち着いた。クリスマスに浮かれていたのが嘘みたい。ほんのちょっとではあったが、会わない期間を作ってもらったのは正解だった。お陰で今、こうして三人でいることが純粋に楽しくて嬉しい。

「わたし、分かったの。二人とは、結婚したいんじゃなくて、一緒にいたいんだって。 ……二人がわたしとの結婚を望んでいるのは知ってるし、それでいて一人に決めないのは覚悟が足りない証拠だって言われちゃうかもしれないけど、これが今のわたしに出せる精一杯の答えなの」
 包み隠さず想いを伝えると、悠くんがわたしの頭にぽんと手を載せた。

「おれたちも話し合ってみて分かったんだ。互いに、めぐの唯一の男になろうと躍起になるあまり結婚にこだわっていたけど、元を正せばそれって、めぐの幸せのためだったんだなって。だから、めぐが三人で暮らしたいと願うなら、それでめぐが幸せになれるというなら、おれたちはその考えを受け容れる。……彰博には話しておくよ。これが、おれたちが現時点で出した答えだってな」

「……パパ、がっかりするかな?」

「がっかりさせておけばいいさ。大体、あいつはおれに世話を焼きすぎるんだ。それについても色々言いたいことがある。この際、三十年分の思いをぶつけてやるよ」

 その時、わたしのお腹がぐぅーっと鳴った。大仕事を終えてほっとしたせいだろう。それでなくても室内は、作りかけの料理の良い匂いに包まれている。

 恥ずかしさにうつむくわたしの顔をのぞき込むようにして翼くんが言う。
「あれ、めぐちゃん。もしかして、晩ご飯を食べてこなかったの?」
 
「うん、早く二人に花束を渡したくて」

「なら、ここで食べて行きなよ。鈴宮が飢え死にしないようにと思って、材料は少し多めに用意してあるんだ」

「でも、家にはわたしのぶんのご飯が……」

「めぐちゃん。俺たちもう『三人家族』だろ? そういう心配はしなくていいんだよ。アキ兄もエリ姉も分かってくれるって」

 言われて、それもそうだなと思い直す。自分で判断し、行動できると信じているからこそ笑顔で送り出してくれたのだろうし、この恋愛の行方だって温かく見守ってくれているに違いない。

「……それじゃあ、遠慮なく。わたしも手伝うね。二人と一緒にご飯が食べられるなんて、サイコーに幸せ!」
 にっこり笑うと、二人は早速、料理の続きに取りかかった。


(続きはこちら(#11)から読めます)


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