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【連載小説】#14「あっとほーむ ~幸せに続く道~」優しいキス~彼氏編~

前回のお話(#13)はこちら

前回のお話:
その日は、五人暮らしをするようになって初めての、彰博と映璃が不在の休日だった。三人きりの休日を存分に楽しもうと、翼たちは制服デートを決行する。ジュースを回し飲みしたり、甘いキスをしたり。親の目のないところで普段は決してすることの出来ない時間を堪能する。お茶の時間を済ませたとき、めぐからこんな提案をされる。
「食べ終わったら……次は二人とハグしたいな。……ダメ?」

十四 

 上目遣いで見つめられて断れる俺たちではなかった。

「それはいいけど、どっちが先って話になると争いが起きるぜ? めぐはそこまで考えてるのか?」

 悠斗が指摘すると、めぐちゃんは「いい方法があるよ」と言って立ち上がった。そして、さっき空けたチョコの小箱に掛けてあったリボンを持ってくるなり四等分にし、二本に「♡」、もう二本に「☆」を描いた。

「同じマークを引いた人同士がハグするの。くじなら、私が指名するよりずっと公平でしょ?」

「なるほど、確かにいいアイデア」
 俺はうなずき、早速めぐちゃんが握るリボンの一本を引き抜いた。
「おっ、俺は『♡』マーク。二人も早く引きなよ」

 急かしてやると、次にめぐちゃんが引く。
「あー、わたしは『☆』だった」

 最後に残った悠斗に視線が集まる。
「……おれは嫌な予感しかしない」

 ため息交じりにそう言うと、悠斗は迷いに迷って一本を選んだ。そして、がっくりとうなだれた。彼の引いたリボンには「♡」が描かれていたからだ。

「ってーことは……。悠斗と俺……?」

「めぐ……。この可能性を考えていたか? もう一回やり直していいよな? いや、やり直させてくれ……」
 悠斗は懇願した。しかしめぐちゃんは楽しそうに俺たちを見ている。

「きゃっ♡ 二人のハグするところ、見てみたーい!」

 めぐちゃんの反応を見て悠斗は天を仰いだ。それから俺に「頼むから拒んでくれ」と目で訴えた。俺がそうしないのは分かってるくせに。

「ハグするだけだろ? いいじゃん別に」

「……お前が相手だから躊躇ためらってんだ、分かってくれよ」

「えー? キスなんてしないよ」

「……そういう台詞を吐くから躊躇うんだ」
 悠斗はどうしても抱き合いたくないらしい。少し考えて、いいアイデアを思いつく。

「んじゃ、こうしよ。俺が悠斗の彼女役、、、をする。役なら、いいだろ?」

「……俺にも役者になれ、と?」

「そ。悠斗が彼氏役。俺が彼女の役を演じる。どうしてもって言うなら目をつぶってもいいよ」

 俺の言葉を聞いて考えてみようという気になったのか、悠斗は少しの間沈黙した。そして「……最初で最後と誓うなら、おれも覚悟を決めよう」と言った。

「ただし、条件がある」

「条件?」
 首をかしげる俺に、悠斗が耳打ちをする。

「……お前がおれにしたように、おれもお前を……お前の中の『悪人』を殺しに行く。もう二度と、表に出てこないように、だ」

「え……」
 想定外の台詞に戸惑う。悠斗は続ける。

「お前の中の『悪人』は欲求不満なんだ。だからいつまでも求め続けるんだ、とおれは思う。愛されたかったけど愛されなかった、その不満がねじ曲がっちまった……。そんなふうに見えるんだ」

「……そうかもしれない」

 その指摘は俺の深層心理を完全に見抜いていた。そうだ、俺は父親に見捨てられたと感じ始めた頃から自分の中にいくつもの人格を持つようになって、相手に好かれる役を演じ続けてきた。

 でもそれはやっぱり役であって俺自身ではない。だから本当の俺が表に出た時「裏切られた」「嘘つき」と言われて信頼を失ってきたのである。

 演じるのは楽しい。だけど心の深い部分では、真に心を許せる人との繋がりを求めていたのだと気づく。いや、今の悠斗の言葉で気づかされた。

(そうだな……。少なくとも家族の前では素の俺でいたい。アキ兄だって言ってたじゃないか。ここにいる間は素の俺をさらけ出せばいいって。そのためにも、俺の中の別人格とはいい加減、決着をつけなきゃいけない……。)

「……ありがとう、悠斗。俺のために親身になってくれて」

「……まぁ、これでも一応家族だし」

「うー……。マジで泣きそうだ……」

「おぅ、泣け泣け」

 そう言いながら悠斗は抱いてくれた。あれ? なんか思ってたのと全然違うけど、なぜだろう。優しく抱きしめられたらすーっと心のトゲが解けていくような、凍り付いていた心が温かくなっていくような、そんな感じを覚える。

「お前も頑張ってきたんだよな。この、理不尽な世の中で生きていくために必死に知恵を絞って生きてきたんだよな。うん、よくやったよ、翼は。これはおれからのご褒美」

 強く抱きしめられ、悠斗の体温が、匂いが、そして優しさが全身に染み渡る。内なる人格が、まるでおにぎりみたいにぎゅっとされて一つの「俺」になっていく。

(ああ、本当の俺はこんなにも弱くて泣き虫だったんだな……。)

 ずっと強がって生きていたんだ。でもそうすることで本当の俺を隠してもいたんだ。泣きたい時に泣きたいと言えず、甘えたくても甘えられず……。そのうちに大人になってしまって泣きも甘えも許されなくなって……。

 偽り続けてきた俺の心を悠斗が救い出してくれる。家族だから……? それとも……。

 いや、悠斗はきっとそんな関係に縛られてはいない。俺が俺だから助けてくれたのだと、今は信じたい。

 そこへめぐちゃんも加わる。

「そっか。翼くん、いろいろ大変だったんだね。詳しいことは聞かないけど、もう大丈夫だよ。ここには悠くんもいるし、わたしだっている。パパやママもいる。翼くんの居場所はちゃんとここにあるんだよ。いつでも泣いていいんだよ」

「うん……。ありがとう、ありがとう……」
 
 ――何だよ、悠斗もめぐちゃんも子ども扱いして。二人ともこの身体を、愛し合うために抱いてくれるんじゃなかったのか? 翼も何とか言えよ、イヤらしく抱けって。

 二人に抱かれていると「内なる俺」が声を発した。普段、内側の人格の声を聞くことはない。いよいよ別れの時が来たのだと悟る。

(……もう、いいんだよ。お前は頑張った。俺が俺であり続けるために頑張ってくれたよ。……俺はちゃんと居場所を見つけた。本当の家族と呼べる人たちと出会った。だからもう、見栄を張る必要もない。これからは、ありのままの俺で生きられる。お前の力無しでもちゃんと……。)

 素直な気持ちを伝えると、「内なる俺」は妙に納得した声で言う。

 ――そうか……。俺はもう、必要ないんだな……。でも、役に立ったのなら充分か……。二十年以上もの長い付き合いだったけど、これでさよなら、なんだな。

(さよなら……だけど、お前がいたことは忘れない。そのためにも、そうだな……。時々、お前を演じるよ。だってお前も「俺」だったんだから。)

 ――ああ、約束だぜ? ふぅ……。二人分の体温は熱いな……。まるで接着剤だ。別人格でいたくても、もう翼にくっ付きそうだよ。

(体温だけじゃない。これは二人の想いの熱だよ。……俺たちは救われたんだ。二人の思いによって。)

 ――……そうだな。……ああ、いよいよさよならだ。二人と仲良くやれよ……。

(ああ、きっと……。)

 内なる人格のひとつが俺の中で統合された。その瞬間、悲しみと喜びと怒りと落胆とがいっぺんに押し寄せてきて混乱した。慌てて二人にしがみつく。そして今にも増して激しく泣く。

「つ、翼くん、どうしたの……? 何か、悲しい出来事を思い出しちゃったの……?」

 めぐちゃんが心配そうに声を掛けてくれたが、感情の整理が出来なくて返事をすることも出来ない。

「めぐ。翼は今、二十数年分の涙を流してるんだ。気の済むまで泣かせてやろう。その間ずっと、そばにいてやろう」

 悠斗の優しい言葉が降ってくる。それが余計に涙を押し出させる。悠斗は続ける。

「……ちょっと前まで、おれはいろんなことを年齢のせいにして逃げてた。でも今は違う。自分が46歳で、これまでいろんな経験を積んできてよかったなって本気で思ってる。だってこうしてお前の悩みにも気づけたし、男泣きも許容できるから。……あー、今のお前はおれの彼女だったか。彼女が泣いてるなら、彼氏としては慰めないわけにはいかないよな」

「……もう、演技なんかじゃない。これは俺の、心からの涙だ……」
 ようやく声を絞り出す。悠斗は、うんうんと何度もうなずく。

「そうか。じゃあもっと泣け。……おれもかつて、悲しみに暮れたとき彰博に言われたよ。涸れるまで泣けって。そうすれば必ず笑えるようになるって」

 なぜめぐちゃんが悠斗を好きになったのか、そしてアキ兄がめぐちゃんと結婚させてまで家族になりたいと言ったのか、その理由がようやく分かった。

 悠斗は、彼自身が感じやすい人間ゆえに人の痛みが分かるのだ。だから、彼から発せられる言葉には、なんとも表現できない優しさがある。そして、この家の人たちはみんな、そのことを知っている。鈴宮悠斗の、人としての魅力を……。

「ただいま……。って、どうしたの……?」

 ちょうどそこへアキ兄たちが帰ってきた。その台詞が俺たちの抱擁する姿に向けられたものか、はたまた制服姿でいることに対してかは分からない。どちらにしろ、悠斗にすがって号泣している俺は何のリアクションも出来ない。

 しかし、俺が心配せずとも悠斗がちゃんと答えてくれる。
「彰博。翼はいま、心のクリーニング中なんだ。だから、おれたちはもうしばらくこのままでいるよ」

「心のクリーニング……。そうか、鈴宮が彼の心の闇と向き合ってくれたんだね」

「……闇ってほどでもなかったけどなぁ。まぁ、それなりに手強い相手ではあった。何せ、隙あらばおれを食おうとしてきたからな」

「ははは……。もうその心配はなさそうだね」

「たぶん……。大丈夫だよな、翼?」
 悠斗の問いにすぐに答えられない。

 俺を守ってくれていた強気の人格が前面に出てこなくなったことで、裸にさせられたような恥ずかしさを感じるせいだ。涙は止まったというのに、面と向かって悠斗を見る勇気も出ない。返事もせずにそのまましがみついていると、悠斗に笑われた。

「あーあ、まるで子どもだな。ま、おれにとって翼は子どもも同然の年齢だけど、これじゃあ子どもを通り越して赤ちゃんだな。……ん? ってことは、次に対峙しなきゃいけないのはこの人格か?」

「人格……? 何のこと?」
 めぐちゃんが首をかしげた。

「めぐ。人はね、相手によっていろいろな役を演じ分けるものなんだよ。パパだってそうだ。めぐの前では父親の役を、エリーの前ではよきパートナーとして、鈴宮の前では親友として。翼くんはその役が人よりちょっと多い。鈴宮はそのことを言っているんだよ」

 アキ兄が俺のことを簡潔に、且つやんわりとぼかして説明してくれた。アキ兄は俺の隣にやってきて、ぽんと肩に手を載せる。

「赤ちゃんだっていいじゃないか。うちの中は安全だし、わがままを言ったって僕は全然構わないと思ってる。そうやって自由に振る舞っておけば、外に出たときちゃんと自立できると信じてるから」

「アキ兄……」

「一つずつクリアしていこう。大丈夫、翼くんならすぐに出来る。僕もいるし、鈴宮もついてる。だから安心してね」

「ありがとう、アキ兄。……ありがとう、悠斗。俺はもう、大丈夫」
 泣き尽くした俺はゆっくり悠斗から離れた。

「ごめん、制服、汚しちゃったな……」

「気にするな。次までに綺麗にしとけばいい話だ。ま、クリーニング代は翼持ちだけどな」

「……だよねー」

 いつもみたいに鋭いツッコミが出来ないのは、泣き疲れたせいかな……。それとも、こっちが本来の俺なのかな……。

「次って……。君たち、また制服デートする気なの? すっかりハマってるねぇ」
 俺がツッコみたかったことをアキ兄が言葉にしてくれたが、その言い方では全く漫才にならない。悠斗もそう感じたようだ。

「彰博じゃ、ツッコミ力が足りないな。おとなしい翼は何だか気味が悪いぜ……。早いとこ、復活してくれよなぁ」

「へぇ? 悠斗は俺と漫才がしたいんだ? なら、久しぶりにまた風呂入りに行こうよ。少しは元気が出るかも」

 頑張って、いつもみたいにぶりっこスタイルですり寄ってみる。だけど、フリだとバレたのか、悠斗は避けずにむしろ肩を強く抱いてくれた。

「ああ、行こう行こう。だけど、そんなふうに無理すんな。自然に任せて、ゆっくりと本来の翼に戻ればいい」

「うん」

 今までだって無理してるつもりはなかったけど、一番厄介だった内なる自分を制御できたことで、我が家で、家族の前で、こんなにも自然体でいられる。それがすごく嬉しい。

「あ、そうだ。私たちからお土産があるの。あとでみんなで食べましょうよ」

 エリ姉が、ずっと手に持ったままの紙袋から何かを取り出した。それは奇しくも、俺たちがさっき食べたばかりのチョコレート菓子だった。三人で顔を見合わせる。

「考えることは一緒だな。なんつーか、家族っぽい」
 悠斗が笑った。

「ぽいって言うか、家族でしょ、私たち」

「だな」

 みんなで笑い合う。それが何だか可笑しくて、涙が止まらなかったときのように、今度は笑いが止まらなくなって転げ回る。

 許してくれるというのだから、今だけは赤ちゃんみたいにわがままに、そして大声で笑おう。そうしたらきっと俺は強く生きていける。この家の外でも、きっと。

◇◇◇

 その晩、悠斗はなぜか添い寝してくれた。確かにひと月前には一緒に寝ようと誘ったし、それが叶って嬉しいはずなのに、付き物が落ちてしまった今となっては全く感動がない。おそらく悠斗も承知の上でこんな真似をしているのだろう。

「俺のこと、赤ちゃんだと思ってるんだろ……。一人で寝れるよ」

「あんなにしがみついてきたやつが何言ってんだ。強がらずに、今日くらいは自分の気持ちに正直になれよ」

「いや、これが本音なんだけど……」

「……信じらんねえな。とても同じ人間の台詞とは思えない。まぁ、だからこうしてるんだけど」

「ったく。からかいやがって」

「いつものお返しだ」
 そう言われたらぐうの音も出ない。黙り込むと、悠斗は笑って本当に赤子を寝かしつけるみたいに背中をトントンし始めた。

 こうなったらどうとにでもなれ、と開き直って、こっちも悠斗の胸に顔をうずめる。赤ちゃんにするには少々強すぎる力加減だったが、トントンとリズムよく背中を叩かれるうち、なんとなく心地よく感じてきて気持ちが落ち着き始める。

「眠くなってきた……」

「これでも寝かしつけは得意だったんだよ。……まぁ、おれの子育て歴は五年程度だけどなぁ」

「……いい父さんだったんだな、って思うよ。……娘さんのことは残念だったな」

「もう二十年近くも前のことだけどな。……生きてりゃあ、翼くらいの年齢だよ。それもあってさ、お前を見てるとどうしても世話を焼きたくなるんだ」

「…………」

「人生、何が起きるか分からない。別れだって唐突に訪れる。だから、あの時あんなことを言わなきゃよかったとか、想いを伝えておけばよかったとか後悔するくらいなら、今からでもちゃんと解決しておいた方がいい」

 それが、父親との関係について言われているのだとすぐに分かった。

「……もし、娘さんが生きていて、悠斗の想像とかけ離れた相手と結婚したいって言い出したらなんて言ってたと思う?」
 難しい問いをしたつもりだった。が、悠斗は躊躇ためらわずに答える。

「まぁ、まずはやめとけって言うだろうな。それでも聞かないようなら、おれの目の届く範囲に住まわせて様子を窺うかな。口には出さないけど、心の中ではいつでも帰ってこいよって言いながら待ってると思う。それが親心ってもんだよ」

(口には出さない、でも待ってる、か……。)

 悠斗は続ける。
「嬉しいけど、寂しい。そんな感じなんだろうと思う。子どもの自立を促すのが仕事と分かっていても、大事に育ててきた我が子を素直に送り出せないって言うか。おれが結婚したときの親がまさにそうだったからなぁ。親も葛藤してたんだと思うよ」

「葛藤……」

「まぁ、こっちが本気だって分かれば親も認めざるを得ない。そのうちに和解も出来るってもんだ。……もっともお互いに元気で再会できればの話だけど」

「……悠斗は和解できたの?」

「和解って言うか、親ははじめから怒っても嫌ってもなかったらしい。だから、若いときにちゃんと話し合っていれば、長い間誤解せずに済んだんだろうなって思うわけ」

「……話し合い」

「翼は逃げるなよ。ちゃんと正面から立ち向かえよ。もし結果が振るわなくてもお前にはちゃんと帰る場所がある。おれもいる。だから、その日が来たら安心していって来い」

「うん……。その日が来たらね。でも、それは今すぐじゃない……。今はもう……このまま……」

 悠斗の体温と優しさとに抱かれてすっかり安心しきった俺は、そのまますっと夢の世界に落ちていく。「おやすみ」の声とともに悠斗が額にキスをしたような気がしたけれど、それが夢だったのか現実だったのかは分からなかった。


(続きは、こちら(#15)から読めます)


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