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【連載小説】#16「あっとほーむ ~幸せに続く道~」父との和解

前回のお話(#15)はこちら

前回のお話:
昨日のお礼に何かプレゼントをしようと、仕事を終えた翼は街へ繰り出す。しかし悠斗の好みを一切知らなかったことにショックを受ける。それでも家族と言えるのか、と。不安に駆られた翼は悠斗の仕事場に会いに行く。事情を聞いた悠斗は気に入りのバーに誘う。そこで悠斗は、家族とは「互いの弱みを見せ合える関係であることだ」と教える。それが出来るなら好みなんて知らなくてもいい、と。それならば自分の弱い部分をさらけ出そうと、翼は悠斗と夜通し語りあう。

※第一部のラストにふさわしい感動回! ぜひ最後まで読んでみて下さい!

十六

 いよいよ春の足音が聞こえてきた頃、野上家の花壇が完成した。あの殺風景だった物置き場が嘘みたいだ。庭が整備されたことで、野上家は以前にも増して明るい場所になったと感じている。

 めぐちゃんが熱望していたバラは、二月のうちに小さな苗木を植えた。シーズンではないので枝の状態だが、代わりに今は早春咲きの花――あらかじめ植木鉢に植えておいたチューリップやアネモネ、ムスカリやスイセンなど――が元気に咲いている。

 ちなみに選者はめぐちゃん。あれから「わたしも花を学びたい」と自ら図鑑や育て方の本を買って勉強し、毎日庭の様子を見て回っては草花との対話を楽しんでいる。そして、そんな彼女を見るのが俺と悠斗の日課になっている。

「ここに植えたバラの生長とともに、わたしたちの愛も成長していくんだね」

「そうだね。俺とめぐちゃんと、それから悠斗と。三人の夢がこの庭には詰まってるって気がするなぁ」

「ねぇ、悠くんのうちの庭にも新しくバラを植えちゃう?」

「そうだなぁ。すでに母親が植えた庭木があるけど、大きくなりすぎたのもあるから、それを伐採して、コンパクトな庭にするのもありだな」

 最近はこんな会話が増えた。それもこれも、いつか三人で暮らすための下準備。実は、めぐちゃんの成人後は悠斗の親が残した家で暮らそうかという話になっている。家賃がいらないこと、家具が揃っていること、この家からも近いことなど、総合的に判断した結果、それが今のところ俺たちの中では一番しっくり来る答えなのである。

 とはいえめぐちゃんはまだ高校生。俺たちの、この家での生活はこれからも続いていく。

 結局俺たちは三人、いや、五人の関係性を維持することを第一に考えている。けれどもそこに一切の無理はなく、むしろしばらくは変わらない五人暮らしが出来ればいいとさえ思っている。俺たちの関係に焦りは厳禁だ。

「さて、と。今日もピアノの練習しないと! 二人とも、聴いててくれる?」
 気合いを入れて言うと、二人は嬉しそうにうなずいた。

 実は、今年の卒園式は俺がピアノを演奏することになっている。それでここ二週間ほどは、殊更に猛練習しているというわけだ。

 部屋に入り、ピアノの前に座った俺は、入場曲と子どもたちが歌う卒園の歌、そして退場曲を二回ずつ弾いた。二人に見守ってもらうのは、緊張状態を意図的に作り出すためだ。いま完璧に弾けるようにしておかなければ、本番でミスなく弾くことは出来ない。

 今日の練習を問題なく終えると、二人が拍手をしてくれた。

「ピアノを弾く翼くんはやっぱり格好いいなぁ」
 めぐちゃんがため息交じりに言う。
「わたしもママに教わればよかった」

「エリ姉は何度か教えようとしてたみたいだけど?」

「えへへ……。向き不向きってあるよねぇ。わたしは翼くんほど夢中になれなかったから、弾けないのはただのひがみ。……ねぇ、急にあの曲が聴きたくなっちゃった。弾き語りできる?」

「あの曲?」

「レイカの『ファミリー』。わたし、大好きなんだよね」

「へぇ。結構古いうえにマイナーな曲だけど、めぐは知ってるんだ? おれも好きだな、あの曲。弾けるんなら聴かせてくれよ」

 悠斗からもリクエストされる。レイカは地元出身の歌手。デビューはずいぶん前だけど、今でも地元中心に活動し、歌声を披露し続けている。中でも『ファミリー』は彼女の持ち歌で、俺も幼少期からよく耳にしてきた。楽譜はないけど、やってみるか……。

「オーケー。そんじゃ、野上翼のピアノ弾き語りショー、お楽しみください」
 ちょっと格好をつけてみる。二人は再び拍手をした。鳴り止んだところで弾き語る。

夢中でボールを追いかける 
その背中は小さく
ころんでばかり いつでも傷だらけ
守れる強さがほしかった
だけど 会えばけんかになって
互いに 意地っ張りでね

「君が好き」素直な気持ち
伝えられないまま 流れゆく時間とき
忘れないで ずっと
ともに過ごした日々を 家族の愛を

   ♯

夢中でボールを追いかける 
その背中は大きく
いつの間にか 私を追い越した
重なる 君の父の姿
似てる けれども同じじゃない
君は 大人になったんだ

「ごめんね」と「ありがとう」を言うよ
ごまかしてた気持ち 立ち止まって今
忘れないよ ずっと
ともに過ごした日々は いつまでも鮮やかに

愛をくれた人は いつでも心の中
君は生きていいんだよ 今を

   ♯

「君が好き」素直な気持ち
今なら伝えられるかな あふれる想い
歌に乗せて そっと
共に生きよう これからずっと……

 歌っていたら、歌詞の内容が胸に染みこんできた。そしてなぜか父のことを思い出した。そういえば、この家で心の洗濯をした後にこの歌を歌ったことはない。父に対してこれまでと違う思いを抱く理由があるとすればそのせいだろう。

「翼くん、歌手になれるよ。なんだか感動しちゃった……」
 歌い終わると、めぐちゃんは本当に目の端に涙を浮かべていた。

「俺の作った歌じゃないけど、そんなによかった?」

「うん、とっても!」

「お前の歌声は正月にも聞いたけど、確かにあの時よりも聴きごたえがあったな。おれの感じ方が変わったからかもしれないけど」
 悠斗までそういうんじゃ、間違いないだろう。

「……ふぅ。ちょっと疲れたな。もっかい庭にでも出て、気晴らししようかな」
 椅子から立ち上がり、再び庭に出る。

 本当に、心が洗われるような澄み切った青空が広がっている。庭には、風で小さく揺れる花々。小鳥のさえずり。こんな何気ない日々の1ページに、俺は今ものすごく感動している。

「めぐちゃん。悠斗。家族でいてくれてありがと」

 自然と、そんな言葉が出てくる。二人は俺の傍らにやってきて右手と左手をそれぞれ取った。手のぬくもりが俺に勇気を与えてくれる。

「……今から行ってこようと思う。父さんのところに」
 二人が同時に俺の顔を見た。

「今がその時、なんだな。今のお前ならきっと大丈夫。たとえ何かあっても、おれたちがそばにいる」

「今がその時……?」
 俺と父の歪んだ親子関係について深く知らないめぐちゃんが首をかしげた。けれども悠斗がそっとフォローしてくれる。

「翼と父親とは今気持ちがすれ違ってるんだ。でも、今からそれを解消しに行くんだと。で、もしかしたら派手に喧嘩してくるかもしれないから、そうなったときはおれたちが癒やしてやろうなって話」

「それってもしかして、わたしのことで……? だったら一緒に行った方が……」

「ありがとう、めぐちゃん。大丈夫。一人で行けるよ。その代わり、二人にはハグしてもらいたいな。途中で心が折れないように、エネルギーをチャージしておきたいんだ」

「うん。わかった」
 最初にめぐちゃんがギューッと抱きしめてくれた。彼女の優しさが、俺の強さに変わっていく。

 その後は悠斗。こっちのハグは力強い。
「全力でぶつかって来い。今まで言えなかった想いをすべて伝えてこい」

 想いをすべて伝える……。そんなことをしたら俺自身がどうにかなっちゃいそうで怖かった。だけど、そうなったとしても、俺にはちゃんと傷ついた心のケアをしてくれる人たちがいる。

「ありがとう。……それじゃ、行ってくるよ」
 二人に礼を言い、俺はその足でゆっくりと実家まで歩いていく。

◇◇◇

 実家には十分足らずで着いた。緊張の面持ちで玄関前に立つ。
 父は玄関脇の庭で素振りをしていた。

(野球、か……)

 一瞬、ここを追い出されたときの恐怖がよみがえった。が、直後に「これだ!」とひらめく。父と会話するにはこれしかない。ちょうど足元に転がっていたボールを手に取る。

 近づくと、父は俺の存在に気づいて素振りをやめた。そして大股でこちらにやってくる。
「……何しに帰ってきた? 出て行けって言っただろうが」

 想定どおりの反応。しかし俺は手に持ったボールを顔の前に上げてみせた。
「……話がある。キャッチボールしながらだったら、できる?」

「お前がおれとキャッチボール……?」
 父はしばし考え込んだ。そして一旦部屋に引っ込むと、グローブを二つ持ってきた。

「翼はこれを使え。……ここじゃ狭いな。公園に行こう」

 まるで、小学生相手に言っているような台詞だった。でも、これでいい。いまの俺はまさしく「幼い子供」なのだから。

 幸い、公園には誰もいなかった。互いに距離を取る。父はグローブを構え、いつでも受けるぞという姿勢を見せた。

 俺はためらった。正直、キャッチボールなんて二十年ぶりだ。父のもとまで届かない可能性だってある。そうなれば確実に笑われるだろう。それが怖いのだ。

「どうした? 話したいことがあるなら投げてこいよ。言葉っていうボールを!」

 言われてハッとする。父は、俺の手の内にあるボールが自分のところまで届かないことくらい百も承知なのだ。それでいて、キャッチボールの誘いに乗ったのだ。

(思ったとおり。やっぱり野球馬鹿だな、父さんは)

 ちょっと気が楽になる。その、肩の力が抜けた状態で俺なりのボールを投げる。そして言葉を発する。

「父さんになんて言われようとも、俺はめぐちゃんと家族になる。そしていつか家庭を築く!」
 ボールは父の前でワンバウンドしたが、ちゃんとグローブに収まった。

「構えろ!」

 声と同時に瞬速のボールが飛んでくる。顔の前でバシッと音がしてグローブに収まったが、手のひらがじんじんするほど痛い。

「……ちゃんと取れるじゃん」
 父は笑った。これでも手加減しているに違いないが、父のボールをキャッチできたことが素直に嬉しかった。

 そこから何球か、キャッチボールが続く。五回くらい往復したところで父から「言葉のボール」が届く。

「……お前は昔から何を考えてるかわからないやつだけど、それでもめぐちゃんは一緒にいたがってるのか? そんなお前に理解があるのか?」

「……そうだよ」

「……あの子は鈴宮くんのことも好きなんだろう? 実際のところ、どうなんだ? お前は選んでもらえそうなのかよ?」

「めぐちゃんは俺たち二人を優劣つけずに愛してくれている。どちらかを選ぶんじゃなくて、どちらも選ぶ。それがめぐちゃんの出した答えだ」

「……いかにも高校生らしい発想だな。だけどもし、めぐちゃんの気が変わってお前が見捨てられたら? その時お前はどうするつもりだ?」

「……それでも、愛し続ける。俺の元に返ってきてくれるまでアピールし続ける。最後の最後まで諦めない。絶対に」

 父は黙り込み、投げる手を止めた。
「……それが聞きたかったんだよ。お前の、めぐちゃんへの本気の想いが」
 思い詰めた様子でボールを見つめ、何度かうなずいた。そして静かに語る。

「すまなかった。バットを振り上げて追い出したりして。おれにはああすることしか……。野球を通してしか会話ができないおれを許してくれ」

 そんなことだろうとは思っていた。口を開けば野球の話ばかり。それについていけない俺と話が噛み合うわけがなかった。父は続ける。

「お前が野球に興味がないと知ったときは正直、残念な気持ちっていうか、落ち込んだ。彰博たちの家で楽しそうにしている姿を見たときもな……。だけど、心が離れてると感じながらも接し方は分からずじまい。

 そうこうしてる間に大人になっちゃって、ますます話しづらくなってるところでめぐちゃんと結婚したいだの、彰博の家で生活を始めるだのって聞かされて、どうしても込み上げる怒りを抑えることが出来なかったんだ。

……でもあれは、今思い返せばおれ自身への怒りだった。お前と、面と向かって話すことが出来なかったおれに対しての」

 初めて聞く、父の想い。戸惑い。そして不器用な性格であることを改めて知る。父は俺のそばまで来ると肩に手をおいて微笑んだ。

「……あっちの家に行ってたせいかな。いい顔してるよ、翼は」

「えっ」

「大事にされてるんだな、きっと。なんていうか……満たされてるって顔してる」

「ああ。俺はいま、最高に幸せだ。あの家で、めぐちゃんや悠斗、アキ兄やエリ姉と一緒に暮らせて、馬鹿やって、笑い合って、毎日が最高に楽しいよ」

「……フッ。そんな顔は初めて見たよ。お前が幸せなら何も言うことはない。……気を遣わせたな。出来もしないキャッチボールをさせて悪かった」

 謝る父に首をふる。そしてようやく俺も自分の想いを伝える。

「……俺だって、父さんとの距離感が分からなくて悩んでた。野球以外に何を話せばいいか分からなかったのは俺も一緒。演劇を始めてからはあえて『息子』の役を演じてみたこともあったけど、それでもうまくいかなかった。だけど本当はずっと話したかった。ずっと舞が羨ましかった……」

「やっぱりそうか……。寂しい思いをさせたな。本当に申し訳なかった……」

「だけどもう大丈夫。こんな俺を鈴宮悠斗が救ってくれた。あいつは俺の、もう一人の父親みたいな人。ライバルであり、親友であり、家族の一員。あいつのそばで、俺の心は癒やされつつある。だから、何も心配しなくていい。……俺の心がまともになったら、そのときはちゃんと実家にも顔を出すよ。もちろん、父さんが許してくれたらの話だけど」

「許すも何も……。許してほしいのはおれの方だ。翼の家でもあるんだから、いつでも帰ってきていいんだよ。こんな親父のいる家だけど、それでも良ければ」

 その言葉の裏には、自分がいるときに帰ってきてくれと言う意味が込められているように感じた。しかし野球の話題なしで、俺はまともに父と会話が出来るのだろうか。いや、俺だけが歩み寄ってもダメだ。ならば、と一つ提案する。

「なら……。父さんのそばに俺の居場所を作ってくれる……? 俺のことに少しでも興味を持ってくれる……? そしたら、気軽に帰れると思う」

 父は少し間を開けてから、
「……居場所はちゃんと作っておくよ。そしてお前のことを知る努力をする。時間はかかっちまうかもしれないけど、必ずそうする」

「……分かった。じゃあ、しばらくはお互いに準備期間ってことで」

「了解。……そうだ。家に戻ってギターの弾き語りをしてくれよ。お前の歌声がないと家の中が静かすぎてなぁ……」

 ギターと聞いて、実家に置きっぱなしだったことを思い出す。引っ越しのときは慌てていたし、あっちの野上家にはエリ姉のピアノがあるからすっかり忘れていた。

「まぁ、歌えって言うなら歌うけど。何を歌うよ?」

「お前に任せるよ。得意なやつでいい。お前の、本気の弾き語りを聴きたいんだ」
 父らしい、情熱的な表現を聞いて、相変わらずだなぁと思う。

「オーケー。そんじゃ、本気の弾き語りを聴いてもらおうか」

 父が野球に本気で打ち込んできたように、俺だって音楽に本気で打ち込んできたんだ。それを活かして今の仕事してんだ。それを知ってもらおうじゃないか。

 早速実家に戻ってギターを手に取る。何を歌おうか色々考えたけど、やっぱりあれにしようと決める。

 母もそばにやってきた。舞が不在の今、俺は両親を独占している。六歳までの、俺が世界の中心だった頃に戻ったみたいだ。両親の注目を浴び、幸福感を抱きながら歌声を響かせる。そうするうち、幼い頃に傷ついた心が少しずつ癒えていく。

 俺の中で、しくしくと涙を流す幼い人格に語る。

(今、はっきりと分かった。俺たち、、、はいつだって見守られてたんだって。だけど、父さんが伝える言葉を知らなかった。それだけのことだったんだって……。)

 ――それが分かった翼は、これから父さんとうまくやっていけそう……?

(たぶん、大丈夫。支えてくれる家族もいるし。だからお前は安心して俺の中で眠るといい)

 ――分かった。……だけど、時々は演じてよね? 忘れ去らないでよね?

(もちろん。俺は生涯現役の役者でいるつもりだよ)

 そういうと、幼い人格は安心したように俺の一部になった。直後、急に自信がみなぎってくる。おれはギターをかき鳴らして言う。

「今日は、二人のためにとことん歌うぜ!」
 両親は微笑むと、大きな拍手をしたのだった。

◇◇◇

 卒園式の朝を迎えた。俺とエリ姉はそれぞれスーツに身を包み、朝早くから園に向かった。

「つばさっぴ、今日は演奏よろしくね。最高の卒園式にしようね」

 年長組の担任をしている「映璃先生」はそういうと、忙しそうに式場へ向かった。俺も式場に足を向け、ステージ上のピアノのチェックをする。窓から外を見ると、気の早い親御さんの待っている姿が見えた。身が引き締まる。ちゃんと指が動くようにカイロを握りしめ、式が始まるのを待つ。

 卒園式は定刻通りに始まった。最初の組の先生がお辞儀をするのを合図に、入場曲の演奏を始める。ほどよい緊張感。厳かな空気の中、子どもたちが入場する。

 式は滞りなく進んでいく。子どもたちの成長を感じた親御さんが涙するシーンには、毎年胸を打たれる。だけど今年の俺はもらい泣きをしてはいけない。この重責を完遂するためにも。

 園長の締めくくりの挨拶が始まる。そろそろ最後の曲を弾くためピアノの前に移動しなければ。そう思って向きを変えたとき、隣にいた映璃先生が耳打ちしてきた。

「……式場の奥を見て。来てるよ」

 来てる……? 一体誰が……? 分からないままピアノの前に座る。演奏するまでのわずかな間にステージ上から式場を見回し、「来てる」人を探す。

「あっ……」
 本当に式場の隅。そこに見覚えのある人物が腕を組んだ姿勢でこちらを凝視していた。

(父さん。どうしてここに……)

 動揺していると、控えの先生にピアノを弾くよう合図される。そうだ、今は父に気を取られている場合ではない。卒園式を最高の形で締めくくるためにも、俺が完璧な演奏をしなければならない。

 呼吸を整え、鍵盤に指を置く。練習通り、丁寧に、確実に。

 弾き始めると同時に大きな拍手が起こる。退場する卒園児を祝福するためだ。分かっている。なのに、父から俺に向けられたもののように感じるのはなぜだろう。

 じんわりと胸があったかくなる。それに合わせて目頭も熱くなる。まぶたを濡らしながらの演奏。それでも最後まで弾ききった。

◇◇◇

 式が終わった。俺をはじめとする年長組以外の先生は、玄関口で園児たちを送り出すため待機する。保護者は各クラスに移動しているから、先に玄関から出て行くのは同席していた祖父母や親戚くらいのものだが、父はその中に混じっていた。

 足を止め、遠慮がちにこちらへやってくる。
「……少し、話せるか?」

「少しなら。……っていうか、保護者以外は立ち入り禁止なんだけど」

「先生の親だって立派な保護者だ」
 そう言われては返す言葉もない。

「……なんで来たの?」
 最大の謎に父が答える。

「……お前を理解するために。……弾いてる姿、最高に格好良かったよ。今日の主役は園児なんだろうけど、おれにはお前が主役に見えた。こんなことなら毎年見に来りゃよかったと後悔したほどだ」
 
「いや、あそこで弾いたのは今回が初めて。俺もオーディションを受け続けて今年やっと受かったんだ」

「そうか。頑張ってたんだな……」
 父は感慨深げに何度もうなずいた。そして唐突に俺を抱きしめた。

「これからはちゃんとお前の頑張りをこの目で見届けるよ。野球じゃなくて、お前と共通の言語で話せるように。そしてめぐちゃんとのことも応援する。うまくいってもいかなくても、お前の気持ちを尊重する。……出来ればうまくいって欲しいけどな。おれは遠慮しちゃった過去があるから」

「よせよ。こんなところで……」
 こみ上げる熱いものを見られないように父から離れ、身体を背ける。

「……ありがとう、父さん。俺、頑張ってるよ。だからちゃんと見ててよね」

「ああ。必ず」
 父は俺の肩をぽんと叩くと、帰宅する人の波に乗って去って行った。

 後ろ姿を見送る。が、見えなくなった途端に涙が堰を切ったようにあふれ出てきた。早くスイッチを切り替えなければ。今は「幼稚園の先生」なんだから。

「おめでとう、みんな! 今日は最高の卒園式だ!」
 涙を誤魔化すように、声高らかに言う。しかし一部始終を見ていたのだろう、園長が言う。

「つばさっぴにとってもね」
 そういってティッシュをくれた。
「いっぱい泣きなさい。今日は泣いてもいい日だから」

 その一言がきっかけで、俺は子どものように泣いた。涙が涸れるまで。

――第一部 完――
<第二部へ続きます!>


(続きは、近日投稿予定です📝)

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