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SS【悪魔の石】
ぼくは久しぶりに学生時代の親友と再会し、その日の夜に二人で飲みに行くことになった。
居酒屋の入り口から一番近い席に座ったぼくたちは、まずは生ビールを注文し、再会できたことに乾杯した。
ぼくは彼に聞きたいことがあった。
最近、仕事中に高所から落ちたという噂を聞いていたが、彼は何事もなかったようにピンピンしているからだ。
彼はその理由をこう語った。
「この命の石のおかげさ」
そう言って見せてくれたのは、碁石ほどの大きさの何の変哲もない真っ黒な石。
彼はいつもその小さな石を、巾着袋に入れて首からぶら下げているらしい。
石を身につけている者が命の危険にさらされた時に、身代わりになってくれるという。
にわかには信じられない話だ。
身代わり地蔵のようなものだろうか?
彼は職場の照明を交換するため、二連梯子を伸ばし、その一番上で作業をしていたが、靴の裏に付いていた油で足を滑らせ墜落した。
普通なら大けがは避けられない。下手をすると命を落とす。
しかし彼は軽い打撲とかすり傷ていどで済んだという。
偶然かもしれないが、もう手放せないと彼は言った。
どこで手に入れたか聞くと、昔付き合っていた彼女からもらったという。
彼女は昔から運が悪く、何度も命に関わる経験をしていたが、命の石に救われたようだ。
彼はぼくに、石のことは絶対内緒にしてくれと念を押した。
元彼女から口止めされているらしい。
ぼくは彼の許可を得て、命の石が入った小さな巾着袋を自分の首にぶら下げてみた。
オシャレでもないし、巾着袋ごしとはいえ、石が胸に当たって違和感すらある。
その時、とつぜん大きな音とともに暴走した車が店の中に突っ込んできた。
車は店の入り口に半分くらい突っ込み、辺りは無惨に破壊されたものの、幸いぼくたちの席までは来ることはなかった。
アクセルとブレーキを踏み間違えたのだろうか?
ぼくは、目の前の光景に思わず目を背けた。
店の入り口の窓ガラスの大きな破片が、彼の首と頭に刺さり、彼は白目をむいたまま動かない。
よく見るとガラスの破片はぼくを避けるように、辺りに散乱している。
ぼくはハッとして首から下げた巾着袋の中を確認すると、命の石は火傷しそうなほどの熱を帯びていた。
それから十数年の月日が流れ、今でもぼくの首からは彼の形見である命の石がぶら下がっている。本当は家族に返すべきだった。
ぼくは最近になって確信したことがある。
この石は持ち主に降りかかる災いの身代わりになってくれるわけではない。
一番近くにいる者を身代わりにして助かるためのアイテムだと。
梯子から落ちて軽い打撲とかすり傷程度で済んだ彼。
しかし下で梯子を支えていた同僚は、彼のクッションとなり亡くなった。
運の悪かった彼女はぐうぜん石を手に入れ、その力を知り、彼に石を譲り別れる決断をしたのだろうか?
いずれにせよこれは悪魔の石だ。
そして石を手離せないぼくもまた、悪魔なのかもしれない。
この石はぼくにこそふさわしい。
終
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