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SS【スーツケースの女】
ある夏の日、ぼくは郊外から引っ越してきた。
大きな駅のすぐ裏で、職場までは歩いて行けるほど近くなった。
スーパーや飲食店も近い。
二階建てのその家は、中古でかなり古いが作りはしっかりしていて、とうぶん修繕は必要なさそうだ。
格安の優良物件で一人暮らしのぼくにはもったいないくらいだ。
これで彼女でもできれば言うこと無しと言った所。
不思議なことに、ここの町内はやたらと人が少ない。
しかもその理由を誰に聞いても、まるで恐ろしいタブーにでも触れるかのように口を閉ざしてしまう。
右隣の家のオジサンはぼくにこう言った。
「あんた、何も知らずにここへ引っ越してきたのか? 悪いことは言わん。大きなスーツケースを持った女にだけは絶対に近づくな」
おじさんはそれ以上、いくら聞いても何も教えてくれなかった。おじさんの首からは銀のネックレスがぶら下がっている。
ぼくはそのチェーンの一部に違和感を覚えた。
切れたものを自分で繋いだような跡がある。
ぼくは引っ越してきてから気になっていることがある。
左隣の家は空き家のはずなのに、夜になるとガタガタと音が聞こえるのだ。
ある日の夜、ぼくはいつも音が聞こえてくる時間に、窓を少しだけ開けて聞き耳を立てていた。
空き家に住み着いている輩がどんな奴なのか調べようと思ったのだ。場合によっては通報するつもりだった。
すると、いつものようにガタガタと音が聞こえてきた。
何か重たい荷物を床や壁にぶつけながら運んでいるような音だ。
そのうちカチャッという玄関の鍵が開くような音も聞こえてきた。
すでに深夜零時を少し回っている。
こんな時間に大きな荷物を持ってどこかへ出かけるのだろうか?
ガタガタという音は、やがてガラガラという車輪の付いた何かを移動させているような音へと変わった。
音はぼくの家の玄関前で止まった。
ぼくは突如、例のおじさんの言葉を思い出した。
大きなスーツケースを持った女。
ぼくは恐怖を覚えながらも勇気を振り絞って音を立てないように玄関まで移動し、郵便ポストから外を覗いた。
「あっ・・・・・・」
あまりの恐怖で身体が硬直した。
なぜなら扉の向こうには、首から上と片腕の無い女が、大きなスーツケースを持って立っていたからだ。
重そうに運んでいるスーツケースの中にあるものを想像して、ぼくは脂汗が止まらなくなった。
玄関のドア越しに女の声が聞こえてくる。
「私の首と腕を切断した銀のネックレスの男はお前か?」
ぼくはドア越しに叫んだ。
「ぼくじゃありません!! 成仏してください!!」
翌朝、ぼくは玄関で目が覚めた。
後から聞いた話では、女は隣の家の住人で三年前に起こった猟奇殺人事件の被害者らしい。
今でも夜になると犯人を探してさまようという。大きなスーツケースに切断された自分の首と腕を入れて。
まるで自分も迷惑している被害者の一人のように語っていた右隣のおじさん。
ぼくは翌日の夜中、おじさんの家の呼び鈴を何度も鳴らした。
「誰だ?」
「隣の者です。ちょっと出てきてもらえますか?」
玄関のドアを開けたおじさんは凍りついた。
なぜならぼくの背後には、自分が殺した女が立っていたからだ。
ぼくは怖くなってすぐに帰ったので、その後のことは知らない。
ただハッキリしているのは、おじさんはそのあと行方不明になり、残っていたのは大量の血痕とチェーンの切れた銀のネックレスだけだった。
ぼくは彼女に協力したことを後悔はしていない。
終
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